第48話
僕達は、ワンダーラビットの前で残り一人が来るのを待っていた。
レオナルドは以前、ミナトに改造して貰った『魂食い』の初期衣装。袖なしの黒インナーに白の腰布と黒ズボン。
僕は『医者ドクター』の初期衣装、半袖の白衣に灰色のズボン。
茜も春エリアの普段着よりも涼しそうな、深紅の生地で織られた、袖捲る和服だった。
夏エリアは異常状態で『熱中症』が発生するほどの暑さ対策が必須で、衣服も当然その一つに含まれる。
さて……
レオナルドが面倒事を招き込むのは、今に始まった事ではない。
今日は夏エリア攻略の為、部外者がパーティに加わるので僕も謙虚に振る舞いたかった。
レオナルドは彼なりの思惑があり、最良な選択をしているとは言え……僕は訝しげに奴の機嫌を伺う。
つい先日、追い払った癖毛ある茶色のセミロングヘアに細目の剣士、いや、今は剣豪の男。
プレイヤーネームは『光樹』というらしい。
饒舌にベラベラ話す奴は、完全に調子乗っている類だ。
全く変わらない態度で、光樹は如何にも申し訳なさそうな声色で言う。
「ホンマ、すんません! 急にご一緒させてもろおて」
僕は辛うじて、にこやかな笑顔を作って「いえ、大丈夫ですよ」と返事ができた。
我ながら褒めたい。
茜がキャロルを抱き撫でつつ「また変わった奴を見つけたもんだね」と感心している。
問題児のレオナルドは気まずそうに僕へ耳打ちした。
「悪い。放っておいたら駄目な気がしてさ」
今日ばかりは、耳打ちの際、僕の耳に近づけたレオナルドの手首を掴む。
苛立っていた僕は、無意識に強く握った。
あれはカサブランカ並にロクでもない類なのに。僕の小声は低いものになっている。
「ムサシの件であんな目に合ったのに、懲りないね。君は」
「み、光樹さん、初心者だからって店に入れて貰えないんだ。でも、俺達と一緒にいるって噂が広まれば、初心者と思われなくなるだろ?」
「そうだね。目立つだろうね」
「ル……ルイス。腕、滅茶苦茶痛い」
「一つ、僕に謝ってくれないか」
「ご、ごめんなさい」
片言なイントネーションで謝罪するレオナルド。
僕は仕方なく手を離した。
手首をさするレオナルドに、僕は血の巡りを抑えながら小さく問いかける。
「君はどういう考えだったのかな」
「あ、あー……普通に光樹さんが、どこかに受け入れられるようにしたかったっていうか。ルイスも光樹さんに付け回されたくないだろ? その辺りのフォローをしておきたくて……」
レオナルドが不安そうに僕の機嫌を伺うので、僕は一息つく。
「……ふぅ。うん、いいよ。今日の一件は仕方ないさ」
「いや。俺が何度かメッセージ送り続ければ良かったよな……」
「普段なら、君のメッセージに返事は返せたんだ。本当に間が悪かっただけだよ」
ああ、本当に。運が悪い。
移動授業で返信が遅れたとか、携帯端末を教師に没収されたなどではない。
僕に付きまとってくるクラスメイトの男子。
アイツが期末テストがヤバイから勉強を教えてなどと絡んでくるから、放課後もしばらく時間を食うハメになった。
頻繁に話しかけて来られると、携帯端末も無暗に取り出せない。
なら、素直に僕が魔法使い系ではなく薬剤師系を選んだと教えればいい、とか普通の人間は割り切るだろう。
僕は真っ平ごめんだ。
アイドル騒動の時もだが、平然と僕の個人情報をクラスにばら撒きそうな奴だ。
死んでも教えたくない。
夏休みの空白を使ってゲーム関連の話題を有耶無耶に終わらせたい。
そこに、光樹が話しかけて来た。
「あの~……まだ、けえへん? 結構、待ってますけど」
僕らが待っているのは、銃使い……今はジョブ2『
茜の手から逃れたキャロルを手元に来るよう、レオナルドが仕草しつつ。
光樹に対し説明する。
「今日中に『ガウェイン』までクリアしたいって頼んだら、銃弾作りで遅れるってメッセージが来てました」
レオナルドがそう話した瞬間。
「すいませぇえぇぇん! 遅れましたあぁあぁぁ!!」
現れた白のペイント模様がある黒半袖に白長ズボン、口元を赤バンダナで覆っているボーイッシュな茶髪の女性。
こういう時ばかりは大声張り上げられる小雪は、銃系統の中でも大物のランチャーを引きずって現れた。
あれを常時装備する訳ではないだろう。
ランチャーの威力や射程距離を考慮すると『ガウェイン』戦で使用するものだ。
小雪の謝罪も短く済ませて、僕らはパーティを結成しメインクエストを受注する。
一先ず、僕がまとめ役をかった。
全員に方針を伝える。
「これから、メインクエストを連続でクリアしていきますが、今日中に『ガウェイン』まで到達する為には最短ルートを選びます。探索は行わず、道中の妖怪も基本的には倒さないでお願いします」
本来、二日間かけてやる予定だったが、それを今日中にと脅迫してきたムサシの事情に合わせるなら。
これがベストな方針だ。
界隈に慣れた茜と小雪は各々「了解」と一つ返事をするが、光樹は純粋な質問をぶつける。
「ボス戦じゃあらへんのに、自分も一緒で上手く行きます?」
「僕はマップの地形を大凡記憶しています。僕が先導になって案内します。それと、あくまで最低限の戦闘回避です。道中、妖怪を倒さないと進めない場所もあります。皆さんの疲労は、僕が薬品を使って回復させます」
僕の説明を一通り聞いて、ポカンと驚いた反応の後、光樹は「成程なぁ」と納得してくれた。
分かってくれたなら、僕は光樹に一つ尋ねる。
「薬品も皆さんのステータスに合わせたものを使うので……光樹さんのステータスを見せて貰ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、はい。皆さんと比べたら大したもんじゃありませんわ」
などと自虐気味に語る光樹のステータスは。
……僕は自分でどんな表情をしているだろうか。絶句どころじゃない。
コイツの場合、レオナルドからステータスの説明を受けてコレ。
攻撃に極振りしている……!!
