第二楽章
入学して黎と再会し、その日に俺たちは真言使いとして覚醒。色々あったからなのか、ただ俺が怠惰なのか。二日目にしてまさかの寝坊。いや、濃い一日だったといえば犀や光紀も同じなんだが。
俺を起こしてくれたのは、俺の兄貴。爆睡して起きない俺にクッションをぶつけてきた。
「おい、焔」
「兄貴!送ってくれねぇ!?」
「・・・ああ。大学行くしついでに送るよ」
「ありがとう!」
「はいはい。顔洗ってさっさと着替えろ。俺まで遅れる」
兄貴にそう言われて急いで身支度をした。車内で兄貴が足りるとは思えないけどと言っておにぎりをくれた。喉詰めるから早食いは止めろとすぐに苦笑しながら嗜められた。今すぐ兄貴に昨日あったことを話したい。
「なぁ焔」
「なんだ?」
まさかバレたのか?そんなわけなかった
「二日目ってことはテストあるよな?」
「・・・あああぁっ!!」
車内に大音声が。兄貴に顔を顰められた。俺もきっと同じ反応をする。
「そんなに重要なやつじゃないけどね。ただちゃんと宿題やりましたよね?ってだけの確認テスト。テスト前に解答を読めばいい。答えは大体そのままだから」
俺はポカンとする。兄貴が愉快そうに微笑んでいる。テストの内容を当てる気なのかな。兄貴曰く確認テストだけでなく、大体のテストは解答を読めばどうにでもなる。解答を暗記すれば満点が取れるとまでいう。
「あ、そのままっていうのは答えじゃなくて公式なんだけどねぇ」
今解答集を取り出して読もうとした俺を揶揄ってないか?
「公式を覚えればいいんだよ。大体それに当てはめればいい。簡単簡単」
・・・簡単なのか?
そうしてしばらくして、まぁ五分程度なんだけども。兄貴のおかげで遅刻は免れた。
「じゃあ兄貴ありがとう。行ってきます」
「ああ。いってらっしゃーい」
校庭を駆け抜け、階段を駆け上がり、ものすごい勢いで扉を開け教室をすり抜けるように入り何事もなかったかのように座った。
「セーフ」
・・・あれ、兄貴俺の手の甲見てなかったか?
「焔、おはよう!」
「何とか間に合ったぜ」
「よく間に合ったね」
「兄貴が送ってくれたんだ」
いうのはあまりにも遅いが、兄貴は大学二年生の法学部で冤罪専門の弁護士を目指しているという。なぜか冤罪専門。ハイパーサイメシア(超記憶症候群)という特殊能力者だ。生まれてから今日までの全ての記憶がある。まぁ詳しくは兄貴から。
「そういや黎、このタトゥーみたいなやつって一般人に見えるのか?」
「見えないよ。え?見える人なの?」
「昔から目が良いって言ってたけどな・・・霊感がとか何とか」
「ねぇ、焔くんのお兄ちゃんって名前は?」
「琥珀」
黎が急に立ち上がった。叫ぶのは何とか抑え込んだ。そんなに驚くか?確かに珍しい名前かもしれないけど
「焔くんのお兄ちゃんってお兄ちゃんだったんだ!!」
ものすっごい嬉しそうな表情になり、教室が一瞬で花畑になったかのような錯覚に陥る。癒されるしかない。
「ん?え?黎のお兄ちゃんって・・・兄貴?」
「琥珀兄ちゃんが総帥?」
聞いたこともない。まぁ普通に考えて言わないと思う。確かに頭はいいし、記憶力は常人を通り越している。
「でもお兄ちゃんなら既に知っていそうなのだけど」
「知った上で黙っていたんじゃない?」
「仲間が増えたら喜ばねぇか?」
「弟と幼馴染が戦いに巻き込まれるって訳だから。歓迎してくれてないとか?」
俺も複雑かもしれない。仲間が増えることで戦力が上がることは嬉しいが、それが家族や昔から仲良くしている幼馴染となると複雑な心境になる。しかも総帥だから慎重になるだろう。
「とにかく、改めてお兄ちゃんの別の面を紹介しないと」
そうだ。総帥にして超強い真言使いだと言っていたな。兄貴って戦っても大丈夫なんだろうか。まぁそれは兄貴のみぞ知る?
「で、今日テストなんだよな?」
「うん。そんなに重要じゃないテストだね」
俺たちがガヤガヤと雑談しているとクラス内がざわつきだした。全員の注目は外。校庭だ。そこに黒い何かがいた。全員に見えているというのか?
「昨日言い忘れていたけれど、君たちが昨日見たものはオンブルという亡者。殺害された際に生まれた負のエネルギーから生まれたとお兄ちゃんが言ってた」
幽霊みたいなやつ。素質のある者しか見えないというオンブル。つまり、あの校庭にいる何かはオンブルではないということか。では人間?
