第23話 エピローグ
それから数日後、私は無事に帝国本土の宮殿へと無事に送り届けられた。そこでは私が戻ってくるのを今や遅しとお母様が待ち構えていた。
「ユイ!」
「お母様!」
本国を出てから二年近く経っていた。留学が終わればいつでも会えると思っていたが、危うくもう少しで二度と会えないところだった。それどころか、戦争を引き起こした人物として歴史に名前を残すところだったのだ。本当に危ないところだった。
「ユイ、無事で何よりだ」
「お父様!?」
そこにはセルガレオス帝国現皇帝陛下のお父様の姿があった。滅多に私の前に姿を見せることのなかった皇帝陛下がいることに思わず驚いてしまった。
どうして皇帝陛下たるお父様がこんなところまで来ているのだろうか? お父様に会うのはいつぶりになるのかさえ覚えていない。私は頭に疑問符を付けたままでお父様とハグをした。
「不思議そうな顔をしているわね」
「それはそうですよ、お母様」
困惑している私を見て、フフフと笑うお母様。意味深なその笑いにますます首を傾げた。
「皇帝陛下はあなたにいつも会いたがっていたのよ。でも何人も子供がいる中で一人だけを大事にしたらどうなると思う?」
「……次期皇帝陛下に選ばれるんじゃないかと思われる?」
「そういうことね。実際にそうならなくても、火種になりかねないわね」
確かにそうかも知れない。第三皇子は戦争をして自分の評価を上げて皇帝陛下の座に近づこうと画策していた。他の皇族が似たようなことを考えている可能性は十分にある。
つまりお父様が私に滅多に会わなかったのは、私のことがどうでもいいと言うことではなくて、私が大事で、私の安全を確保するためだったというわけか。
「ごめんなさい、お父様。私、何も知らなくて」
「気にする必要はない。とにかく無事で良かった。マクシムのことは反逆罪として厳しく取り扱うつもりだ。済まないが、しばらくはユイに今回の事件のことについて聞かなくてはならない」
どうやらマクシムはただでは済まないことになったようだ。しばらくは大人しくなるだろうどころか、再起不能になってしまったようだ。お金もほとんど残ってないことだろう。ロイは良い仕事をしたものだ。
「すでに捕まえているのですか?」
「ユイが捕まったその日のうちに匿名で通報があったのよ。マクシム戦争準備中ってね。そしたらアゴス宇宙ステーションでテロリストによる爆破事件が発生して大騒ぎ。その騒動のついでに捕まえておいたのよ」
ああ、やっぱりロイはテロリストになっていたか。あれだけ派手にやれば仕方がないか。ちらりと盗み見たロイは知らん顔をしていた。良い性格をしている。
「でもすぐにあなたが救出済みであるという通信が私の元に入ったわ。それで安心して皇帝陛下にことの次第を話して対処してもらったのよ。もう私ではどうにもならないくらいに事態が大きくなっていましたからね」
私の知らないところでそんな事態になっていたのか。ロイに救出されてからは、本土までどこの惑星にも、宇宙ステーションにも降りずに向かったから情報が入ってこなかったのだ。
私達が感動の再会をしている間、ロイは完全に空気になっていた。
始めからそこにはいませんよ、といった壁との同調ぶりは実に見事だった。だが逃さん。私だけお父様の前で緊張しているのはどうかと思う。この思いを私達は共有するべきだと思う。
「お父様、お母様、こちらが私をここまで無事に連れてきて下さった私立探偵のロイ・ベルガロットさんです」
私はロイの手を引っ張って、二人の前に連れ出した。その目が「余計なことをしやがって」と言っている。だが、今の私には何も見えないのだ。
「あなたがダナイ博士が言っていた方ですね。娘を無事に送り届けてくれてありがとうございます」
「私からもお礼を言うよ。本当にありがとう」
お父様とお母様は揃って頭を下げた。
そのとき、私は初めて見た。ロイが焦っている瞬間を。
「い、いえ、自分は自分に与えられた仕事を全うしただけですから。どうか頭を上げて下さい。この国の国民でもない私に頭を下げる必要などありません」
ロイはタジタジになって必死に両手を振っている。笑ってはダメだ、笑ってはダメだ。
「プッ、お、お父様とお母様も、もうそれくらいにしてあげて下さい。ロイはとってもシャイなんですよ」
ロイに睨まれた。言っておくけどね、ロイ。これでも私はセルガレオス帝国の王女なんだからね? 何か二人に比べて扱いが雑じゃない? 膨れてやる。風船みたいに膨れてやるんだから!
「あらあら、随分と仲が良くなっているみたいねぇ。そうだわ。これを機にこの国の国民になってはどうかしら?」
お母様はダナイさんからロイのことをある程度は聞いているのだろう。ロイをこちら側に引き入れることができれば、その利用価値は計り知れない。私はロイの返事を待った。
もしかしたら、これからも一緒にいられるかも知れない。
「申し訳ありませんが、私のようなどこの馬の骨とも分からない者には、宇宙のならず者の方が似合ってますよ」
宇宙のならず者とはどこの国にも属さない自由な人々のことである。何からも縛られない代わりに、何からも保証されない。自分の腕だけを頼りとしている人達だ。確かにロイなら自分の腕だけで十分に食べていけるだろう。主に私立探偵ではなくて、傭兵としてではあるが。
ちょっと残念である。だが、まだチャンスはある。
「それなら、ロイはまだ私立探偵を続けるってことよね?」
「ああ、そのつもりだが……?」
ロイが疑問に満ちた目をこちらに向けた。その顔には「一体コイツは何を言い出すつもりだ?」と書いてあった。
「そのうちロイに仕事を頼むわ。そのときはよろしくね」
笑顔で言った私に対し、ロイは実に嫌そうな顔をした。
「ちょっと、何でそんな嫌そうな顔をするのよ!」
「冗談だよ。冗談。出す物さえ出してもらえれば何でもやりますよ、お姫様」
また金か!
でもウインクをしてくれたので、今回は不問としてあげようではないか。
私達のやり取りを両親は微笑ましそうな目で見ていた。
ロイ・ベルガロットは分かってない えながゆうき @bottyan_1129
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