だが、武器も際物を装備している。
スキルで二刀流になっており、一本はジョブ武器の『勇者の剣』。もう一本は『オブシウス・フランベルジュ』というオリジナル武器。
洒落た名称に感じるが、形状をそのまま名にしただけだ。
オブシウスは『黒曜石』の発見者だったかな。フランベルジュは刀身が波打っている剣の名称。
特徴的な光沢と刀身の形状を除けば、鞘と鍔がない剣。分かりやすい形のモデルを挙げるなら『草薙の剣』だ。
僕の表情で察したのか、光樹は弁解する。
「敵倒しやすくしよう思て攻撃高くしてしもうたんです。でも、ほら。他はなんもイジってませんけど、数値は高いと思いません?」
それはそうだ。
序盤の伸びがいい剣士系は、これだから初心者向けと扱われている。
だからと言って……もう仕方ないか。
僕は咳払いをし、いよいよクエストに挑む。
「準備は整いました。皆さん、行きましょう」
★
何だかんだで効率的なパーティが結成された。
小回りの利く剣豪の光樹が主に、敵を倒す主戦力として前線に出る。
僕が身体強化の薬品に加え、攻撃力アップの薬品も使用してやると馬鹿な攻撃極振りが相まって、道中の雑魚妖怪程度なら余裕で倒せるのだ。
光樹は暗算が得意とレオナルドから説明を受けたが、あと半発、何回攻撃すれば、倒せるというダメージ計算を戦闘中にする以外にも。
体感時間まで正確で、僕の効果時間の確認過程が無駄だと言わんばかりに「あと十秒できれます」と指摘してくる。
その点は僕も関心したが、光樹は体力僅かな敵をあえて攻撃力の低い『勇者の剣』で倒したり。
状況によっては、僕達に倒すよう頼んでくる。
これを急に振ってくる。戦況の流れが崩されるワンマンな独断専行が多い。
ハンマーが武器の茜は即座に対処できない。
小雪は銃弾を無暗に使えない。
なので自然と、適度な攻撃力を持つレオナルドが名乗りを挙げてくれる。
「じゃあ、俺が弱った奴を倒していくんで、光樹さんはいつも通りにやって下さい」
気楽にやっていいと受け止めた光樹は「ありがとうございますぅ~」と調子良く戦っていた。
どこかでヘマしないかと、僕は黒い感情を胸に秘めたが。
事後処理を行うレオナルドは、キャロルと共にパーティ全体のサポートをしてくれている。
僕が回復役なら、レオナルドは戦闘補助。
『ソウルサーチ』の索敵に『ソウルシールド』の状態異常無効。
光樹の倒し残しの処理以外にも、対処できない場面で『ソウルターゲット』で駆けつけてくれていた。
硬い妖怪は茜が担当する。
ハンマーを振るう動作や、ハンマーの重さで機敏な立ち回りはできないものの。それは妖怪も同じ。
装甲がある妖怪は、敏捷が遅いのが特徴。
彼女以外の、僕らが他の妖怪を片付け、落ち着いて対処すれば、初心者でも倒せる。
そして、遠距離……上空にいる妖怪は小雪が片付けた。
発砲する前に僕らを驚かせない為、駆けながらライフルを構え、小雪が一声かける。
「はい、撃ちまーす」
そんな具合に僕らは順調に夏エリアを攻略した。
現在、一面最後の道中クエストに挑んでいる。中間地点の目印である廃れた神社が見えてきたので、僕は皆に呼び掛ける。
「皆さん、回復しますので、ここで一旦休憩してください。神社の敷地内まで妖怪は入ってきません」
各々、疲労感ある一息をついている間にも、僕は全員のMP回復とステータス強化薬品を使用し、疲労回復をしていく。
今の内にレオナルドや光樹は砥石で武器を研いでいる。
ここをクリアすれば、いよいよ夏エリア最初のボス『トリスタン』だ。
攻撃力ある光樹がいるなら、多少攻略時間は短縮されるが……当の光樹は相変わらずのお喋りをする。
「お嬢さん、あの距離撃ち抜いてビックリしもうたわ! 他のゲームで腕あげたんです?」
光樹のテンションに押され、困った様子の小雪は小さく「あ、はい、まあ……」と口どもっている。
戦闘中なら、高揚感も相まって普通に喋れる反面。
やっぱり、初対面にはこうなってしまうようだ。
タイミングもいいので、僕は光樹に一つ忠告しておく。
「光樹さん。春エリアのボスをレオナルドと一緒にクリアしましたか」
それを尋ねると情けない態度で光樹は答えた。
