第19話 信じる心

 先ほど門の前にいた二人に連れられて、無機質な建物の中に入った。見た目と同じく内部もまるで要塞そのものだった。至る所に監視カメラがあり、ガードマンがどこまでも目を光らせているようだった。

 皇族が滞在してるのならばこのくらいの警備は普通なのかも知れない。そんなことを考えながらついて行くと、どうやら目的の部屋についたようである。立派な扉の上には応接室と書いてあった。

 中に入ると、そこにはセルガレオス帝国第三皇子マクシム・セルガレオスが待ち受けていた。こちらに気がつくとにこやかな笑顔を向けた。


「マクシムお兄様!」

「どうやら無事だったみたいだね。留学を勧めたのが自分だった手前、こんなことになって心配していたのだよ」

「お兄様のせいではありませんわ」


 こうして私は久しぶりにマクシムお兄様と顔を合わせ、手を取り合って再会を喜んだ。そのままその場で、学園であった出来事をあれこれと話しているうちに、食事の時間になったようだ。

 私は用意されていた個室に案内されると、一息ついたら食堂に来るように言われた。

 その部屋はまるで本当の監獄のようであり、一人きりになると何だか不安になってきた。ロイの言葉が頭の中をグルグルとまるで渦を巻くかのように絶え間なく回っている。

 これまではいつもロイがそばにいてくれた。同室ではなかったが、コックピットかダイニングルームのどちらかには必ずいたし、船内もそれほど広くはない。いつでもロイは探せばすぐそこにいた。しかし、今はどこを探してもいないのだ。

 冷静になってきた私は先ほどの会話を思い出した。どうもお兄様はしきりに私がドライアド宇宙ステーションをどうやって抜け出したのか、その後はどのような旅をしてきたのかを聞きたがっていたように思えてならない。それに、ここまで連れてきた人物についてのことをしきりに聞き出そうとしていた。

 私はそれらの質問に対しては答えなかった。彼に救ってもらった以上、その間の行動については守秘義務があると言った。ロイからは秘密にしておけとは一言も言われなかったが、何となく秘密にしておかなければならないような気がしていた。

 あれだけロイに言っておきながら、私はどこかでお兄様を疑っているのではないだろう。だからこそ、ロイの不利になりそうな情報を話す気になれなかったのではないのか。

 私はロイからもらった腕時計型の情報端末をしばらく見つめていた。

 食堂に行くとすでに豪華な食事が用意されていた。だが、それを見ても何故か上の空だった。


「随分と暗い顔をしているようだが、何かあったのか?」

「いいえ、別に何も……」


 脳裏にロイの顔が浮かぶ。漆黒の髪に黄金に輝く瞳。魔王のようなその独特の雰囲気はしばらくは忘れられそうになかった。ロイは今、一体何をしているのだろう。


「そんなにお前を連れてきた男のことが気になるのか? 何でもお前一人を置いて早々と立ち去ったそうじゃないか。船には私物もあったのではないのか?」


 そう言えばそうだ。道中に買ったものや、私が着た服や下着なんかもそのままロイの船の中にある。一体あれをどうするつもりなのだろう。まさか、変なことに使ったりしないわよね? 信じてるわよ、ロイ。


「お兄様、お聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

「何だい? 何でも言ってごらん」


 お兄様は何を言われるのかと興味深そうにこちらを見ている。私は心に引っかかっているモヤモヤをぶつけることにした。このまま疑いを向けていると、きっと私の心は晴れることはないだろう。


「お兄様が共和国と戦争をしようと画策しているという話は本当ですか?」

「どこからそんな話が出てきたんだい?」


 お兄様はギョッとした表情をしていたが否定はしなかった。その代わりに話の出所を聞いてきた。もしここで話の出所を話せば、その人が危険にさらされることになるだろう。それだけは回避しなければならない。


