第21話 本気
ロイは今頃どうしているかしら? 無事にアゴス宇宙ステーションから逃げられたかしら?
やっぱりロイの言う通りだった。意地を張って、ロイを信じ切ることができなかった私はこのざまだ。
このままでは私が戦争の引き金になってしまう。でも、もしここで自殺したとしても死体のまま共和国側に送られて「一体誰が殺したんだ! 報復だ!」と言われて利用されるのは明らかだ。私は何としてでも生きてここから脱出しなければならない。どんな手を使ってでも。私は憂鬱な気分でベッドに腰掛けた。この部屋には外を見るための窓すらない。明かりが灯っていても薄暗いこの部屋は、私の気分をますます重いものにした。
コンコン
小さく金属製の床を叩く音がした。この音には聞き覚えがある。私はさも何事もなかったかの様子で、その場所へと近づいた。
音がよりハッキリと聞こえる。私はその場所の近くで足音をコンコンと鳴らした。
その直後、重そうな金属製の床が持ち上がり、そこからヌッと黒髪の男が現れた。
ロイではない誰かに思わず声を上げそうになったのを慌てて自分の両手で塞いだ。
危なかった。声を出して誰かにバレと大変なことになるところだった。
「誰なの?」
私は正体不明の男に声をかけた。髪型はロイにそっくりなのだけれども。そう思って観察していると、その男は自分の顎に手を当てると、その仮面を脱ぎ捨てた。
「お迎えに上がりましたよ。麗しき姫君」
「ロイ!」
まるでイタズラ小僧のように茶目っ気な言い方をしたロイに、私は思わず抱きついた。こんなことをしている場合ではないとは思っているのに、ロイも私をきつく抱きしめてくれた。
その直後、扉の向こうから足音が聞こえてきた。一人ではない。複数の足音だ。それと同時に、自分が思いっきり大声でロイの名前を呼んだことに今更ながら気がついた。
ロイは起こっているだろうなぁ。チラリ。
「下がっていろ」
そう言って私を後ろに隠した直後、扉が開いた。そして、入って来た警備員と目が合った。
その直後、赤い閃光が二筋走った。きれいに眉間を貫かれた二人の警備員はドサリという音を立てながら倒れた。
「向こうから扉を開けてくれるとは、ついてるな」
事もなげに言ったロイはそのまま扉の向こうの様子を調べた。遠くから誰かが叫ぶ声が聞こえる。
そのとき私は確信した。ロイは本気だ。穏便に済ますのではなく、マジでここの施設とやり合うつもりなのだろう。
ロイがその後数発の魔法銃を発射すると、すぐに静かになった。おそらくここに倒れている警備員と同じように頭に風穴が空いてしまったのだろう。それを想像すると、さすがに心が痛んだ。しかし、ここで止まるわけにはいかない。このまま捕まっていたら、もっと多くの人達が犠牲になる。それだけは回避しなければならない。
「行くぞ。遅れずについて来い」
私が神妙に頷くとロイは扉から外へと出た。
扉の外では数人が倒れていた。私はそれをなるべく見ないようにしながらロイのあとをおった。前方では騒ぎを聞きつけたのか、人が集まってきている声がする。
ロイはそちらの方に向かって、何やら丸いものを転がした。通路の角付近に転がったそれは真っ白な煙を吹き出し、今し方角を曲がった警備員達を包み込んだ。
「何だ、この煙は! 前が見えん!」
「気をつけろ! どこから来るか分からんぞ」
予想以上に混乱している警備員はそれでも果敢に前に進んでいるようである。そこにロイが円錐状の何かを投げつけた。ロイは私の手を引くと、彼らとは反対側の通路の陰へと駆け込んだ。直後、先ほどいた方から爆発音が鳴り響いた。さっき投げたのはフラグだっただろう。
爆発のあとの惨状を想像した私の手を引っ張ってロイはどんどん進んで行った。
進んだ先には大きくて立派な扉があった。固く閉ざされたその扉はとても重そうであり、いくら力持ちのロイでも開けることはできないだろう。
ロイは私をその扉の隣に連れて来ると「ここから動くな」と命令した。そして扉の隣にある端末を操作し始めた。その端末はおそらく扉を開けるためのセキュリティーシステムだろう。本来なら、パスワードかセキュリティーカードをかざすことで扉が開く構造になっているはずだ。
一体ロイが何をどうしたのかは知らないが、扉はすぐに開いた。
扉の向こうでは四人の男が正面のモニターを見ながらどこかへ連絡を取っていた。突如開いた扉に驚いた様子で四人が一斉に振り向いた。
