第三楽章

 4時間目が終わるチャイムの音に、俺はすぐに突っ伏した。ようやく終わったかという安堵の息と共に。出来るとは言っても、全て分かるとは言ってない。でも埋められるところは埋めた。黎と恋が早くも答え合わせ?をしていた。



 「本当に宿題の問題そのままだったね」


 「捻ってこないとは思わなかった。宿題してないと思って出題してきたのかな」



 後ろから聞こえてくる会話など全く頭に入ってこない。宿題は一応やっていた。中学で習った範囲。さすがの俺でも分かるところくらいある。

 明日は英語のテストと体力テストだ。体力テストは楽しみだ。俺の得意分野は体育。



 「体力テスト嫌だよ〜」


 「黎ちゃんはね」



 黎は身体能力が低いそうだ。恋は目の当たりにしている。思い出したのか苦笑を浮かべていた。戦う時どうするんだろう。

 濱野先生が戻って来てすぐにホームルームが始まり、その話を適当に聞き流した。残念ながら二日目なので部活がない。そのまま帰ることになる。そのままというか黎のお姉ちゃんの家に直行する。クラスメイトに「また明日ー」と言って学校を出た。そのとき、俺たちの目の前に黎が飛び出した。その黎の前に謎の男が現れた。察知したのか。光の盾のようなものを出現させ攻撃を止めた。



 「あなた誰だい?」


 「そう簡単に名乗るとでも?」


 「そりゃそうだよなぁ!」



 俺たちの頭上から楽しそうな声が聞こえて来た。毛先を赤に染めた黒のウルフカット。真っ赤な瞳の少年が降ってきて、男を蹴り飛ばしてしまった。それを目の当たりにしている生徒たちは呆然。俺たちも同じように呆然としている。



 「緋織ヒオリ!」


 「え?」


 「久しぶり!コトハ」



 蹴り飛ばした男を放って黎の下まで駆け寄ってきた。



 「おう、恋も久しぶり」


 「ああ、撤回するわ。もう一人いた」



 この緋織という人も真言使いだった。彼は黎の相棒で『共に奏でる者』。黎はカンタータと言っている。人というか俺たちと同い年に思える。



 「緋織は元々ハープなの」


 「・・・ハープ?」


 「うん。このことについてもお姉ちゃんの家で教えるね」



 ああ、教わることが増える。この場で俺たちの紹介もしておいた。



 「それにしても、本当にここに出てきたな」


 「え?」


 「おい、お前ら乗れ」



 またしても誰かが登場。ブルーグレーの髪を一つに束ねた綺麗な青い瞳の青年。兄貴と同い年くらいかな。いや、兄貴より年上?その人が偉そうに乗れと命令してきた。この車で緋織も乗せて来たわけか。黎が嬉々として乗ったので俺たちも渋々乗った。



 「広っ!」


 「車でかっ!」



 兄貴の車とは比べ物にならないデカさ。兄貴の耳に入ったら怒られそうなことを考えてしまった俺であった。犀も思ってるはず。我ながら送ってもらっておいて酷いなと思う。送ってもらっている間に朝あったことを話した。



 「この学校に黒い奴が出てきたのか。まじでビンゴかよ。てかアイツ報告しろよ!」



 名前聞くのを忘れていた。群青色を基調とした青年は、運転席に何らかの設備を搭載しているのかボタンを押した。



 『はいはい、今受講ちゅ「お前黒い奴出てきた時その場にいたらしいじゃねぇか」



 はははっと苦笑を浮かべてそうな小さい笑い声が。黒い奴の報告をせずに大学に行ったのか。



 『もしかして焔たちを乗せて向かってる?』


 「おう。いつ帰ってくる?」


 『この後直接塾に行くから・・・そのあとバイトだし。朝6時かな』



 なんで見てもないのに俺たちがお姉ちゃんの家に向かっていることが分かったんだ。というか遅くなるのか。妹が残念そうにしてますよ、兄貴。お兄ちゃんに会えないんだ・・・と言っている。



 「お前まだバイトやってんのか。いい加減辞めろって」


 『生活がございましてね・・・』


 「え?お兄ちゃん、総帥としての報酬は?」


 「コイツ税金で暮らすのはちょっと、とか言って断ってんだよ」


 「ええ!?」


 『国の行政機関の奴らから総帥の生活を税金で賄うのは如何なものかとか言われてんの』



 うわぁ、という顔になるのはこの場の全員。この国を守る総帥の報酬くらい払ってやってくれよ。総帥がバイトしてるとか国防機関のメンバーはどんな反応すればいいんだ。作戦会議する時に総帥はバイトに行ってます、とか言うのか?