「実体のある個体が現れ始めているとは聞いていたけど、まさかあんなにくっきりしているなんて」
「うん。それに、クラスのみんなにも見えてる。行くよ、恋ちゃ・・・」
黎が校庭を見下ろした時には黒いローブのみが残されその何かは消えていた。黎の力がなければ浄化はできない。本当にオンブルではなかったのか。校門の方に目を向ける。
「兄貴?」
向けた先、厳密にいえば桜の太い木の枝に大学に行ったはずの兄貴の姿。見下ろしている形のため確かめにくいが、髪型が特徴的なため特定できた。まず、15年も同じ屋根の下で暮らしている兄。見間違えるわけが無いのだ。その兄貴が持っているのはまさかのライフル。そのライフルがふと消えた。あのライフルでさっきの奴を撃ったのか。何事かと校庭に教師が現れてローブを拾う。そのローブを完全に拾い上げる前に隣にいる黎が浄化した。もう一度木に目を向けた頃には兄貴はいなかった。車に戻ったらしく、白い車が校門前を走って行った。やっと向かったのか。
「学校にまで出るなんて・・・」
「異常事態なのか?」
「うん。どうして急に。今日お姉ちゃんのお家に行こう」
お姉ちゃんは、黎曰く楽器職人さんでこれまでの楽器の多くはその人が作成したという。作ったのはハープやバイオリンなどの弦楽器。流石にピアノまでは無理だった。そこはピアノ作り?の専門家に頼んだとのこと。まずピアノは戦いで使うものではないはずだ。そのお姉ちゃんのところに行けば兄貴やその相棒がいるとのこと。今日は講義があるうえ、塾に行くから夜遅くになる。少なくとも午後10時ごろ。
「お兄ちゃんはなかなか会えないのだよ・・・」
俺たちは日中は学校にいて、兄貴は塾だけでなくバイトまでやっているため毎日のように会えるわけが無い。会えても夜中になりかねない。
「あ、でも兄貴今日1コマだって言ってたな」
「じゃあ会えるかな」
嬉しそうだ。我が兄ながら面倒見が良いし優しいから懐かれるのも分かる。
「ねぇ、あの木の上にいた人がお兄さんなの?」
「え、そうだけど」
「女性かと思った・・・」
俺と犀はすぐさま光紀に警告した。兄貴の前でその言葉を口に出すなと。俺たちに気圧されたように苦笑を浮かべながら頷いた。
「ほらお前たち、すぐに席につけ」
ずっと窓のそばにいた生徒を担任の濱野が呼びかけ座らせた。ローブは処分したとのこと。処分?警察に提出したりしないのか。不審者がいたわけだし。
「さて、これからテストを始める。一時間目は国語だ」
国語。俺は、答えはそこにあると言う黎の言葉を信じ、配られた薄い冊子みたいになった紙をめくったのだった。
俺にとっては地獄のテストタイムがこれから4時間襲う。鬱々としながらもできるところを埋めて行った。
────
一方、焔を送り届けた琥珀は。焔にはついでにと言ったが講義の時間は午前10時30分。現在9時前。まだ時間はある。常連であるカフェの店員に愛想良く挨拶しつつ個室に向かった。そうしてしばらくすればいつも飲むコーヒーが運ばれる。学生カバンから薄いタブレットを取り出した。見た目はかなり薄いノートパソコンのような形。セットを完了すると、骨伝導のワイヤレスイヤホンをした。決して総帥然としたことをするわけではない。今日受講する内容の予習である。学生の本分を熟すだけの行為。学生であればこれが正解。
・・・本当に焔と犀が守聖になるとはね
タブレットもとい、電子教科書を見ながら、手元のノートには全く別のことを書いていた。出会ってしまったと聞き、候補者として彼らが提示された時は頭を抱えた。
・・・絶対即決だわ、アイツら
予想は的中。本当に即決だったのだ。焔の兄であり犀の幼馴染である彼は、二人の性格など知り尽くしている。受け入れるに決まっている。お人好しで友人思いで情熱的。少し短絡的で直情型の焔。少し冷静な部分があるもののマイペースな犀。
・・・犀はともかく、焔は真言使えるようになるの遅そうだな
分析力があるわけではなく本当に考えずにまず行動であるため、理解したうえで使わなければ危険な真言であっても無理矢理使いそうな予感がしている。まず無理やりでは使えないのだが。使おうとしてガス欠になって使いものにならないということもあり得る。しかも理解したうえで扱わなければ危険な火の真言使い。
・・・しばらく真言を使わせないのが得策か
初めの頃から使うことはできないが、光紀という理解力がありそうな彼は早く目覚めると思われる。次いで犀。彼は自由過ぎて、もはやベテラン勢でも理解できない使い方をしそう。面白そうなのでそれは有りだ。焔は、特訓あるのみ。今回校庭に現れたことで黎は焦っているであろうとは思った。しかし琥珀から言わせればそこまで焦らなくても良い。使い始めの頃に焦りはタブー。急がば回れ。特訓して特訓して時に実践してを繰り返して徐々に戦力となってくれればいい。恋に関しては文句なしの実力者になってくれた。成長も著しく、さらなる戦力向上に貢献してくれることだろう。頼もしいを地で行く少女。一目を置いている。それから黎の親友にして相棒は帰ってきて早々に寝た、と自身の相棒から報告を受けた。最近出現が多くなってきて西に派遣していたのだ。
・・・たぶん黎ちゃん、俺のことバラしてるだろうな。サプライズにしたかったけど
焔に言わなかったのは考えあってのことではない。驚く焔や犀の顔が見たかっただけ。ただのいたずら心でしかない。お兄ちゃんのことだし意味があってのことなんだろうと思っていると思われる
意識を教科書に戻し、コーヒーを飲んで気を取り直す。今度はしっかり勉強用のノートに書き始めた。
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