ピュン、ピュンと魔法銃が発射されたときになる音が聞こえるとすぐに静けさが辺りを包んだ。何と言うか、不気味な静けさだ。
「もう大丈夫だ。行くぞ」
そう言うと、ロイはその部屋の中に私を引き込んだ。私の後ろでは早くも扉が閉まる音が聞こえている。
部屋の中はコントロールルームのようであり、壁一面にあるいくつにも分かれたモニターには違う映像が移し出されていた。
あるものは砂嵐、あるものは警備員と思われる人達が走っている様子。私の部屋を映していたものには二人の倒れたままになっている人物が映っている。そしてこの部屋のモニターの前には物言わぬ人々がぐったりと椅子にもたれかかっていた。
ロイはそれらを気にすることなく、彼らが使っていた操作卓を操作し始めた。
建物の中に警報が鳴り響く。モニターにも非常事態の文字が大きく映し出されている。
「これでよし」
ロイは満足そうに呟いた。
「何がよしなの?」
「今、この要塞の全ての扉を開放した。緊急事態が発生したので今すぐこの要塞から脱出しないと危険だ、ということにしてね」
「それじゃ、今この建物のセキュリティーは全て解除されているということかしら?」
「その通り。今なら逃げ放題だな」
ロイはイタズラが上手く行った子供のようにニヤニヤとして嬉しそうだ。よほど相手方には思うところがあるらしい。
だが、納得もした。急いで逃げろ! という状態にしているのなら、逃げるのも楽になるのかも知れない。
そのとき、扉の向こう側から、ガチャガチャと何やらやっている音がした。このまま扉が開いてしまえば袋のネズミだ。どうすれば――。
「こっちだ、ユイ。ここに非常用の脱出ルートがある」
そう言うと、非常口と書かれた枠の中を蹴り込んだ。
すぐにぽっかりと滑り台のような通路が出現した。中は避難誘導灯によってほのかに明るい。ロイは私を前に抱え込むとすぐにその中へと滑り込んだ。
滑り始めてすぐに後方が騒がしくなった。おそらく部屋の中に入ってきたのだろう。このままでは後ろから追いつかれてしまう。
「ユイ、耳を塞げ」
「え?」
私は慌てて耳を塞いだ。その直後、後方から何かが爆発する音が聞こえた。
うん、これは間違いない。先ほどいた部屋が爆破されたのだ。ロイによって。
いつの間に爆弾なんか仕掛けたのだろうか。さすがは特殊工作員。
そのまま滑り降りると中庭のような場所に出た。ロイはこの場所の詳細な地図を持っているのだろう。スイスイと自分の家の庭のように移動し、私を建物の角に隠すと、まるでゲームをしているかのように銃撃戦を始めた。最も、その銃撃戦もすぐに終わったのではあるが。
私達は遂に建物の外縁部、優に四メートルはあろうかという高さの塀の前にたどり着いた。塀の先端にはトゲトゲとしたものがついており、ここを通り抜けるのはとてもではないが無理に思えた。
「どうするの? また爆破するの?」
「いや、それだと目立ち過ぎる。建物の中ならまだしも、外でそれをやれば、今度はこの宇宙ステーションの治安部隊に追いかけられることになってしまう」
「じゃあ、どうやっ……ひゃあ!」
私が全てを言い終わる前に、ロイが私を抱えた。それも乙女の誰もが憧れるお姫様抱っこというやつだ。
ヒョイ、と私を抱えたロイは、そのまま軽々と塀を跳び越えた。四メートルもある塀を、私を抱えて軽々と飛び越えたのだ。それだけではない。音も立てずに着地を決めると、そのままの状態でもの凄い速さで走り出した。その速さはまるで風だ。いや、風よりも速いかも知れない。
邪魔な人達を飛び越え、塀を飛び、壁を飛び、アゴス宇宙ステーションのとある場所へとやって来た。
そこには非常時に脱出するための脱出ポットがいくつも並んでいた。私達はその中の一つに急いで乗り込むと、安全ベルトを装着した。それを確認したロイは入り口付近にある非常ボタンを押した。
脱出ポットのドアが閉まり、カウントダウンが表示される。その間にロイは空いている席に座ると、すぐに安全ベルトを装着した。その直後、私の体にもの凄い重力がかかった。そしてあっという間に体中を浮遊感が包み込んだ。どうやら何とか宇宙空間に出ることはできたようである。
「これからどうするの?」
「すぐに俺の船が来る」
ロイが自分の耳元に手を当てる。ロイが何をやっているのか分からない私は、ただただロイの方を見ていた。本当は彼の元へと行きたかったのだが、安全ベルトが外れない。
