時に白は鮮明に謳う
律水 信音
第0話 帰郷
今年の冬は一段と寒かった。連日降り注ぐ雪で道行きは白く塗りつぶされていた。こうも毎日降り積もるとなると、関所の門番や商人の雪掻きの苦労が頭を過った。
まだ明朝。
道行く人などいない。まだ誰も足跡をつけていない白銀の世界に、私は思うが儘に歩き続ける。私のか細い脚ではたとえ足首までの積雪でも一歩一歩がつらい。赤い袴の裾が地面の雪に当たって少し濡れている。ここ数年はやけに気温が低く雪の時期が長い。あまり外に出ない私だが草履で帰郷したら寒さのあまり足がもげそうだったので、最近流行りのぶーつなる高級靴を泣く泣く大枚はたいで購入した。代償として三か月間きゅうり生活と嗚咽と禁断症状を強いられたが、おかげで足は温かかった。
それでも寒い!寒い寒い寒い寒いー!!
紺色の着物にわずかだが桜小紋の入った羽織で防寒しているものの和傘で雪を阻んでいるため、右手は常に露出している。
傘を肩で担ぎ、悴んだ手を擦り合わせながら前進し続ける。傘を持ったり担いで手を温めたりしながら歩いていると、ようやく
目的地へと到っても眼前には穢れなき清々しいまでの白い絨毯が広がっている。
めちゃ冷たいけど・・・。
そこへ片目にかかった長い前髪払いながら、私はぶーつで惜しげもなく突き進む。
しかし、美しい雪道とは裏腹に周りは家とは呼びたくない程のボロ家ばかりが道に沿うように並んでいる。というか、むしろ空き家ばかりだ。屋根から崩れ落ちてるところもある。7年前くらいに来たときは、まだ家としての原形をとどめていたんだけどなぁ。一瞬、強い風が吹き私の長い黒髪を
ここには小さな村があった。貧しい民たちが寄り合い、助け合うことで生活が成り立っていた。だが今から14年前の大きな火事が原因で多くの人間が死に、助け合いどころか、一日の食糧を賄うのがやっとだった。やがては仕事を探し、自然と都の方へと人々は流れていった。
・・・そう記憶している。かつてここに家族で住んでいた時、私はまだ5つくらいだったのではっきり覚えていない。そんなこともあったなぁって、燃え盛る炎の情景にもやがかかってる感じ。モヤってる。
何か物音が聞こえた。
微かだが、人の気配がする・・・・・・。
まだ数人ほど住んでいるようだ。行き場がなかったのだろう。だが、こんなボロ家で一泊しようものなら、凍死を覚悟しなければならない。
そんなことを考えながら、目的地であるこの道の最奥へと向かう。
ようやくたどり着いたその場所は、散々見てきたボロ家とは違い、壁のつくりや塗装、屋根も新しく改装されたものだった。大きさは変わらずともそれは立派な『家』だった。白をまとった木組みの家。7年前に建て直してから、ちっとも変わってない。久しぶりだったせいか、家を見上げながら立ち尽くし、少しだけ感傷に浸ってしまった。すると扉越しでも伝わってくる懐かしい匂い。
味噌のいい香りがする・・・。
私は中に目的の人物がいることを確信した。
「受信料の集金でーす」
「・・・・・・」
・・・・・・。
・・・返事がない、居留守のようだ。
「嘘だよ、婆ちゃん。私だ。鏡子だ。入ってもいいかな?」
ちょっと鼻声ながらも、はっきり聞こえるよう大きな声で、私は家の引き戸を数回叩きながら扉の奥にいるであろう老婆に語り掛ける。
すると、ゆっくりだが確かな足音が聞こえ施錠が外れた。
「脅かすんじゃないよ、鏡子。あたしゃ、ぷらいむしか使ってないよ」
「本来この時代にない娯楽を器用に使いすぎ」
「老人は暇なんじゃよ。らぶこめでも見んと生きとる気がしないわ」
「歳は取りたくないね」
「あたしの台詞だよ」
外を覗くように少し開けられた扉から、私と目が合い不安が取り除かれたかのように扉を開けきり、婆ちゃんは笑いながらそう言った。横文字が得意な老人だ。
「久しぶり、婆ちゃん。元気だった?」
「ああ、元気じゃとも。七年ぶりだねぇ鏡子、大きくなって。髪も伸びて一段と母親に似てきたんじゃないかい。
そう言って囲炉裏の前へと連れられ、あっついお茶と毛布をもらった。
私はお礼を言いながら座り、毛布を肩にかけお茶を少しずつすすっていた。囲炉裏からこぼれる火を頼りに向かいを見る。婆ちゃんも同じように茶をすすっていた。しばらくして婆ちゃんの方からちょっと真面目な顔つきで話を切り出した。
・・・・・・正座きちい。
「あれを取りに来たんじゃろ?」
「あはは、そうなんだよね!前のやつは手が滑ってお陀仏になっちゃって!いやぁ、残骸集めるのに苦労したわ」
とぼけながら婆ちゃんの顔色を窺うようにあざとく笑って見せると、目を閉じて呆れながら、
「あれ高かったんじゃぞ・・・。まったく」
「ごめんねー!・・・・・・でもさぁ、あれは婆ちゃんとお母さんのお古だし。何かはっきり映らなかったし、画質も悪かったんだよねー」
「年代物じゃからな。まぁ、仕方ないじゃろ」
「というわけで、お婆ちゃんの水晶、ちょーだい!」
水晶。
それは、鏡子たち
婆ちゃんはこの能力を使って未来を観測し、水晶に写るどらまやげーむをしている。婆ちゃんの水晶は特別性だから、たっちぱねるが付いてるらしい。
だからほちぃ。
とにかくそれを手に入れるべく、自分に似合わないと分かってはいるが、両手を差し出し誠心誠意自信が持てる最大の愛想力を持って笑顔で言い放った。
しかし、その先にあったのは沈黙だった。屍になってしまったのだろうか。
「だからと言って、あの水晶を渡すわけにはいかない。73年ろーんをあと13年分返済しきっておらんからのう」
「利息を計算したくないね、それ」
一体いくらしたのか。どこ製なんだ? 神製かな?
