第8話 婚約破棄された私がこんなに幸せで良いのかしら

諦めかけた想いがまた動きだした。私は一度失った人をまた手に入れることができた。別れは突然で、気持ちが追いつかなくてオロオロしている間に、私達は手を伸ばしても掴めないぐらいの間柄になっていた。


私は公爵家の娘として生まれて、自分の役割を理解していたつもり。家のためにより良い縁を結ぶために、存在しているとわかっていた。けれど、マリユス様に会ったあとは、全て難しくなった。恋をすると、世界が色づいて、全てが鮮やかに見える。マリユス様は、男性なのに、良い香りがしていて、優しく微笑んでくれる。その笑顔を見るだけで、今まで我慢したことや嫌なことが全て許してしまえるぐらい。


私はマリユス様と結婚する筈だった。けれど蓋を開けてみると、私の婚約者はガブリエル様だった。婚約が決まると、当然ではあるが、マリユス様に会えなくなった。お手紙も何通かはいただいたものの、返事で泣きつくわけにもいかず、迷っている間に来なくなってしまった。


たまにお茶会で見かけたところで、側に行くことも叶わず、ただ気配を感じるしかできない。見てしまうと涙で見えにくくなるので、見ることを諦めた。


私は自分の心に蓋をした。たまに蓋から漏れ出た想いが涙として、出ることはあったけれど、誰にも見られないようにしたし、問題はない。ガブリエル様との間には、恋愛感情は一切芽生えなかった。ガブリエル様はそういったことに興味はない様子で、だから浮気とかの心配は一切していなかった。


学園に入ってすぐのこと、一人の女性と出会った。彼女は子爵家の令嬢だった筈。何人かの令嬢に囲まれていたが、身を潜めて様子を窺っていると、一方的に言われているのではなくて、ちゃんと言い返していた。束にならないと文句が言えない深窓の御令嬢よりも、一人で言い返す力のある女性が好きだ。だから、気がついたら声をかけていた。予想外に私が現れたことで、団体様は逃げていった。覚えてなさい、といかにもな言葉を残して。


その言葉に、残された私達は笑った。いかにも、負けました、と言っているようなセリフだ。文句は言っていたのは、言われていた子爵令嬢と同じ下位貴族の令嬢で、貴族は高位貴族も下位貴族も面倒だと思った。


彼女は気持ちの良い考え方をする方だった。私は彼女を好ましく思った。何故かと言えば、彼女は嫌がるかもしれないが、私の大好きな方に少し似ているのだ。今の彼ではなく、出会って恋をした頃の彼に。彼女とはそれから何度か顔を合わせた。少しだけ、顔を見るだけで、まるでマリユス様にお会いしているようなそんな気になった。だから、頑張ることができたのだ。


マリユス様に会えない寂しさを他の令嬢で打ち消すなんてずいぶん拗れている、とは思う。そのうち、ガブリエル様の周りに纏わり付く令嬢が現れた時、彼女の後ろにマリユス様の幻が現れた。ここにいるわけがないのに。私は幻覚が見えるようになってしまった。どうせ幻覚なのだからと、笑いかけると、切なそうな顔をして、口を動かしている。声は聞こえなかった。けれど言った言葉はわかったと思う。


「む・か・え・に・い・く」

そう仰っていたはず。幻覚でも良い。早く迎えに来て。こんなことを言うといけないとわかっている。公爵家に生まれた者として義務を果たさなければならないこともわかっている。けれど、私は……






本当に迎えに来てくれた。正直に言うと、ガブリエル様がやらかしたことも巻き込まれた御令嬢のことも、何も覚えていないのだ。勿論、最中は凄く大変だった記憶はあるのだけど、マリユス様が私の前に現れて、跪いて一緒にいてくれた頃からもう覚えていない。マリユス様が、私の目の前にいる。涙は次々と溢れて、マリユス様のお顔が見る事ができない。


今が夢なら覚めないでほしい。ずっと寝たきりでも良いから覚めないで。


私はマリユス様の腕の中に包まれた。良い香りがする。昔はこんなに大きくなかった腕の中に私の体はすっぽり収まっている。久しぶりのくちづけは、私から全ての力を奪ってしまった。マリユス様は笑っていて、私はずっと泣いていた。嬉しくて泣くこともあると、知った。


私はマリユス様とすぐに婚約した。すぐに結婚でも良かったが、外聞が悪いらしい。一応、ガブリエル様に遠慮したのだ。婚約破棄されたのだから、外聞も何も無いと思う。けれどそのおかげで、私達は幸せになれている。だから、ガブリエル様を恨んだりはしていない。


また笑って、マリユス様のお側に居られるのだから。


そう言えば、私の家の使用人がマリユス様に怒っていたが、あれは何だったのだろう。今度聞いてみよう。

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ガブリエルの婚約破棄 mios @mios

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