 『あとバイトの間に時間があるから調査しようと思ってるんだけど』


 「なるほど。で、学校に出て来た時にそこにいたのは予想してたからか?」


 『様子見のために出現させるだろうなぁと。ちなみに、実体ではなく実体しているように見せるローブを被っていただけのオンブルだよ』


 「どうして急に現れたのでしょうか?」


 『ん?ああ、君が恋ちゃんか。これからも俺の可愛い妹を守ってあげてね』


 「はい。当然です」



 恋のことは黎が物凄い誉めていたんだろう。まぁ覚えるよな。



 『ありがとう。君の問いの答え。ああ、すごい言いにくいけどいい?』


 「聞いとかねぇと後で大変だろ」


 『さすが犀。そうだね。じゃあ話そう。学校に工作員がいる、以上』



 以上じゃねぇよ。全員が動揺して目を見開いた。工作員が学校に?何処のかは知らないけど。黎が狙われているのか?唯一浄化できる人だから。



 「そんなに早く特定できるものなのですか?黎ちゃんのことが相手にバレているとか?」


 「兄貴って俺と同じ学校出身だよな?そこからとか?」


 『焔にしては鋭い指摘だ。でも先生の中に俺が真言使いだって知ってる人はいない』


 「普通いるとは思わねぇよな」


 「確かにそうだね」


 『昨日言ったけど・・・おっと、一旦切る。それから帰る』


 「お、おお」



 教授に話しかけられたらしい。声がびっくりするくらい鬱陶しそうだ。苦手なのかな。お兄ちゃん帰ってくる〜と嬉しそうなのは黎。背後に花が見えるほど嬉しそう。

 少しずつ景色が変わっていく。そして車が止まった。降りてすぐに驚愕



 「し、城?」


 「え、もしかして黎ちゃんのお姉ちゃんって」


 「雪那セツナ女王じゃないよね?」


 「うん、そうだよ」


 「はぁっ!?」



 楽器職人じゃねぇ!テレビで一度も見たことはないが俺でも知ってる。二年前に女王制が認められて表舞台に出てきたとニュースで聞いた。



 「ちなみに、女王制を認めさせたのは琥珀だ」


 「いやもう報酬払うべき」

 

 

 女王制が認められたことで世界中の後継者問題がかなり前進した。王の役割は監視。王がいない間行政機関が大暴れしていたのだ。それは多くの国民が疑問や不満を持っていた。そこに切り込んで認めさせたなんて。教育や保険や労働者の問題も無法地帯だった。いや、ちゃんとしてくれよ。暴走しないように国が監視する制度が戻ってきたのだ。兄貴頑張ったな。二十歳なんだけど?



 「王室関係者は強いんだよ。それだけ」


 「それだけ強いのに給料払ってもらえねぇんだな」



 犀の一言に・・・名前を聞いてない群青色の青年と緋織が頭を抱えた。ちなみにこれは、門から城まで向かっている間の会話である。ようやく辿り着き、王がいると言う部屋ではなく本棚だらけの部屋に案内された。そこに、後ろ姿からして美しい氷のような青を基調とした女性がいた。俺たちに気付いたようで振り向いた。その女性こそ我が国の女王、雪那王。息を呑むほど美しい。可愛いと美しいを兼ね備えた黎も天使のようだが、雪那女王は女神のような成熟された美しさ。



