第22話 帰路

 途中何度も方向転換を繰り返すとようやく船内に静寂が訪れた。

 今いる場所が一体どこなのかさっぱり分からないが、目の前にはいつ見ても美しい星の海がどこまでも広がっている。自由を象徴するかのようなその景色に、しばし時を忘れていた。

 

「どうやら今回はお漏らしはしてないようだな」

「ちょっと、ロイのバカー!」


 私はポコポコとロイを叩きつつ、本当に漏らしていないか確認した。うん、今回は漏らしてはいないようだ。それにしても、可憐な乙女に言うセリフではない。人がせっかく心象に浸っているというのに。


「何なら、今からしてもいいのよ?」

「ゴメンナサイ」


 私が半眼で睨みつけると、ロイはすぐに素直に謝った。それに免じて今回は許してあげよう。ようやく私の頭は映画のようなスリリングな世界から現実世界へと戻りつつあった。すぐ目の前には私が夢見た黒髪で黄金の瞳を持った人物がいる。


「ありがとう、ロイ」


 私は素直にお礼を言った。本当はロイの言葉を疑ったことを謝るべきだろう。それでも私は謝るよりもお礼を言いたかった。

 

「どうした、熱でもあるのか?」


 乙女心が分からないのか、おでこに手を当てて、首を傾げるロイ。

 

「むう!」

「冗談だ。ご無事で何より、お姫様」


 いや、そのセリフも冗談でしょうが。でも私はロイの顔が赤くなっているのを見逃さなかった。

 これはあれだ、ロイの照れ隠しだ。そしてロイが冗談を言ったのも照れ隠し。

 何だ、可愛いところもあるじゃないか。私はニヨニヨとしながら気になっていたことを尋ねた。


「どうして私の場所が分かったの?」

「ああ、こんなこともあろうかと、ユイにあげた腕時計型情報端末に発信機を付けておいたのさ」


 ロイがニヤリと笑う。そのイタズラ好きな表情もこれまでの旅の中で何度も見てきた。なぜだか今は懐かしく思ってしまう。

 

「ストーカー行為じゃん」

「否定はしない」


 冗談交じりに言うと、ロイは笑った。その目は何だかいつもとは違う光が宿っているように見えた。言うなれば、何だか眩しそうな瞳? それにしても、まさかロイからもらった時計にそんな機能が搭載されていたなんて全然気がつかなかった。でもそのお陰で私の正確な居場所が分かったのよね。

 私は旅の相棒であるロイにもらった大事な腕時計に目をやった。

 あれ?


「ああっ! 腕時計が壊れてる!?」


 見ると、腕時計の画面には大きく割れており、漆黒の闇を映し出していた。いや、画面だけじゃない。その下の本体部分まで大きく裂けている。どこかでぶつけたのだろうか? でもそんな記憶は全くない。これだけ壊れているのならさすがに気がつくはずだ。

 ロイからのプレゼントを壊してしまったショックで、私はうつむいた。

 

「ああ、それな。敵のアジトから脱出するときに壊しておいた」

「何で!?」


 思いも寄らなかったロイの発言に、思わず掴みかかった。

 

「落ち着け、ユイ。時計に居場所を知らせる魔法が仕掛けてあった。その場で簡単に解除できるような魔法じゃなかったから腕時計自体を破壊するしかなかった」


 魔法を仕掛けたのはマクシムだろう。いつの間に……あれか、あの最初に挨拶したときか。あのときは敵だとは思っていなかったから完全に油断していた。きっとそのときに細工されていたのだろう。

 私の安全を確保するためには仕方がない処置だった。しかし、だからと言って大事な大事な腕時計を失ったショックは大きかった。腕から外した壊れた時計を見ていると、切なくなった。


「そんなに落ち込むな。そんなに気に入っていたならまた買ってやるよ。もちろん今度のは発信機無しのものにするからさ」

「……」


 違う、そうじゃない。発信機の有無なのどおでもいいのだ。そうじゃなくて。本当にロイは分かってない。


「全く、そんなに気に入っていたとはな。ほら、俺のをやるからこれで機嫌を直してくれ」


 そう言ってロイは自分の腕にいつも着けている腕時計を私の前に差し出した。それを両手で受け取った。

 ロイの腕時計。所々に小さな傷が入っており、そこそこ長く使っていたようである。そのことを確認すると、すぐに腕に着けた。


「仕方ないわね。これで許してあげるわ」

「それは良かった」


 ロイははにかんだ表情を見せた。


 

 静寂が私達を包んだ。ついさっきまでの出来事が嘘のように、とても静かだ。ここにいると、ロイの心臓の音が聞こえてきそうだ。いや、実際に聞こえているような気がする。

 静かだからなのか余計に聞こえてくるようになった。


「さっきの戦闘のとき、ロイがどう動くのか、手に取るように分かったわ」

「そうか、それは良かった。次にどう動くかが分かれば、それほど怖くはなかっただろう?」

「うん。……うん? それって、どういう意味?」


 ロイを見上げると、目と目が合った。今にも吸い込まれそうな美しい黄金に輝く瞳を見ていると、フッと目を逸らされた。


「テレパシーって知ってるか?」


 突然ロイが妙なことを言い始めた。目は逸らしたままだし、どうも言いあぐねているかのようだった。

 