「お兄様が学業で軍事学を専攻していたり、戦術や戦略を議論したりするクラブに入っているという話を聞きました。それに昨今では兵器にも興味を持たれたようで、色々な軍事企業に足を運んでいるそうですね?」


 これは全部、ロイから聞いたことだ。ロイも別の誰かから聞いたと言っていたが、ロイよりも情報収集が得意な人物がいるとはそうそう考えられなかった。極秘情報になることが多い皇族の情報をこれだけ知っていると言うことはかなりの皇室マニアなのだろう。

 私の言葉にお兄様はやれやれ、と言いたそうに首を振った。


「賢い子は嫌いじゃないが、騒がれて計画が破綻すると困る。穏便に済まそうと思っていたが、そこまで知られているなら仕方がない。連れて行け」


 その言葉に私の後方に控えていた使用人が私の両脇に立った。私は下を向き、それに逆らうことなく従った。


「一つ聞きたい。それだけ知っていて、何故ノコノコとやって来たのだ?」

「あなたを信じていたからよ」


 震える両手を必死に抑えながら、下を向いたまま答えた。

 

「そうか。それは残念だったな。まあ、私の覇業の礎となるのだ。誇りに思うがいい」


 そのまま私は先ほどいた部屋に監禁された。

 部屋に入ったときにおかしいとは思っていた。何故なら部屋に窓がなかったからだ。最初に受けた印象が、「監獄みたい」だったのは間違いではなかったようだ。

 私は一人、唇をかんだ。これはロイを信じる心を持たなかった私の罪ね。



 ****



 まさかこちらの思惑を知られているとは、とんだ誤算だ。馬鹿ではないと思っていたが、まさかあそこまで俺の情報を集めているとは驚きだ。一体どこで入手したのか。

 だが、とんだお人好しで助かった。信じていたからという理由で火の中に飛び込むとは、とんだ世間知らずのお姫様だ。あとはお姫様を連れてきた王子様を抹殺すれば、誘拐犯はそいつだということで片付けることができるだろう。そうして混乱しているうちに共和国内でお姫様を殺せばいい。

 姫殺しの大義名分を掲げて共和国側に宣戦布告をし、そのままの勢いで勝利する。戦争で武功をあげた俺はそのまま王位継承一位に躍り出るというわけだ。


「し、失礼します!」


 ノック音に答えると、慌ただしく使用人が現れた。その表情は硬く、緊張していた。


「どうした? 捕まったか? それとも宇宙の藻屑にしたか?」

「い、いえ。オーバードライブ航行を使われて逃げられました」

「何だと!? ただの民間船ではなかったのか?」

「はい。どうやら違ったようです」

「くそ! すぐに探し出せ!」

「は、はぁ……」


 気のない返事で帰って言った。何という失態だ。そいつから情報が漏れたらどうするつもりだ。このままではまずいな。


「ハーゲン、ハーゲンはいるか?」

「はい、ただいま!」


 先ほど門の前で支払いのやり取りした人物が息を切らせながらようやくやって来た。

  

「アイツに支払った口座を凍結しろ。金を支払ってはならない」

「お言葉ですが、すでに相手口座に振り込み済みでございます」

「どういうことだ?」

「それが、相手方から即金で支払う約束になっているのを忘れたのか、と言われまして……マクシム様がどんな条件でも受けろと言われましたので、そう致しました」


 確かに言った。あそこで引き返されて無駄に時間が過ぎれば、依頼主に確認を取られる可能性がある。そうなればおしまいだ。


「そうだったな。それで、いくら支払ったのだ?」

「二千万Gでございます」

「二千万G!?」


 なんてべらぼうな額を支払っているんだ! 俺の持つ資金のほとんどが無くなってしまったではないか。何ということだ。そもそもコイツに支払いを頼んだのが行けなかった。外に出て誰かに顔を見られるとまずいと思ったのがいけなかった。

 こうなったら、何としてでも作戦を成功させなければならないな。

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