ようこそ!預言cafeふわふわ山田道場
麓清
ようこそ!預言cafeふわふわ山田道場へ!
「ちょっと、曜子。ぼーっとしてないで、手伝いなさいよ!」
和歌子は椅子を運びながら鋭い声を投げつける。黒いフリルのシャツと長いロングスカートに艶やかな黒髪。全身黒尽くめの魔女のようないでたちで、ワインレッドのエプロンを着けている。
「えぇ……ワカ
ジャージ姿の曜子は入り口脇のカウンターに頬杖をついて眉をしかめた。横には近所のリサイクルショップで手に入れたレジスターがある。いまどき、QRコード決済はおろか、POSシステムさえついていない、レトロなやつだ。おまけにレシート印刷部分が壊れているので、電卓のついた金庫といった方がいいかもしれない。両替のボタンを押すとチーンと音を立てて、キャッシュトレイが飛び出した。
「そういわないの。お父さんの遺言でしょ。三人力を合わせて、あとのことは任せたって」
「いや、だったら普通は道場を継ぐとか、そういう話にならない?」
曜子は十メートル四方の板張りの部屋を見渡す。ここはもともと、父が空手道場を開いていた場所だ。道場とはいっても、有名な選手を輩出していたわけではなく、最近では近所の小中学生向けの空手教室として、細々とやっていたという方が正しい。
ところが、その道場も和歌子が運び入れたテーブルと椅子によっておおかた占拠されてしまっている。さらに、道場の正面に掛けられていた「鹿島大明神」の掛け軸があった場所には、おおよそカフェには似つかわしくない、巨大な神棚が鎮座していた。
「その道場経営が厳しいって話。せっかく広いスペースがあるんだから、有効活用しなきゃ」
「だとしたら余計にあの神棚がおかしいわよ。場所とるし、カフェには無用の長物じゃない」
「だめだめ、むしろあれがなきゃ。だって、ここ『預言cafeふわふわ山田道場』なのよ」
「店名にカフェ要素ゼロじゃん!」
「とにかく、口はいいから手を動かして! 曜子が一番体力あるでしょ? 道場の外にまだ椅子が山積みだから」
「自分で道場っていってるじゃん……」
大きく嘆息しつつ、曜子は運送業者が残していった椅子の搬入に取り掛かる。値段以上の価値があるとかなんとか、そんなキャッチコピーの量産品だ。
ちょうどそのとき、道路の向こう側から、両手に大きなバッグのようなものを下げて駆け寄ってくる小さな人影が目に入った。
「ただいまなの」
淡いピンクのワンピースに身を包んだ敦子が息を弾ませながらいった。曜子より頭一つ小さな身長と、高めに結んだツーサイドアップのおかげで中学生くらいにみえるが、去年専門学校を卒業していて、曜子の二歳年上だ。
曜子は敦子が持っている大きなカバンを見る。どうやらペットケージらしい。
「おかえり、アツ
「ん、ミーコとポンタなの」
「いや、わからんし」
敦子は道場の中にいる和歌子に「ただいまなの」と声をかけて、椅子の飛び乗るように座ると、ほへぇーと息を吐いてテーブルに伏せた。
「疲れたの」
「お疲れ様ー。お目当ての子はみつかった?」和歌子が興味深そうにきく。
「ん、ふわふわの子猫と子犬なの」
曜子も運び入れた椅子を適当に配置すると、椅子に腰を掛けケージを指さす。
「買ったの、それ?」
「違うの。保護施設から譲ってもらったの」
「ウチで飼うの?」
「ふわふわカフェの子なの」
曜子はケージをのぞき込む。隅っこで小さく丸まっているのは茶トラの子猫と、白に黒ぶちの子犬だ。どちらも生まれて一カ月とたってなさそうだ。
座り直した曜子は、向かい合う和歌子と敦子を見遣りながらきく。
「なあ、どうでもいいけど、本当に今日からやるのか? まだ準備も完了してないし、見切り発車もいいところだぞ」
「なにいってるの曜子。占いでは今日が最高ってでてるの。むしろ、今日以外はすべて最悪の結果しか生まないのよ」
「そんなピンポイントな占いあんのかよ!」
「さあ、二人とも。お客様がまっているわ! 急いで準備を終わらせるわよ!」
張り切る和歌子と対照的に、曜子は石を抱いたように重い足取りで準備に取り掛かった。
午後三時にはどうにか店内の体裁が整った。和歌子は道場の前の路上に「本日OPEN! 預言cafeふわふわ山田道場!」と書いたブラックボードを出し、満足げに腕組みをしていった。
「さあ、忙しくなるわよ!」
そんなわけないだろう、と曜子は大きなため息をつく。
