第29話 琥珀の魔法と反省のないユーク

「みんな、離れてくれ!」


 前線で押されつつも『真なる森の王イルウェン』を留めるマリナとネネ、その隙間を縫うように攻撃的な魔法で牽制するレインとジェミー。

 そんな四人に後退指示をだす。


「ここまでよくもたせてくれた」


 心底、そう思う。

 彼女たちの奮闘は、庭園を守る風の守りよりもずっと信頼できた。

 だから俺とシルクは、こうして『琥珀』を顕現させることができたのだ。


「きれい、だね」


 レインが俺の手に握られた『琥珀』に目を輝かせる。

 まあ、これも魔法道具アーティファクトと言えばそうかもしれないので、レインが興味を持つのもわかるが。

 さりとて、これはそんな生ぬるいものではない。

 この世界樹を構築するためにされた、幾千という樹木精霊トレント達──つまり、『琥珀の森氏族』のダークエルフ達が結晶化した〝淘汰〟なのだから。


 シルクと同調し、詠唱の中で俺は世界樹と接続した。

 いや、溶け合ったというべきか。

 ずいぶんと人間を離れた行動だと思うが、おかげでかつて世界を渡る決心をすることになったダークエルフ達の願いと祈りが、心の中に残響している。


 そして、その願いには「二度と、世界樹を使うようなことにならないよう」という想いもあった。

 だから、シルクに託されたこれを……使う。


「イルウェン・パールウッド、『真なる森の王』になったお前には……何が見えているんだろうな」


 もし、あのままシルクとイルウェンがシンクロを続けていれば、俺と同じ光景を目にして立ち止まったかもしれない。

 そう思うと、理性を投げ捨てて『真なる森の王バケモノ』と化した、この男を少し憐れまないでもない。


 だが、仮定の話はもうできない。

 彼は〝淘汰〟として、この世界を滅ぼすと決めたのだから。


「ユーク、ちょっとまずいかも。すっごい強いし、タフなの……!」

「落とす先から生えて茂って、やってられないっすよ」


 跳び退って戻ってきたマリナとネネがやや息を切らして、愚痴をこぼす。


「魔法で焼いたってダメね。まるで森の命がそのまま歩いてるみたい」


 ジェミーもよく観察している。

 まさにその通りだ。あれは、動く森の〝淘汰〟だからな。


「ん。それに精霊が、邪魔してる、みたい」

「レイン、あなた精霊が見えるのですか?」

「ビブリオンに、手伝って、もらった」


 するすると身体をうねらせた白蛇の精霊が、驚くシルクの髪に入っていく。


「ふふ、嬉しいん、だね」

「ビブリオン、みんなを手伝ってくれてありがとう」

「──……」


 シルクに応えて囁きを返すビブリオン。

 ようやく、収まるところに収まった……あとは、俺だけだ。


「ユーク、くるよ!」


 マリナの声に、俺は小さくうなずく。

 もう、準備も覚悟も終えている。


「さようならだ、イルウェン・パールウッド」


 そう告げて、『琥珀』の力を逆流させる。

 あの〝淘汰〟に対抗するには、俺も同じ存在に達さねばなるまい。

 そのための『琥珀』だ。


 『琥珀』から、魂すら捩じ切りそうな力の奔流が流れ込んでくる。

 渡り歩く者ウォーカーズであっても、これだけの異質な力にはそうそう耐えきるものではない。

 だが、俺は同時に……赤魔道士でもあるのだ。

 小細工上手の器用貧乏であれば、多少なりとも乗り切ってみせる。


「……Rozaj folioj, hurlantaj nigraj hundoj, la maro glutanta la sunsubiron, blanka miksaĵo kun nigro, stagno kun helaj koloroj……!!」