ちょっと間をおいて私が切り出す。
「しょーがないなぁー、これだけは使いたくなかった・・・」
そういいながら、私は袖からりんごの絵が描かれた長方形の紙(?)のようなものの束を差し出した。およそ50枚。そこには全ての10000表記があった。
「これで手を打とうじゃないか」
「なっ――――鏡子、これを一体どこで手に入れたんじゃ」
「おっと、それは言わない約束だ☆」
婆ちゃんは廃課金勢だった。悪夢のような
手に持っていた湯飲みを置き、婆ちゃんは戸棚の一番下から木箱を取り出した。
「持って(グスッ)、い、いきなさい」
「わーい。ありがと婆ちゃーん」
棒読みだったが、私の眼には涙が浮かんでいた。嬉し涙じゃない何かだということは分かったけど、その正体に気付きたくなかった。気づいてしまったら私は人として大切な何かを失ってしまう気がしたから。
婆ちゃんの眼にも涙が浮かんでいた。大事な水晶をろーん組んでまで手に入れたのに眼前の利息なしの大金を前に安々と渡してしまった自身の矮小さか。はたまた、
かわいい孫へのお年玉感覚だったのか。水晶だけに。丸いし。
私は木箱の蓋を開ける。すると中には上質な絹で包まれた水晶が顔を出した。
囲炉裏からこぼれる小さな炎だとしても照らされれば、その美しさに吸い込まれるようだった。その透明度は本当にそこに存在しているかどうかも手に取らなければわからない程だった。
私は両手で水晶を持って立ち上がる。か弱い筋力で両腕を頭上まで持ち上げる。
「危ないから持つんじゃあないよ、落としたらどうすんだい」
婆ちゃんは水晶が心配で気が気じゃないようだ。
「だいじょーぶだって、落とすわけないじゃ――――」
鏡子が笑って茶化そうとしたとき、鏡子の頭の中に73年ろーんという言葉が頭を過った。正直言葉の意味は分かっていなかったがヤバいことだけは察知していた。
「あっ――――」
水晶は鏡子の両手の隙間からするりと抜け落ち、質量と重力加速度により自由落下を開始した。
鏡子は文系だった。
物理なんぞ分からなくとも水晶が木端微塵になることだけは容易に推測できた。
その刹那――――。
「ほぁあああああああああああああああああアアアァァァァ――――ッ!!!」
右腕を伸ばし、なんとか水晶を掴み最悪の事態を回避することができた。
ただ、囲炉裏の中央にくべられていた鍋がぶちまけられ、味噌汁が死んだ。
そして
その日、
しばらくして、婆ちゃんが落ち着いてから私は別れの言葉を告げる。
「それじゃもう行くよ。今から歩けば夕方までには都に着くしね」
「もう、行くのかい?ゆっくりしていきな。疲れだってあるだろう」
「大丈夫だよ、ありがとう婆ちゃん。またね」
そう言って外に出た。さっきまで降っていた雪はまるで幻想だったかの如く、一片の雲すら存在しない快晴へと変貌していた。傘はささずに、婆ちゃんの家に放置した。私は木箱持って家を後にした。
またね、とは言ったものの次に会う時はあの世だなと私の第六感が告げていた。
鏡子が家を去ったあと、一人佇む婆ちゃん。正座で茶をすすりながら、ちらちらと鏡子と交換した紙(?)の束を見ている。そして何かを決心したように紙(?)を手に取り、すぐさま銅貨を取り出した。ついでに、昔使ってた水晶も引っ張り出した。
「し、心臓が止まるかと思たのじゃ。し、しししかしやり遂げたぞよ。後はゆっくりがちゃでも回すとするかのぅ。ヒョーッヒョヒョ!楽しみすぎてよだれが出てきたわい(ジュル)。今日は祭りじゃ!!」
どこかの虫デッキ使いのような奇声を発しながら、唾を飲み込み勢いよく裏表紙をめくった婆ちゃんは、そこにあるであろう銀箔が
「ふ、ふふ、ふふふ。あはははは!」
鏡子は、悪魔の笑みで歩いていた。足取りが妙に軽い。
予定より早く都に着きそうだな、あはは!計画通り!!
「さぁて、
これは、
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