長女の和歌子は三姉妹では一番頭が良く、四年制大学の文学部を卒業しているが、数字に弱い直感型の文系脳だ。
本人いわく「神様に選ばれて、人々を救うために神様の言葉を伝える能力を得た」らしく、その占いは特技というより特殊能力に近い。彼女の占いがかなり高い確率で当たるというのは、大学時代から周囲で評判だった。
一方、次女の敦子はいまだに幼っぽさが抜けない動物大好きガールだ。専門学校も動物看護系の学校を出ているが、和歌子以上にふわふわした性格のため、希望していた動物病院への就職がかなわず、今はペットショップでアルバイトをしている。
三女の曜子はといえば、三姉妹のなかで唯一、高校生になっても空手を続けていて、父親からは道場の跡継ぎだと冗談とも本気ともとれない調子でいわれていた。
自分自身、勉学の不得手を自覚しているため、進学はせずに卒業後は、警備会社でアルバイトをしている。
三人で力を合わせて、という父親の遺言どおりに、今後この道場をどうするのか、話し合った結果、和歌子がいった。
「いっそのこと、全部叶えてしまいましょう」
和歌子の占い、敦子の動物好き、そして曜子の空手道場、その三人の希望をすべて取り入れて出来上がったコンセプトが、「預言cafeふわふわ山田道場」だ。
「多分……いや絶対に客こないよ」
曜子が呆れていうと、和歌子は笑いながらこたえた。
「大丈夫、神様の言葉に偽りはないわ」
和歌子の言葉が疑わしいのだといい返そうとしたら、敦子が入口の方をみて「いらっしゃいなの!」と大声をあげた。振り返ると、男が一人、アルミサッシから中の様子を伺うようにして立っていた。
白いシャツにネクタイ姿の若いサラリーマン風だ。歳は和歌子と同じくらいか少し上、二十代半ばから後半に見える。
「あの……ここ、何ですか?」不安げに男はたずねる。
「預言cafeふわふわ山田道場にようこそ!」
和歌子が声のトーンを一段上げて、全力のスマイルで男のそばに近寄った。
「えっと、カフェ……ですよね」
「平たくいえばそうよ。さあ、どうぞお好きな席に」そういいがなら、和歌子は曜子に視線を送る。「お客様第一号よ、メニューをお持ちして!」
まさか、本当に客が来るとも思っていなかったのですっかり油断していた。曜子はまだジャージ姿のままだ。あわててレジのところへ戻り、丸めておいたエプロンを着けると、手書きのメニュー表をもって男の席へと小走りで向かった。
「もしかして、まだ準備中だった?」
「いえ。今日オープンしたばかりで、まだちゃんと準備が整っていなくて……バタバタしててすみません」
曜子は男の前にメニューを開いて見せる。それをのぞき込んだ男の表情が曇った。
「これ……ていうか、ここカフェ……なんですよね」
「まあ……平たくいえば……」
「この一番上にある、お告げ 15分3,000円+ワンドリンクというのは?」
「それは、私があなたのことを占って、神様からの言葉をお伝えするという、この店の看板メニューよ。あ、ドリンクは別に注文してね。今なら、お客様第一号ということで、特別価格、2,980円にするわ!」
「割引セコい!」
男は大きな声を上げたので、曜子はびくっとした。
「お、落ち着いてお客さん。ちょっとコンセプトがアレなだけで、普通のメニューもありますから」
「そ、そうだね。ごめん、いきなり大声だして」
なんとか客をなだめすかしたところで、今度は敦子がちょこちょこと寄ってきた。彼女と目があった男が首をかしげる。
「えっと……子供?」
「ミーコとポンタなの」
そういうなり、敦子は男の膝の上に、ケージから引っぱりだした子猫と子犬を押し付けた。
いきなりのことにびっくりした子猫はものすごい勢いで、男の腕を駆け上りテーブルに飛び乗った。子犬はぶるぶると震えて男の膝の上におしっこを漏らしてしまった。
「うぉぃ! なんだコレ!」男が急に立ち上がったので、子犬がぽてんと床に落ちた。
「ミーコとポンタなの」
「ご、ご、ごめんなさいっ! すぐに拭くもの持ってきますから!!」
曜子が慌てておしぼりを持っていくが、男は耳まで真っ赤にして、曜子からふんだくるように、おしぼりをかすめとった。
だめだ。
最悪だ。
こんな店、やっぱりハナからうまくいきっこないのだ。
ふと、男と目があった。曜子は思わず愛想笑いを浮かべた。
「あ、あの……か、瓦……割ります?」
つい、口をついて出てしまった。
怒ってる相手にいう言葉か?
