第94話 祝宴
「それじゃ、ミッション完了お疲れさん!」
「「かんぱ~い!」」
アンバーの手料理がずらりと並ぶテーブルを囲み、五つのグラスが俺の音頭に合わせて打ち鳴らされた。
轍組への襲撃から数日後。
レグナードから吐かせた情報を元に、スコピオの企みを看破した俺達は、東区の反ギルド勢力掃討にも成功していた。
その作戦終了を祝した酒宴である。
今や北区も東区も親ギルド派が上位を占める事になり、今後の治安維持に一定の期待が持てる。
双方の作戦で目覚ましい働きを見せたエルニアは、功労者として一足飛びにSランクへと認定された。
その実力と残虐さは、新聞や噂で瞬く間にアドベース中に広まり、俺に代わる処刑人として一躍名を馳せたのだ。
エルニアが発動させた邪神の加護は、俺の命令で解除できる事も確認した。
正確に言えば、空腹でスタミナが切れるまで「待て」と指示しただけだが。戦って消耗させるよりはよほど楽だ。
万事が望んだ通りに最良の結果が得られ、リビングには達成感と共に弛緩した空気が満ちている。
「……くはぁ~、うめぇ。肩の荷が降りた後の一杯は格別だな」
ワインを一息に飲み干した俺は、上機嫌にグラスを掲げて見せた。
一杯目にして既に頬がほてってきているが、今日くらいは潰れても構うものか。
「随分と嬉しそうですわね、ヴァイス様」
セレネが目聡く酌をするのに向けて、俺はにやりと笑みを返す。
「まぁな。キレたエルニアを見た奴らの面を見ただろ? どいつもこいつも愕然としてよ。今思い出しても笑えて来るぜ」
「然り、然り。まさしく勇者の行軍と呼べる戦ぶりでしたな。拙僧も身震いが止みませなんだ」
「そう言って頂けるとは、恐縮です」
俺に続くアンバーの称賛に、エルニアがふにゃりと照れ顔を晒した。
酒には弱いのか、白い顔は早くも全体が真っ赤に染まっている。
「エルニアが連中をビビらせてくれたお陰で、ようやく懸念が晴れた。これで本腰入れて探索に乗り出せるんだ。嬉しいに決まってらぁな」
俺は注がれたワインに口を付け、ふと思いつく。
「ああ、そうだエルニア。今回の昇級祝いと褒美を兼ねて、何かプレゼントしてやろう。欲しいもんがあれば言え」
隣で飲んでいるフェーレスのペースに付き合ったせいか、ふらつき始めているエルニアは歯切れが悪かった。
「ほ、欲しいもの、と急に言われましても……えーと、えーと……」
グラスをテーブルに置いて思考を始めるエルニアに、セレネが名案とばかりに弾んだ声をあげる。
「良い機会ですし、一つ抱いて頂けば宜しいのではなくて?」
「は? ……はぁ!?」
唐突な物言いに、エルニアは目を白黒させた。
「あっはっは! そりゃいーわ! あれだけ大暴れした今じゃ、怖がってもう誰も言い寄って来ないだろうしね~」
ほろ酔いのフェ-レスが追い風を吹かせる。
「フェ-レスさんまで、何をおかしな事を……!」
「そうだぞお前ら。こいつロリコンだろうが。俺にはそもそも発情しねぇだろ」
つまみに手を伸ばしながら発した俺の言葉に、フェ-レスの目が光った。
「んっふっふ。お姉さんに秘策あり」
背後に置いていた紙袋を持ち上げ、にたりと笑う。
「エルにゃんが普通の服欲しいって言うから買い物行ったんだけど、ついでにこういうのもどうかと思って選んできたのよ」
フェーレスはそう言うと、中身を取り出した瞬間姿を消した。
「──じゃ~ん! これならヴァイスきゅんにお似合いじゃない?」
声は後ろから聞こえてきた。
体に違和感を感じ見下ろすと、着ていた部屋着は剥ぎ取られ、青地に白いレースがふんだんにあしらわれたワンピースにすり変わっていた。
例の無駄な超絶技で、一瞬にして着替えさせられたらしい。
「今度は女装か!? いい加減にしろよてめぇ!!」
「いやいや、余裕でイケるって。ほら見なよ、エルにゃんはすっかりメロメロよ?」
見れば、酔いと興奮による鼻血でダウンしたエルニアを、アンバーが支えていた。
「もちろんちゃ~んとメイクもしたげるし、ウィッグも色々あるよ。完璧なレディに仕立ててあげる」
「問題はそこじゃねぇ!! どこまで人をおもちゃにしやがる!!」
「うふふ。男の娘、と言いましたかしら。こういう趣向もありですわね」
「お前はなんでもありだろうが!」
「──フェーレスさん!!」
立ち直ったエルニアが鋭く吠え、右腕を大きく振りかぶっていた。
「おう、エルニア! この馬鹿どもを止めてやれ!!」
俺の声援を受けたエルニアはテーブルを乗り越え、稲妻のような渾身の右フックを放ち──
がっし、と力強くフェーレスの右肘と交差させた。
ああ、この光景見覚えがあるな……
「なんという素晴らしい見立て! そして技の冴え! 二つの意味で惚れ惚れします!」
「んふふ、もっと褒めてもいいわよー。独り占めは許さないけど、今日は無礼講って事で。みんなで楽しもうじゃない」
「その『みんな』に俺が入ってねぇだろ!」
「あらあら、これだけの花に囲まれていて贅沢ですこと」
主張も虚しく、俺はセレネの尻尾に身を巻き取られていた。
「ヴァイスさん、ご褒美は着せ替えショーということでお願い致します」
畏まったエルニアの目は期待に潤んでいる。
くそ、酔っぱらってるせいで遠慮が飛びやがったな……!
「ああああ、もう! 好きにしやがれっ!!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「やるからには完璧に仕込むわよ。いやー、腕が鳴るわ~」
「艶やかに彩られる筋肉といのも、なかなかおつなものですわね」
「これは宴の余興にて、何もやましい事ではありませぬ……」
やけになった俺の叫びを皮切りに、野獣達の魔の手が蠢き始める。
そうして長い夜は更けていき、俺の中の何かが失われていった。
※これにて第一部として一旦完結致します。
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【悲報】転落しても追放されずに済んだが、パーティメンバーがヤベー奴ばかりだと気付いた件 スズヤ ケイ @suzuya_kei
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