第93話 けじめ
「ふぉふぉ。わしにもそれなりの情報網はあるのよ。もっとも、他所に漏らしちゃおらん。そこは安心するといい」
「そうか。まあ、話が早いのは良いこった」
進んで片膝をついたレグラスへ王印を押し付け、つつがなく儀式を終了させる。
話がこじれる事なくレグラスの忠誠を得られたのは大きい。
元から関係は良好だったとは言え、相手はマフィア。どんな拍子で裏切るか知れたものではないのだから。
俺は続けて、今回の騒動についての罪状を言い渡す。
「ではギルドの使者として沙汰を下す。轍組組長レグラス。お前には監督不行き届きの罰として、組の速やかな再編と、北区の治安強化を命じる。今後同じ事が無いよう、掟の順守を徹底させろ」
「謹んで、承った」
レグラスは腹を揺らして立ち上がり、深い一礼をもって敬意を表した。
奴ならば、瓦解した轍組も時をかけずに立て直すだろう。構成員候補は、アドベースにいくらでもいるのだ。
一掃した幹部の座にギルドの息がかかった者を据えれば、健全化も図れる。
これで北区は、実質的にギルドの支配下に入ったも同然。
想定通りに事が納まって、俺は束の間胸を撫で下ろす。
おっと、まだ一つ片付けるものがあった。
「ああ、それとな。こいつの始末も任せるぜ」
甘えん坊には、拠り所としていた父親直々に仕置をさせた方が堪えるだろう。
俺がレグナードを顎で示すと、意図を察したレグラスは背筋を正して首肯した。
「任された。きっちり締め上げてから落とし前を付けよう」
「な!? 親父、正気か!? てめぇ、ヴェリス! 今ので親父を洗脳しやがったな!!」
呆けていたレグナードが途端に騒ぎ出す。
どうやら一度場の空気が弛緩した事で、自分は死刑確定だという事を忘れているらしい。
「的外れな事を言うな。これはしっかりわしの意志だぞ」
レグラスの理知的な目に、強い意志が灯ったのが見て取れた。
「自分のガキを手にかけようってのかよ!? 助けるのが筋じゃねぇのか!!」
尚も叫ぶレグナードから目を逸らし、レグラスは床に散らばった黒服達を見回した。
「……我が子だからこそ、だ。わしの不甲斐なさと、お前の我が儘のせいで、これだけの部下を死なせてしもうた。そのけじめを、身内でつけんでどうする」
言いながら、レグラスは足元に落ちていた匕首を拾い上げた。
べっとりと血に塗れたそれを、取り出した白いハンカチで丁寧に拭うと、強く柄を握り締める。
「マジか、おい……やめろ……やめてくれ親父! 息子が可愛くねぇのかよ!?」
表情を消し、ゆっくりと歩み寄るレグラスを見て、レグナードがじたばたと暴れ出す。
しかしフェーレスによる拘束は完璧で、抜け出しようもない。
照明を反射して光る刃へ目を落とすレグラスへ、俺は別れの挨拶代わりに一言かけた。
「元はこいつのせいとは言え、損な役回りをさせちまったな」
「なぁに。血は流れたが、悪い膿も出せたと思っとるよ。お前を敵に回すよりは余程ましだとも。跡継ぎは、また作れば済む事だしの」
情より損得勘定を取る辺り、まさしく闇組織の上に立つ人間の思考である。
「そ、そんな……親父、おい、頼む、聞いてくれって……! いきなり監禁したのは謝るよ! 悪かった! でも革命が済んだら解放するつもりだったんだ! 本当だよ、なあ親父、助けてくれよぉ!!」
レグナードの必死の叫びが虚しく響く。
やがてレグラスは息子の傍らに腰をかがめると、その右手首を押さえ付けた。
「それじゃ、まずは小指から行くか。わし自ら詰めるのは久々だから、痛くしたらすまんな」
その声はあくまでも穏やかなままだ。
「や、やめてくれ……やめて……やめて下さい! お願いです! もうこんなことしません、もうしませんから……!!」
「今更言うのも遅いが……ギルドの警告に二度目は無いのだぞ」
我が子の懇願を受けても、レグラスの目に宿った冷酷な光は揺らがない。
「た、たすけ──」
「恨むなら、今までちゃんと叱らなかったわしを恨め」
その言葉の直後に、レグナードの絶叫がホールに響き渡った。
後は見るまでもない。
俺達はエルニアを回収するべく、親子に背を向けその場を離れた。
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