「……割る」
へ? と素っ頓狂な声が出た。
メニューには板割りや瓦割りという空手体験メニューもあった。
「瓦割りやる。いくら?」
「ふ、服を汚したお詫びに、お代は結構なので……すぐ用意します!」
曜子は店の中ほどに、コンクリートブロックを並べ、その上に屋根瓦を積んでいく。
とりあえず十枚。
男はその前に立つとすうっと息を吸い込んだ。
「部長のクソボケがあぁぁァーーッ!!」
罵声をあげて叩きつけた拳はガコンと硬質な音を立てて、積んでいた瓦を真っ二つに割った。
和歌子と敦子が思わず「おお~」と感嘆の声をこぼした。
「……ふう、すっきりした」
男はまるで憑き物が獲れたような顔をしている。おしぼりを手渡しながら曜子はいった。
「い、いいパンチ持ってますね」
「鬱憤溜まってたからかな。まさか、こんなにきれいに割れるとは思わなかったけど」
瓦は普通に殴ったぐらいでは割れないため、実は割れやすいように加工を施してある。曜子はそのことは黙っておいた。
「あの、本当にすみません。いろいろ……」
「そうだな。ツッコミどころはいろいろあるけど……まず、占いが高すぎる」
「失礼ね。神様のお告げを聞くのに3,000円なら激安価格よ?」
「ドリンク別だろ? 占い目的に来るならまだしも、カフェ利用者についでに使ってもらうなら、もう少し手の出しやすい料金設定にしないと。それからその犬猫はなに?」
「ミーコとポンタなの」
「猫カフェとかにするの? それなら動物取扱責任者が必要だと思うけど、資格は?」
「ないの」
「だろうね。そもそも、人に慣れてないのをいきなり押し付けたらダメ! まずは人に慣らす訓練をしてから。せめて看板猫、看板犬くらいのポジションから始めて行かないと。あと、トイレトレーニングはちゃんとする!」
「しゅんなの」
敦子は口をとがらせて俯いた。
「あの……お客さん、随分と詳しいんですね」
曜子がいうと男は気まずそうに頬をかいた。
「ごめん、つい。俺、飲食店コンサルやってんだよね。ただ、いつも問題案件ばかり押し付けられるし、たまに大成功させたプロジェクトは部長が自分の手柄にするし。いつの間にか、何の仕事もしてないクソ部長が敏腕コンサルみたいにテレビとか雑誌とかで取り上げられるし、マジでやってらんないよ。俺、今の職場辞めて転職しようかなって悩んでるんだ」
「なるほど。そういうことね……わかった。私に任せて」
「任せてって……」曜子は嫌な予感がしていた。
「あなたが成功するためにどうすればいいのか、占ってあげるわ。特別に半額で」
「まだちょっと高い!」
「冗談よ」
和歌子はエプロンを脱ぐと、代わりに真っ白な装束を羽織り、神棚の前に座布団をしいて座る。男はその後方の椅子に座らせた。
手を合わせた和歌子は何やら祝詞をとなえる。日本語のようで外国の言葉みたいな、不思議な発音で、曜子にはそれがなんといっているのかさえ分からなかった。
祈りを捧げていた時間は一分ほどだった。
和歌子は神棚にむかって「とうとがなし」といって、両手をついて深く礼をした。
体を起こすと、和歌子は男のほうに向き直る。
「神様があなたの進むべき道を示してくれたわ」
男はもちろん、曜子と敦子もごくりとのどを鳴らした。
「あなたが働くべき会社の名前は……『預言cafeふわふわ山田道場コンサルタンツ株式会社』よ!」
ようこそ!預言cafeふわふわ山田道場 麓清 @6shin
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