「あのオカルト的な思念伝達方法のこと?」

「そうだ。そのオカルト的なことだ。俺の生まれた場所では、そう言った研究もしていてな」

「……ロイってどんな環境で生まれたのよ」


 私が冗談交じりに言うと、ロイは真剣な表情で私と目と目を合わせた。

 ロイはポツポツと自分のことについて話をしてくれた。その結果、とんでもないことが発覚した。

 ロイは人工的に造られた人間、人造人間だったのだ。

 人造人間、そのようなものを生み出す行為は今も昔も禁忌とされていたはずである。まさか、人造人間を造り出すなんて大それたことをやる人物がいたとは驚きだった。

 人造人間を密かに造り出そうとしていた組織はベルガロットという会社だった。

 その会社は二百年前に倒産していた。原因は開発拠点だった人造人間を研究している宇宙ステーションが、ロイ達人造人間の反乱によって爆発四散したためである。

 その中でも最後に製造されたロイは、仲間達の力によって長期間生存することができる特殊な冷凍保存式の救命ポットに乗せられて、辛くも宇宙へと放り出された。

 そして二百年近く経ったころ、ダナイさんがその脱出ポットを発見し、今に至るらしい。

 ロイはそのベルガロット社で造られた最後の人造人間、六十一番目の人造人間だったのだ。六十一番目なので「ロイ」と言う名前なのか。

 このロイという名前を付けたのはダナイさんらしい。ロイに興味を持ったダナイさんはロイのパトロンとなり、色々と便宜をはかってくれているそうである。ちなみにその宇宙ステーションが爆発した原因については、世間では謎のままになっているそうだ。

 確かに人造人間を作っていて、反乱を起こされました、では済まされないだろう。この銀河全体に大きな影響を及ぼすことは間違いなかった。

 それにしても、まさかロイが人間じゃなかっただなんて。

 確かに、私を助けてくれたあのとき、とても人間の力では持ち上がらないような鉄板を一人で持ち上げたり、私を抱えたまま四メートル以上はあろうかという塀を軽々とジャンプで跳び越えたりとかしていたっけ。

 ラザハンでの相手の頭を打ち抜いたホールインワンショットも、人造人間だったからこそできた芸当なのだろう。

 これはもう、私立探偵などではなくて、立派な特殊工作員と言ってしまって差し支えないだろう。


「どうしてベルガロットって名乗っているの? あまり思い出したくない名前なんじゃないの?」

「確かにそうだな。だが、誰にも認められることなく死んでいった同胞達が確かにそこにいて、生きていたことを忘れないでいたかったのさ」


 ロイはそのときの光景を思い出したのだろう。顔が僅かに歪んでいる。

 この表情は見たことがある。彼が見た悪夢は、きっとその日のことだったのだろう。私はギュッとロイにすがりついた。

 

「と言うわけで、俺にもその研究の成果が活かされているようなんだ」

「つまりは、ロイが私にテレパシーでどう動くのかを教えていたってこと?」

「そういうことだ」


 ロイが「理解してもらえた。変な奴と思われなくて済んだ」と満足そうに頷いた。

 

「それにしては、もの凄くおぼろげなイメージしか伝わって来なかったけど?」

「そうなのか? ユイにどんな風に伝わっているかは俺には分からないからな」


 ロイはフウと息を吐いた。そこには落胆の色が見え隠れしている。


「その程度の効果しかなかったわけか。これだけ近くてその程度の効果なら、使い物にならないな」

「何? もしかして初めて使ったの?」

「……そうだ」


 どうやらロイはロイで私に気を使ってくれていたらしい。

 それにしても、次にどう動くのか分かるだけでこれほどまで世界が違うとは思わなかった。言ってみれば、ちょっとしたアトラクションだ。

 スイスイと攻撃をよけ、バンバンと敵を落としていく。まるで映画のワンシーンを見ているかのようだった。思いが伝わるだけで、これだけ世界が変わるとは。

 ……思いが伝わる? もしかして、私の思いも伝わっているのかしら?


「ん? どうかしたのか?」

「どう? 私がなんて思っているか伝わった?」

「いや、全然。何を思ったんだ?」

「秘密!」


 そのままロイにギュッと抱きついた。ロイは怪訝な顔をしていたが、私の頭を撫でてくれた。そういえば、一つだけ、とても気になることがある。


「ロイ、もしかして、私を救出するのも誰かの依頼なの?」


 ロイは首を横に振った。それを見て、大いに安心した私がいた。


「ダナイから依頼人からはそんな話は聞いていないと言われたのさ。それで黒幕がマクシムだと判断してすぐに救出に向かったのさ」


 ロイに情報を届けたのはダナイさんだったんだ。お母様とどういう繋がりがあるのかしら? 帰ったらお母様に必ず聞くとしよう。


「それに」

「それに?」

「第三皇子からたんまりとお金をもらったからな」


 ニヤリと笑うロイはいつものよく知る「お金には目がない」ロイそのものだった。


「ねえ、ちなみにお母様からの依頼の報酬はいくらだったの?」

「百万Gだ」

「百万G!? 確かあのとき、二千万Gって言ってたわよね?」

「ああ、そうだ。実に良い取り引きだったぞ」


 なんて奴だ。私を出汁にそれだけのお金を巻き上げるとは。こっちがどれだけ悲しい思いをしたと思っているんだ。でも、それだけのお金を失えば、元の力を取り戻すまでには時間がかかりそうね。これはこれで良かったのかも知れない。

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