第20話 一方そのころ

 車を走らせ宇宙港に到着すると、すぐに離陸許可を申請した。相手方は俺の船が傭兵専用の格納庫に着陸しているとでも思っているのだろう。こちら側に追いかけて来た者はいなかった。

 幸いなことに俺が船を泊めている民間用の格納庫ではいくつかの宇宙船が今まさに出港しようとしていた。これに紛れ込めばそうそう見つかることはないだろう。

 それらの船に紛れて待っていると、ほどなく離陸許可が下りた。俺は離陸すると、前方をノロノロとクラゲのように漂っていた宇宙船を追い抜き、一目散に宇宙へと駆け出した。本来ならば追い越し禁止の区間である。抜き去った船を脅かしてしまったかも知れないが、こちらは命がかかっているのだ。見逃してもらいたい。

 一番の懸念事項であった「宇宙への脱出」は思った以上に上手く行った。もし無理矢理止められることになりそうだったら、宇宙港を破壊してでも脱出するつもりだった。もしそうなればお尋ね者にでもなっていたかも知れない。

 宇宙に出るとすぐにレーダーに反応があった。予想通り、俺を追いかけてきたようだ。しかし、もう遅い。俺はさらに加速すると、そのままのスピードでオーバードライブ航行へと移行した。後方から追いかけていた船はあっという間に置き去りにした。

 その後も何度か短距離のオーバードライブ航行を行い、俺がどこに行ったのか誰にも分からないようにすると、予定していた集合場所へと船の舵を取った。


「上手く逃げられたようだな」

「もちろん。アゴス宇宙ステーションに風穴を開ける手間が省けたよ」

「全く、お前なら本当にやりかねないな。王妃に私の方から確認を取ったよ。第三皇子マクシムに引き渡すという話はないそうだ」


 目の前のダナイは悪態を吐きながらも俺を見て笑っていた。

 このアゴス宇宙ステーション付近にあるマジックブースターレーンと惑星ラザハンは繋がっており、惑星ラザハンでこちらの情報が漏れたことを知ったダナイが「こんなこともあろうかと」とこの辺りの宇宙域まで来てくれていたのだ。本当に抜け目がなく、頼りになる男だ。俺は迷わす協力を頼んだ。


「やはり第三皇子マクシムが黒幕だったか」

「うむ。これで証拠は集まるな。王妃には私から連絡しておこう。あとはお姫様の回収だけだな。それで、どのプランにするつもりだ?」

「プランBにするつもりだ」


 それを聞くと、ダナイは頭を抱えた。その様子は相手方にこれから起こる不幸について謝っているかのようだった。

 すでに相手方の建物についても、雇っている人員の数も把握済みだった。見取り図や、警備員の巡回ルート、監視カメラのカバー範囲も分かっている。あとはそれらに見つからないルートを探すだけである。

 今回も最初にユイを救出したときと同じように床下の整備用スペースを利用するのが良さそうである。

 人間が快適に過ごせるように様々な便利な機械を導入すればするほど、整備の手間がかかる。規模が大きくなればそれだけ効率良く仕事を終わらせるために専用のルートが作られる。そしてそのルートを利用して潜入することは造作もなかった。

 当然それらの入り口付近には監視カメラがあるのだが、監視カメラを誤魔化すのには自信がある。システムへのハッキングには自信があった。何せ、俺は人間ではなく、人造人間なのだ。そこら辺にいる奴らよりもずっと良い頭脳を持っている。もちろん頭脳だけではない。身体能力も負けない自信があった。

 ルートが決まり、潜入方法も固まった。あとは作戦を決行するだけである。


「ダナイ、アゴス宇宙ステーションにまずは潜入したい。頼めるか?」

「もちろん。ロイを私の船に乗せて、一緒に入港すればいいんだよな?」


 そうだと返事をすると、俺の宇宙船ビスマルクを自動運転に切り替えて目的地へと移動させた。これで帰りの足は大丈夫だ。

 ダナイの船にも違法品を運び込めるように入港時の船体スキャンをくぐり抜けることができるスペースが存在していた。その中に身を隠すと、アゴス宇宙ステーション内に船が着陸するのを待った。


「ここまでくれば大丈夫だろう」


 船が静かになると、ダナイが俺が入っていた箱を開け、俺が起き上がるのを手助けしてくれた。その手には少し力がこもっている。


「ロイ、姫君を頼んだぞ」

「ああ、任せてくれ」


 ダナイと王妃の関係は良くは知らない。帝国で研究者をやっていたころに知り合ったという話だったが、どのように知り合ったのか、ダナイが王妃にどんな感情を持っているのかまでは知らなかった。この仕事が片付いたら、酒を飲みながら昔話を聞いてみるのも面白いかも知れない。だがまずは、目下の仕事を片付けなければならない。



 相手側に顔がバレていることを考慮し、特殊メイクで人相を別人に変えていた。これで俺のことがバレることはないだろう。

 まずは脱出ルートの確保だ。今回は脱出ポットを使うことにする。脱出ポットが設置されている区画に向かうと、射出する方向を確認し、それを選んだ。

 脱出ポットの救難信号を発信するシステムを破壊し、すぐに射出できるようにしておく。これで宇宙空間に射出されても、こちらの場所がすぐに相手側に知られることはないだろう。飛び出す方向はもちろんビスマルクを待機させている方向である。

 この脱出ポットがある場所まではユイを抱えて走る。車はすぐには入手できないし、盗むようなことをすれば相手方に目をつけられる恐れがある。ここは相手の腹の中なのだ。慎重を期した方がいい。

 逃走ルートはもちろん車が通ることができない裏通りを主に利用する。後ろから追いかけられたとしても、追いつくことはできないだろう。当然、自分達の向かっている方向が脱出ポットのある方角ではなく、宇宙港の方に向かうように見せかけるのも忘れない。このルートなら、俺達は宇宙港に向かったと思うことだろう。

 ルートを確認しながらユイが監禁されている建物へと急いだ。建物には当然、それなりのセキュリティーが施されているが、中に入るための許可証を偽造しておいた。この許可証は上級管理官の物を偽装しており、これさえあれば敷地内の侵入者感知用のレーダーには引っかからない。

 辺りが暗くなる。闇に紛れて逃げるには十分な暗さだ。俺は腕時計型の端末でユイのいる場所を再確認すると、行動を開始した。

 軽く塀を乗り越えると、関係者以外立ち入り禁止のエリアに忍び込み、機器メンテナンス用の通路に入り込んだ。辺りに人の気配はない。もし誰かの気配がしたとしても容赦なく片付けるつもりなので問題ない。

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