第30話 船出と別れと(第四部最終話)
「ルン!?」
その声にいち早く反応したジェミーが、扉に駆け寄る。
「ジェミーお姉ちゃんだ! 声しか聞こえないけど、元気だった?」
「あた、当たり前でしょ……! アンタこそ、勝手にいなくなって……心配、いっぱいしたんだから!」
「えへへ、ごめんなさい」
扉一枚隔てた向こうから、変わらぬニーベルンの声が聞こえる。
その事実に、ジェミーだけでなく俺達まで涙ぐんだ。
「ルン、今そっち行くからね! いいよね? ユーク?」
「……わかった。全員で入って、ルンと合流しよう。それから──」
「ダメ」
俺達の言葉を、ニーベルンの声が遮る。
「ルン、知ってるんだからね。さっきも、『誰が扉を閉めるか』でケンカしてたでしょ? 仲良くしてねって約束したでしょ?」
年端も行かぬ妹の声に、思わず全員でうつむく。
さすがに、気まずい。
「安心して、間に合ったから! この扉は、ルンが閉めるね」
「それじゃあ、ルンちゃんが……!」
「大丈夫、一人じゃないから。頼りになるお兄ちゃんが、助けてくれるし」
扉の向こうで、ニーベルンが笑った気がした。
「誰かと一緒なのか?」
「うん。ユークお兄ちゃんと同じくらい頼りになる、騎士さんだよ。今も、この扉に向かってきてる
「やはり俺達もそっちに……」
「もう、わがまま言わないの! 誰にでも役目がある、そうでしょ? ユークお兄ちゃん」
諭すような声に、扉にかけた手を緩める。
そうだ、あの時……俺と叔父、そしてニーベルンはお互いの役目を全うしようと決めた。
その為に、仲間たちを裏切るような真似すらしたのだ。
「ユークお兄ちゃんの役目は、お姉ちゃんたちと一緒にいて……幸せになること!」
「ルンちゃんは、寂しくないの?」
マリナが静かに問う。
それに逡巡なく「大丈夫」と返事が返ってきた。
「ルンはルンの旅をするよ! みんなと合えないのはちょっと寂しいけど、いつかきっと会えるような気がする。お姉ちゃんたちは、ユークお兄ちゃんのそばにいてあげて!」
「ん。わかった」
「きっと、会えるって信じてるからね」
レインとマリナが、涙目でうなずく。
「ネネお姉ちゃんとシルクお姉ちゃんも。お土産話、楽しみにしててね」
「もちろんっす。ミートパイ、練習しておくっすから……!」
「怪我と病気には気を付けるんですよ、ルン」
二人の言葉に、扉越しに返事をするニーベルン。
その扉にしなだれかかるようにして、ジェミーが顔をぐしゃぐしゃにしていた。
「ルン、やだ。行かないで、戻ってきて。遊園地に、行くんでしょ……!」
「ジェミーお姉ちゃん……」
「何で、アンタだけが、こんな……まだ、小さいのに。アタシ、なんで変わってあげられないの……?」
「ルンは幸せだよ。そんな風に、ジェミーお姉ちゃんが思ってくれるから、頑張れる」
「頑張らなくていいわよ! アンタ、子供なのよ?」
「ううん。ルンはもう、一人前の冒険者だもん! だから、大丈夫。行って、帰ってくるまで……待っててね!」
明るいルンの声と対照的なジェミーのぐずる声が、静かな庭園に響く。
「あ、そろそろ限界みたい」
扉の先から、剣戟の音。
それから「おい、お子ちゃま! そろそろ限界だよ。早くしないか!」とがなる声。
その声に、少し聞き覚えがある気がしたが、深く考えている余裕はなかった。
「レイン、コンパスを」
「……! ん!」
俺の意を汲んだレインから手渡された【
「お兄ちゃん、これ……!?」
「使い方はわかるな? きっと旅の助けになる。ルン……絶対に帰ってくるんだぞ」
「……うん! 行ってきます! またね、みんな!」
返事と共に、ゆっくりと【
やがて、扉の輝きは消えて……カチリ、と静かに閉じ切った音がした。
◆
「そろそろ、お別れですね」
ヴィルムレン島ただ一つの港。
その中でも最も大きな埠頭で、シルクが俺達ににこりと笑う。
「ね、ほんとに残るの?」
「はい。まだ、やらなくてはいけないことがありますから」
少し涙目になったマリナがシルクに抱きつく。
それをあやすようにして、シルクが苦笑した。
「心配しないで、マリナ。終わったら、ウェルメリアに戻りますから」
「うん。でも、ざみじい」