ガチャガチャと格闘していると、見かねたロイがこちらのやって来て外してくれた。
「ロイ!」
思わずしがみついた。ロイの言うことを聞いていればこんなことにはならなかったのに、合わせる顔がない。私は顔を見られないようにロイの体に顔をうずめた。そんな私をポンポンと優しく撫でてくれた。
「ねえ、大丈夫よね? この脱出ポット、見つかったりしない?」
「大丈夫だ。救難信号は発信されないように細工済みだし、飛び出した方向は俺の船が待っている」
その言葉に私は絶句した。どうやらしっかりと下準備を終わらせているらしい。
……まさか。
「随分と手際がいいわね?」
「そりゃな。前に何百個と細工を施したことがあるからな。あれに比べれば朝飯前だよ」
「やっぱりドライアド宇宙ステーションで脱出ポットが大量に飛び出していたのはロイのせいだったのね!」
何てやつだ。あのときは後始末が大変だろうな、と思っていたがまさかその犯人が隣にいるとは。私がジットリと見つめていると、小さな窓から外の様子を確認していたロイが何かに気がついたようだ。
「来たぞ」
そう言うと、脱出ポットに何かが取り付いたような音がした。その直後、どこかに引っ張られるような感覚があった。そしてどこかに置かれたような小さな衝撃を感じると脱出ポットの中は静かになった。
「もう大丈夫だ。行くぞ」
ロイについて外に出ると、そこはロイの船にある格納庫の中であった。私達は急いでコックピットへと向かった。
私がいつものオペレーター席に座ろうとすると、何故かロイは私を抱えたまま操縦席へと向かった。そしてそのまま、私ごと安全ベルトをつけた。
「ちょっとロイ!」
「見ろ。追っ手が来たぞ」
「え?」
言われた方を見ると、画面に赤い光点が後ろから迫って来ていた。数はたったの五隻。ロイの相手にはならないだろう。それよりも問題はこの体制である。非常にまずい。主に出ちゃった場合において。
ロイはそのまま速度を上げた。私はロイにしがみついた。
これは……上方向に急速旋回する!
そう思った瞬間、思った通りに急速旋回をし、敵の方向に船の前方を向けた。側面に回り込まれた敵船はすぐに分散しようとしたが、ロイはそのうちの一瞬逃げ遅れた二隻に狙いをつけたようだ。ロイがナパーム弾を発射した。
今度は収束魔法で同時に両方を攻撃しつつ、間を通り抜けるわね。
思った通り、ロイは二隻に収束魔法を集中させるとそのままの勢いで間をすり抜けた。その直後、後方から爆発が起こった。どうしたのかしら、私。ロイの動きが何となく分かるような気がするわ。もしかして、未知なる力に目覚めてしまったのかしら?
後方から飛んできたレーザー光線を錐揉み回転で軽く回避すると、後方にミサイルを発射した。これはチャフつきの目眩まし用「閃光弾」ね。そう思った瞬間、後方で巨大な光が弾けた。それを合図に急速旋回し、再び敵船に迫った。
敵船は視覚もレーダーも一時的に使えなくなっているのだろう。後方から迫っていた二隻の敵船はさっきまで私達がいた場所に収束魔法をデタラメに撃ち続けていた。
敵船の上方に出ると、小さく映る一隻を八本の収束魔法が貫いた。
かなり距離があることが素人の私にも分かる。しかしロイはその豆粒のように視界に映る点を正確に撃ち抜いた。
……人間の業とは思えない。そんなことを考えている間にも船はグングンと敵船へと向かって行く。これはいつものコンボで落とされるわね。
予想通りに見慣れたノロノロと進む火の玉が発射された。火の玉は敵船に着弾すると、そのシールドを無効化した。その隙を逃すことなく、緑色の収束魔法が敵船を貫いた。残りはあと一隻。
「あれ? 残りの一隻は?」
「逃げたみたいだな」
「仲間を見捨てて逃げるだなんて、何てやつ!」
「報告も仕事のうちなんだろう。オーバードライブ航行に移る。急加速に備えておけ」
ドライな考えだが、それが正しいのかも知れない。私がそれを分かるようになるのはまだまだ先のことになりそうだが。
だがしかし、すぐにオーバードライブ航行に入るのは分かっていたから、心の準備はオッケーよ。
ガクン、と急激な重力が私にかかる。ロイの首にしがみついている私の体が、さらにロイに押しつけられる。それを良いことに、私はギュッとロイにしがみついた。
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