「あ~……レオナルドさんとクリアしたの、自棄に名前が長い……ロンドンでしたっけ? あそこまでです。あと、ロンドンなんちゃらは、レオナルドさんにゴールしてもろおて、自分は途中脱落してしまいました」
まあ、普通はそうだろう。
プレイスタイルを確立させたとは言え、何でもかんでも、出来るようになる訳がない。
コイツの欠点は、経験のなさだ。
僕は咳払いをした後、光樹に告げる。
「ボスは道中に登場した妖怪と違って、AIが搭載されています。道中の妖怪のように、ワンパターンな動きばかりではないと頭の隅に置いておいて下さい」
「……はあ。AIですか」
釈然としない光樹にレオナルドが教えた。
「ある程度の自我があるって思ってくれればいいです。ワンパターンな動きがないって訳でもなくて、人間みたいに癖がある奴もいるって考えた方がいいです」
「ふんふん……」
話を聞いて、片手の人差し指で頭を叩く独特な動作をする光樹。
まるで、今までの情報を整理しているかのようだ。
ふと、茜が顔をしかめて周囲を警戒するべく、武器を構えながら僕らに尋ねる。
「ちょっといいかい。何か聞こえるよね?」
………耳を澄ます。
確かにひそひそ、小さな喋り声……笑い声? 妖怪のものだろうかと、僕が疑った矢先。
レオナルドは『ソウルサーチ』を展開させた。
すると、声の主を発見。いや、看破したと表現を正すべきか。
僕らと共に駆けてきた仲間・白兎のキャロルが、この廃れた神社の敷地内にあった台座から落ちたらしい狛犬の石像。それの匂いを嗅いでいる。
キャロルが匂いを嗅ぐ度に、石像から変な声が漏れ出している。
具体的にはくすぐったいのを堪える声。
その石像に、魂がついたり消えたりを繰り返す不可思議な光景が広がっていた。
小雪が「え?隠し要素??」と思わず口走る。
というのも、ここに妖怪が隠れている要素は今日まで噂になっていない。
だが、どうやら……発動条件にはペットが必須らしい。
キャロルが狛犬の石像全体を嗅ぎまくると、悲鳴と共に狛犬が飛び上がった。
苔の生えた石像から一変、独特な青の炎を纏った水色の毛並みを持つ狛犬となりながら、素っ頓狂な声で喋る。
『どっ、どこの匂い嗅いでるんだよ! お前ぇっ!!』
嫌悪感を吹き飛ばそうと、狛犬が体を震わせたが、キャロルが「ぶっ、ぶっ!」と音を鳴らすだけで、狛犬は驚いてしまう。
圧倒的に体格差があるのに、小さな白兎に狛犬は追い回されていた。
『うわ~~~~! やめろって! くすぐったいもん!! やだやだ、こっち来ないで~!』
「ぶっ! ぶっ!」
奇妙な光景を前に、僕らは途方に暮れていた。
レオナルドがキャロルに呼び掛ける。
「キャロル! 嫌がってるだろ、止めるんだ」
兎特有のすました無表情でこちらをじっと視線を注いでから、ちょこちょことキャロルはレオナルドの方に駆け寄る。
一方、狛犬は一安心して地面に項垂れた。レオナルドが心配そうに、狛犬に尋ねる。
「大丈夫か? キャロルも悪気はなかったんだよ」
『も、もぉ~……だったら、何で変なところ嗅いでくるのさぁ』
キャロルは踏ん反りかえっているような態度で「うー!」と体から音を鳴らしていた。
隠れていた妖怪を探し当てたから、キャロル的には褒めて欲しいのだろう。
と、場が落ち着いた筈が。
狛犬は我に返って、飛び上がる。
『うわぁ~~~~!? 人間だああぁあぁぁあぁぁ!』
……今更?
『ど、どうしよぉおぉお~~~! アーサー様に怒られちゃう~~~~!!』
情けない捨て台詞を吐きながら、狛犬は逃げ去っていく。
僕らプレイヤーが追いかけられないフィールド外に入ってしまったので、見届ける他ない。
狛犬を驚かせてしまったのを後悔しているらしいレオナルド。
彼を傍らに、僕らにメッセージが届いた。
[シークレットイベント:『ぬらりひょんの謎』が解禁されました]
[解禁条件:『ガレスとの遭遇』を達成しました]
僕のフレンドの周りが鬱陶しい ヨロヌ @rurivurado
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