「もう、そんな風に言われたらわたくまで寂しくなってしまうじゃないですか」
──約一か月前。
世界樹の内部で【
ヴィルムレン島の中心にひっそりとそびえていた世界樹は、『琥珀』を失ったために立ち枯れて崩れてしまったが、後日の調査で小さな芽吹きが見つかったらしい。
〝淘汰〟の力を使い果たしたそれは、今度こそこの世界の木として再生するだろう。
だが、多くの混乱と傷痕……そして変化が、このダークエルフの島に起きていた。
加えて、イルウェン・パールウッドのしでかしたことが配信に乗ってしまったため、かなりの問題となって世界を騒がせることにもなってしまったのだ。
不幸中の幸いというか、俺達の行った配信は王立放送局のガトー男爵や、ベンウッドたち冒険者ギルドが走り回ってくれたおかげで『まずい部分』をカットした状態での配信となったが、逆に全ての内容を把握しているウェルメリア側としては、イルウェンの出身地である『真珠の森氏族』や、エルラン長老との会談を余儀なくされた。
当然、当事者である俺達もそれらに同席することとなり……俺はお偉方に睨まれながら、何もかもを白状して現在に至る。
いまだ騒動は収まりきってはいないが、とある問題が浮上したことにより、Aランクパーティ『クローバー』には急遽ウェルメリア王国への帰還命令が下された。
ただ、そのメンバーの中にシルクの名前は含まれていない。
彼女には、『琥珀の森氏族』の族長代行としてやらねばならぬことがまだまだあるのだ。
「……ここは俺だけ戻るって事でもいいんだぞ?」
「ダメですよ。ユークさん一人だと、また無理をなさるでしょう?」
優秀なサブリーダーがようやく戻ってくれたと思ったのに、なかなか思う通りにはいかないものだ。
「ジェミーさん、ユークさんをしっかりと見張っててくださいね」
「やーよ、心配ならとっとと追いかけてきなさい。アンタの代わりなんて、できるわけないでしょ」
シルクの鼻先を指でつついて、ジェミーがジト目で笑う。
「ボクが、見張る。安心、して。でも、早く戻ってこないと、独り占め、する」
「それは、急がないといけませんね」
「ふふふ。何歩も、リード、する」
挑発じみたレインの言葉に、シルクが苦笑して俺を見る。
心配そうな顔だ。
「君がいなくたって無理はしない。俺は大人だぞ?」
「そうやって年長ぶって無理をするから心配なんです。それに、次の依頼は……」
「ああ。厄介そうだ」
この状況にあって『クローバー』の帰還命令が下ったのには、解決するべき問題が発生したからだ。
おそらく、他のAランクパーティにも召集がかけられているはず。
今のところ、大雑把な概要しか聞いていないが、どうにも重すぎる期待をかけられている気がしないでもない。
「そろそろ出港みたいっす!」
ジュール船長からの伝言を伝えにネネが戻ってきたのを合図に、シルクが一歩下がる。
「それでは、お気をつけて。みんなも」
笑顔で手を小さく振るシルクを残し、後ろ髪を引かれる想いのまま俺達は船に乗り込む。
ほんの短い期間、離れるだけだとわかっていても……寂寥感が溢れてしまう。
「シルク、待ってるからな。全員揃って、冒険に行こう!」
魔法の帆がふわりと張られてゆっくりと船が動き出す中、俺達を見送るシルクに向けて俺は声を張る。
深くうなずいたシルクが風の精霊に乗せて、俺達に応えた。
「はい、必ず。──慎重に、楽しみましょう」
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あとがき
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ここまでお読みいただきありがとうございました('ω')!
コミックス重版御礼ということで書き始めた第四部でしたが、いかがでしたでしょうか。
もしかすると、またコミックスの発売や重版などに合わせて更新するかもしれません。
のんびりとお待ちいただけましたら幸いです。
Aランクパーティを離脱した俺は、元教え子たちと迷宮深部を目指す。 右薙 光介@ラノベ作家 @Yazma
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