 「はじめまして、冴木恋と申します。え、えっとテノーリディアのシルバーで風の真言使いで」


 「ああ。黎から君のことはよく聴いているよ。それから琥珀からも高い評価を受けているうえ、わたしも成長を期待している」


 「は、はい!」


 「えっと僕は金桐光紀と申します。金の真言使いです」


 「恐怖しながらも武器を構える心の強さ。期待しているよ」


 「はい。ありがとうございます」



 なんで昨日のことを既に知っているのか。多分兄貴だな。いや、黎からか。



 「俺は水本犀と言います。水に選ばれた真言使いになりました。よろしくお願いします」


 「選ばれた、か。人のように言うとは。面白いな。楽しい戦い方を展開してくれそうだ。期待しているよ」


 「俺は剣崎焔です。火の龍みたいな奴に呼ばれました。よろしくお願いします」


 「へぇ・・・火の龍」


 「ああ、俺は蛇だった」


 「僕は鎧を纏ったライオンだったよ」


 「そういえばわたしも鳳凰に話しかけられたわね。あれ以来見ていないわ」



 ベテラン勢と思われる黎や雪那女王が驚いたような顔で俺たちを見ていた。見えたらすごいのだろうか。



 「琥珀が大喜びのスペリオル候補が来たな」


 「ああ。ラプソディア専用の騎士にしてその属性の最高位の存在」


 「なんか凄そう」



 ふと、光紀がキョロキョロしていた。



 「あの、ここはプライベートルーム・・・なのですか?」


 「いや。ここは琥珀専用の書斎」


 「確かにちょっとこじんまり」


 「まさか。総帥の書斎がこんなもんなわけねぇ。外見てみろ」


 「え?・・・えっと」



 中庭と思われる場所のど真ん中に巨大過ぎる屋敷のようなものが。あれ全てが書斎とのこと。書斎とは?図書館になっているらしく、あそこに山程本があり、兄貴が休日引き篭もる場所。あそこで寝泊まりする。うちは両親がいない。何故かということは俺が高校生になったら話してくれると言っていた。そうだ言っていた。よし、あとで聞く。それはそうと、早く帰ってこいと言う親はいないがこれまで俺は兄貴により門限を決められていた。学校帰りに寄り道するのは絶対にやめろと。20時には帰って来いと。帰ってこなかった場合は迎えに来てくれると言う過保護具合。黎にはじめて会った時は偶然迎えに来てくれなかったな。何をしていたんだろう。過保護にしてくれていたのは、あの謎の男やオンブルみたいなやつがウジャウジャいるからだったのか。

 


 「とりあえず自己紹介だな。俺は雷切灯夜カミキリトウヤ。雷のスペリオル。アポストロの第三位。ランクはオラトリアのゴールドだ」


 「オラトリア?」


 「アポストロ?」


 「全光側の真言使いのうち数えるほどしかいないランクがオラトリア。そのシルバー以上は今のところ十人。アポストロは、オラトリアのみが所属する協会の大幹部。協会に関してはそろそろ切ろうと思っている」



 兄貴も含め雪那女王や灯夜さんや緋織も頭を抱えており、グレーを通り越して真っ黒な組織。見限ってしまおうと画策しているそうだ。いちいち何かあった時に報告するのが面倒くさいし、お前らも何かしろよと言いたいのを懸命に堪えているとのことだ。いるのはもはや見張りのためと思わなくてはやっていられない。そんなに黒いのか。

 そうしていると



 「ただ今帰りました〜」



 部屋の主のはずなのに静かにこれまた控えめに挨拶をして入ってきた。



 「兄貴」


 「おぉ、お揃いのようで」


 「おかえり。今灯夜の紹介が終わったところだ」



 では次俺ですね、と言ってテーブルにどこかのスイーツ店の袋を置いて振り返った。



 「なんなの、この空間の顔面偏差値」


 「焔のお兄さん・・・じょせ「あああぁっ!」



 俺どころか灯夜さんまで止めに入った。それは禁句だと言ったはずだが。女性と見間違えるほど美人だとこれまで散々言われてきた兄貴。ふわふわとウェーブした綺麗な髪とかも相まってそう見えるのも・・・弟である俺には分からないのだが、そう見えるらしい。



 「・・・まぁいいや。俺の紹介か」



 何故かある冷蔵庫に向かい



 「何か飲む?」



 総帥からとは思えない一言にその場のほとんどがズッコケそうになった。



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雨音ラプソディア 月影砂門 @yuna0605

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