通学路の声

@Kyaranan

声のする一本道

 私は中学生の頃、吹奏楽部に所属していていました。吹奏楽部では部長を務め、チューバと言う金管楽器を吹いていました。よく吹奏楽部は文化部では無く運動部とおっしゃられる方がいます。


 全く持ってその通りで、毎年コンクールは銀賞止まりの弱小であった私の部も朝の7時半から発声練習、腹筋と背筋を20回3セット、グラウンドを3周してから楽器の基礎練習と言う運動部顔負けのメニューをしておりました。


 私の家から中学校までは約1.5キロくらいの距離がありがあり、自転車通学を許可されていました。私は毎日7時に家を出て通学路を通って学校へ向かいます。その通学路の途中に何と言うか鬱蒼とした雑木林があります。


 その雑木林の中に舗装されていない一本道があり、一本道を抜けた先に工業団地に隣接する住宅街が広がっています。私の通う中学校はその住宅街を抜けた先にありますので雑木林を抜けた方が学校には早く着きます。


 ただ、その一本道は昼間でも太陽の光りなんかが全く差し込まずいつ通ってもいつ見ても薄暗くて不気味でした。ですから何となくその通りを避けて迂回路である農業用水路が通っている道を通学路にしていました。


 ただその日は前日に大好きな深夜アニメをリアルタイムで見てしまい、寝不足で6時にセットしてある目覚まし時計を無視してぎりぎり朝練に間に合うか間に合わないかの時間に起きてしまいました。


「ちょっと、何で起こしてくれなかったの!!!」

「起こしたよ、何度も。お前が起きなかったんじゃないの。」


 そう母に言われ、私は急いで中学校の制服に着替えました。私の通っている中学校では登校時制服着用が義務付けられていたので必ず制服を着なければなりません。


 そして吹奏楽部の朝練ではがっつり運動をするので体操着に着替える手間があります。その為いつもはもっと余裕のある時間帯に家を出るのです。


 制服は紺色のスカートとベスト、ブレザーにえんじ色のリボンと言ったどこにでもある地方の中学のぱっとしない制服です。私は必殺猫まんまで朝ごはんを流し込み、急いで自転車に乗って学校へ急ぎました。


 いつも通っている農業用水路の方の道を使って学校へ行くと約20分ほどかかります。ですが例の雑木林の一本道を使うと約15分くらいで学校に着く事が出来るのです。普段は薄気味悪くて通らない道でしたがその時は朝練に間に合う方が大切でした。


 私は意を決してその雑木林の一本道を自転車で通りました。案の定、まだ7時台だというのに林の中は薄暗く、どことなくひんやりした風が吹いていました。それでも数百メートル我慢をすれば抜けられる道です。


 からからと音を立てて私は自転車を漕ぎました。あと数メートルでその道を抜けると行った瞬間でした。ざぁっと冷たい風が吹いたかと思うといきなり体感温度が2度くらい下がったように思いました。


 確かに春くらいの季節だったので朝晩は冷え込みます。ただその時の寒さは、気温的な寒さとは言いにくいものだったように感じました。私は自転車を止め、何となく周囲を見渡しました。


 辺りには松や竹といった木々が今にも私に襲いかかりそうな勢いで生い茂っています。私は早く抜けてしまおうと再び自転車のペダルに足をかけました。その時です。か細い声が聞こえてきました。


「―――ちゃん、マミちゃん。」


 その声は小さい女の子のような声でした。最初、何を言っているのか分かりませんでしたがよく耳を欹てて注意深く声を聞いているとその声は私の名前を呼んでいることに気が付きました。


 私は最初、同じ部活の友人が私に声をかけているのだと思いました。しかし、それではつじつまが合わないのです。雑木林よりも下に住んでいる友人であれば私と同じように自転車通学です。


 ともすれば私に近付いた時に自転車を漕ぐからからとした音が聞こえる筈なのです。でもそんな音は一切しませんでした。むしろその声はいきなり私の背後から、本当に突然聞えて来たのです。


 友人じゃないとしたら一体誰が私を呼ぶのだろう。少なくとも私の名前は家族と親族、それから中学校で顔見知りの先生と部活の顧問、友人くらいしか知らない筈です。幸いにして親戚は若干遠方に住んでいますので一本道にいる筈が有りません。


