第6話
「ミドリさん……さっきの人、バイト先の先輩なんだ」
「焼き鳥屋さんだっけ」
「そう……」
近くの公園で賢太郎と並んでブランコに座りながら、たい焼きを頬張る。あったかい生地の中からチョコレートが溢れ出てきて、口の中に広がっていく。じんわりと心の隅々まで沁み渡っていくような甘味に、自然と表情も和らいでいく。胸いっぱい幸せが広がって、この瞬間だけは何もかも忘れられる気がした。どんな苦い思い出も……。
「知ってたのか」
しばらく沈黙があってから、賢太郎は意を決したようにこわばった口調で切り出した。
「まあ……なんとなく、気づいた」
溢れんばかりに鯛焼きに詰めこまれたチョコレートをじっと見つめながら、ぽつりと答える。
「今も好きなんでしょ」
ずばり言うと、賢太郎は再び、黙り込んだ。
ちらりと見やれば、紙袋からひょいっと顔を出したたい焼きと睨み合いながら、賢太郎は険しい表情を浮かべていた。
スイーツを見る顔じゃないよ。――私はぷっと吹き出しながら、地面に突っ張った足を宙に浮かせてブランコを小さく漕ぐ。
「告白すればいいじゃん」
「――いや」逡巡してから、賢太郎は自嘲するように鼻で笑って答えた。「俺じゃ、あいつは物足りないだろ」
それなら――私でいいじゃん、て言いたくなる。すぐ傍で、こんなに賢太郎のことを好きな私がいるのに。お姉ちゃんのことを好きでいたって苦しいだけなのに。幸せになれないって分かってて、なんで――て問い詰めたくなってしまう。あのときの賢太郎みたいに、声を荒らげて……。
でも――。
「分かってる……んだけどなぁ」
珍しく弱音を吐くみたいな賢太郎の声が、やたらと大人っぽく聞こえてしまった。どこか投げやりな笑みを口元に浮かべ、苦悩に歪めるその横顔に、やっぱり胸が疼いてしまう。見たことないその表情に、また一段と惹かれてしまう。その眼差しの先に、私はいないと分かっていても。
まるで、コーヒーを啜る合間にドーナツを齧っていくみたいに――苦い恋して傷ついて、そのたび、賢太郎に優しく慰めてもらって。それを繰り返すお姉ちゃんを、私はずっと端から見てた。いいなあ、て思いながら。
どんなに自業自得でくだらない失恋でも、賢太郎はお姉ちゃんを見放すことはなかった。お姉ちゃんのくだらない愚痴に延々と付き合って、最後は律儀にお説教。そういう賢太郎を見てたら、いつの間にか好きになっていたんだ。
お姉ちゃんを好きな賢太郎が好き……だなんて、不毛すぎ。バカみたい。絶対、報われないって分かってるのに、やめられないんだ――。
「仕方ないよ」と、私は降参するように笑って言った。「だって、好きになっちゃったんだもん」
ブラックコーヒーと甘党な私 立川マナ @Tachikawa
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