 『琥珀』から流れ込む、暴風の様に荒れ渦巻く力を詠唱に乗せてくみ上げていく。

 魔法式の一つ一つが悲鳴を上げるように震えてひび割れて崩れながらも、また新たな魔法式として成立していく。

 虹色から灰色、そしてまた虹色へと変ずるそれは……まるで、繰り返す四季の移ろいのようでもあった。


 全ての詠唱が終わる時、俺の前に構築されたのは〈歪光彩の矢プリズミックミサイル〉とは似ても似つかぬ、全く異質かつ不安定な魔法式だった。

 しかし、それが何であるかは理解できていた。


「行け──〈琥珀の意志アンバーウィル〉……!」


 魔法式が輝いて、世界をさせた。

 『真なる森の王』、イルウェン・パールウッドの巨体が、端から硬質化して琥珀となって砕ける。

 砕け落ちたその破片は異常な再生力を以て巨体へと戻ろうとするが、さらに琥珀へと変じて、砕ける。

 砕けては再生し、砕けては再生しを繰り返しながら、『真なる森の王』はその姿を徐々に崩壊させていった。


「なんて、魔法なのよ……!」


 ジェミーが唖然とした顔でその様子を見つめる。

 他の仲間達も、同様だ。


「すごい、けど……こわい、ね」

「ああ。手が震えるよ」


 〝淘汰〟に〝淘汰〟をぶつけて相殺する。

 機序としてはわかる。実に安易で確実な手段だ。

 だが、俺が今まさに〝淘汰〟となったという事実は、驚くほど俺を動揺させた。

 この力は、使いようによっては容易く世界を滅ぼすだろう。


 邪神の眷属に、渡り歩く者ウォーカーズ

 そして、ついには〝淘汰〟となってしまった。

 どれもこれも、手に余るような『力』だ。


 そんな自嘲をしているうちに、イルウェン・パールウッドが崩れた。

 崩れて広がった巨体からは、琥珀色の樹木が芽吹いて、すでに伸び始めている。

 『真なる森の王』は、このまま森となってただ広がっていくだろう。

 そこにイルウェン・パールウッドの意識があるのかは、わからないが。


「討伐完了、だな」

「ユー、ユークさん! それよりも腕っ、腕が!」


 ネネが慌てた様子で、俺の右腕に触れる。

 視線を落とすと、右腕が石化──いや、琥珀と化していた。


「ちょっと、それ……! 大丈夫なの?」

「痛い? 動かない?」


 ジェミーとマリナの言葉に、軽く動かしてみるが……痛みもなく、今まで通り動かせるようだ。

 ショックではあるが、分不相応な力を揮った代償としては安い方だろう。

 あんな真似をすれば、死んでいたっておかしくなかったのだから。


「見せ、て」


 レインがぺたり、と俺の右腕に触れる。


「……うん。石化とは違う、ね。えっと、水晶病に近い、かも。ちょっと、ごめん、ね」


 杖の先端で俺の腕を叩くレイン。

 石を叩くような固い音がして、レインは痺れてしまったらしい手をひらひらさせる。


「ちょ、レイン! ユークが割れちゃうよ!」

「だいじょぶ。痛み、どう?」

「……ない」


 触れられる感触はあるのに、痛みは全くなかった。


「体内の魔力異常症の一種、かな。帰ったら、直す方法、考える」

「……ああ」


 そう返事をしつつ、そっと離れようとするシルクの手を握りしめて止める。


「どこに行く気かな、シルク」

「……」


 困った様に微笑んだシルクが、俺から手を離す。


「【深淵の扉アビスゲート】を閉めないといけませんので」

「ああ、それなんだが……俺がやるよ」


 努めて明るく言ったはずなのだが、全員が大きく肩を落としてわかりやすい溜息を吐いた。


「また始まったわね」

「またっすよ、また」

「ユークは、こりない」

「ホント、反省しないよね」


 散々な言われように、少しばかり俺も気落ちするがこればっかりはどうしようもない。


「なにも考えなしで言ってるわけじゃない。俺が適任って話だ」

「それは、前も、聞いた」

「それに、王の役目だ。違うか? シルク」

「巫女の役目でもあるんです。ユークさんが背負う必要はありません」


 水掛け論のようになってしまうのは避けたいが、いずれにせよ早く閉めなければ『真なる森の王』の軍勢がここに押し寄せるだろう。

 時間はあまりない。


「みんな、聞いてくれ。さっきのを、見ただろう? 俺は半分〝淘汰〟みたいなものになってる。あれを潜っても生存できるだろうし、帰還できる可能性もある」

「そう仰りますが、この扉はわたくし達『琥珀の森氏族』が持ち込んだものです。おそらく、わたくしが一番安全でしょう」


 シルクと顔を見合わせて、お互いに見つめ合う。

 譲れないのは、同じらしい。


「一緒に、いく」


 レインの言葉に、ジェミーとマリナ、それにネネが頷く。


「決めた、から。みんなで行って、ルンを見つけて、一緒に、帰ってくる。うん、完璧」

「だよね! みんな一緒ならどんな場所だって冒険できるもんね!」

「賛成っす! ユークさんだけじゃ、心配ですし」

「どうせ、アンタのことだからそういうと思って、全員で決めてたの。拒否させないわよ?」


 四人に詰め寄られて、俺はシルクに助けを求める。

 シルクは小さく首を振って「そうですね。みんなで、行きましょうか」と苦笑した。


「みんな、本当にさ」

「ボクは、前回……ユークがしたことを、忘れてない、からね」


 眉を吊り上げたレインが、そのままぎゅっと抱きついてくる。


「絶対に、一緒、だから」

「確かに、あの時のユークさんは許せませんね」


 これを言われると、良心が痛む。

 あの時、彼女達を騙して地上に送り返そうとしたのは確かに俺で、それはまさに裏切りだったと思う。


「──……もう、またやってる」


 背後の【深淵の扉アビスゲート】から、幼さの残る声が響いた。

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