 そもそも私が一本道を通っていた時間帯は朝の7時台です。それなりに早い時間帯で、普通の人なら朝ごはんを食べたり歯を磨いている時間だと思います。そんな時間に一体誰が一本道を通っている私に声をかけるのでしょうか。


 そう考えた瞬間、私は背中に汗がどっと噴き出るのを感じました。私は急いで自転車のペダルをこぎ学校へ行こうとしました。その時もやはりか細い声は私の名前を絶えず呼んでいるのです。


 自転車を急いで漕いでいると目の端に何か白くてひらひらしたものが映り込みました。よく青春物の映画などで女性を自転車の荷台に乗せ男性が漕いでいるみたいなワンシーンを見たことがあると思います。


 その時に女性のスカートが自転車の巻き起こす風に揺られてゆらゆらと靡いている。私の目の端に移った白いものもそんな感じで、恐らく白いロングスカートかワンピースだと思われました。


(振り返ったら絶対にがいる。気付いていないフリをしよう……!)


 そう私は心に決め、一心不乱に自転車を漕ぎました。多分、あの時私は自分史上最速で学校についたと思います。かなりの倦怠感が私を襲いましたが、取りあえず息を整えて意を決して自転車の荷台を見ました。


 幸いにしてそこにはなにもいなかったのでほっと胸を撫で下ろしました。その日も元気に部活動をして夜練が終わり、友達と二人でしゃべりながら帰宅していました。友達はあの雑木林の上の住宅街に住んでいる友人です。


 彼女はトロンボーンをやっていてアニメ好きな私と話が合うのでよく一緒に帰っていました。そこで私は今日起きた出来事を彼女に打ち明けて見ました。すると彼女は驚いた様に私を見てこう言いました。


「え?本当に女の子に呼ばれたん?」

「そうなんよ。あのめっちゃ暗い一本道あるやん?今日そこ通ったらいきなり。最初、みさちゃんが声掛けたと思ったんだけどみさちゃんの声じゃなかったと思う。」

「そっか……じゃぁ、マミちゃんも見ちゃったんだ。」

「え……見たって何なの?カノちゃんなんか知ってるの?」


 すると友人は声を潜めて私に言いました。


「あそこね、女の子に声掛けられたり追いかけられたりした人が割といるんだよね。有名な心霊スポットみたいな?」


 そう友人はあの雑木林の噂を私に教えてくれました。確かにあの雑木林は不気味で幽霊とかが出そうな雰囲気を醸し出しているのです。でも私はあの雑木林が心霊スポットだという事を初めて聞いたので、友人に食い下がるように言いました。


「心霊スポット?初めて聞いたんだけど。」

「何かねー、この辺りのお年寄りの間では有名な話らしいよ。」


 友人はそう言いました。そこで私は友人に詳しく心霊スポットの話を聞いてみることにしました。


「確か……白い服を着た女の子で。」


 合っています。私の自転車の後ろに乗っていた正体不明のものも白い服を着ていました。そして声から察するに女の子です。声から年齢までは分かりませんが。


「なぜか名前を呼んでくる…中には後ろをつけたりする時もあるらしい……くらいかな?どう?」


 友人は目をキラキラさせて私に聞いて来ましたが私はそれ所ではありませんでした。私が今朝出会った得体の知れない何者かは雑木林に出る幽霊の特徴と完璧に一致しておりました。


「どうしたの……?真っ青じゃん……え、まさかマジなん?マジでこの幽霊に会ったの?」

「……きょ、今日はもう帰るわ。」

「うん、またね。」


 私は何だか冷たいものを感じてさっと自転車に乗り家に急いで帰ります。友人と別れた後、あの一本道がある雑木林を避けいつものように農業用水路の道を通って家に帰ります。


 家に到着すると農作業を行っている作業小屋に自転車を止めるスペースがあるのでそこに乱暴に自転車を止めました。そしてかなり急いで玄関のカギを開けて家の中に入りました。


 丁度家では父方の祖父母が来ていて一緒に夕飯を食べようというところでした。父方の祖父母は同じ県に住んでいて親戚の中ではわりと会いやすい方々です。噂好きな祖母と寡黙な祖父と言った取り合わせでおしどり夫婦なのです。


「おばあちゃん来てたんだ……。」

「どうしたの、マミ。そんなに慌てて……あれ、顔真っ青。」


 私を見て驚いた様に祖母が言いました。私の顔色はかなり悪かったのでしょう。実際、友人から雑木林にまつわる幽霊の話を聞いてから内側では恐怖が澱のように溜まっています。


「あ、あのさ……。」

「ちょっとマミ、手洗いさない。」

「ごめん……。」


 母は看護師で公衆衛生にうるさかったので私は母の言葉に従い洗面台に行き手洗いとうがいをしてからリビングへと向かいました。そこで改めて今日自分の身に起きた事を祖父母と両親に話しました。


「え……あの場所で?」


 私の話を聞いて真っ先に祖母が声を出しました。やはり噂好きの祖母です。きっと何かを知っているに違いありません。


「あの場所って?お義母さん何か知ってるんですか?」

「あぁ……ワカナさんは知らなくて当然よね。ヒデノリは知ってるでしょ?」


 祖母は父に向かって聞きました。父は少し顔色を悪くして徐に口を開き始めました。父の表情から私はかなり言いにくい事柄だという事は理解しました。


「あの雑木林がある所は元々、墓地があったんだ。」

「墓地?」

「そう。お前の行ってる中学校の前に前原工業団地ってあるだろ?」

「うん。」

「あの工業団地に勤める住民専用の住宅街を墓地を移転させて作ろうって計画があってな……それで墓地を移動させて土地を作ろうとしたんだ。ほら、学校の周りにあるあの住宅街がそうだよ。」


 父に言われてあの工業団地と住宅街の成り立ちを私は知る事が出来ました。


「だけど……その、墓地を移転する時にかなり雑に移転作業を行ったらしい。」

「雑に?」

「そう供養も何も上げないで適当に骨を掘り返して墓地候補に持って行くみたいな。そこでミスが起こったんだ。」


 父は一呼吸置いてからさらに話を進めました。


「掘り返した墓と移転先の墓地の数が合わなかったんだ。」

「え……?それってつまり……。」

「漏れがあったんだよ。そしてそれに気付かないまま土地をならしたんだ。」

「ほんとに?」


 私は父の話が信じられずに聞き返しましたが、どうやら母以外の人はその事を知っているようで黙っていました。


 あの雑木林が以前、墓地だったと言うのはこの辺に住んでいる人間からしたらかなり有名な話らしいのです。


「あの雑木林がちょうど墓地があった場所なの?」

「そうだな……特にあの場所は適当に処理された区域だったから。だから工事の最中、工事車両の暴走とか色んな事が起きたんだと思う。」


 そう父は私に言って聞かせてくれました。つまり今朝方、部活の朝練に行く最中に私に声をかけ、自転車の荷台についてきた何者かは乱暴に暴かれた墓に眠っていた誰かだと思われます。


「お前、女の子を見たんだよな……だとしたらやっぱり墓地の霊だよ。」

「え?何で……。」

「お父さんの同級生にオオサワさんって人がいるんだけど。」

「オオサワ、さん。」

「彼女、自殺してるんだよ。お前と同じ年位の時に。彼女の墓もあの時の開発工事でめちゃくちゃにされたし……丁度、あの雑木林あたりに。あの子のお墓……。」


 そこまで聞くと流石に私は気分が悪くなりました。もしかすると私に一本道で声をかけ、自転車の後ろに座っていた何者かは父の同級生だったと言われるオオサワさんなのかもしれません。


 自殺した彼女は供養されているお墓を壊され、寄る辺なく現世を未だに彷徨っているのでしょうか。もしかしたらあそこで声をかけるのは自分のお墓の位置を聞こうとしているのかもしれません。


 しかし今となっては謎のままです。あの雑木林は私が中学を卒業した後に大型道路の建設計画が持ち上がり、取り壊されてしまいました。今では雑木林があった所に大きな道があります。


 その道を通る度に中学生の時に体験したことがありありと甦ります。雑木林があった場所に建設された道路では時々変な噂を聞くことがあります。


 運転中に声をかけられたとか、道に設置されているサイクリングロードを通ったら女の子が後ろにいたとか。そんな奇妙な噂を時々耳にします。


 あの道は未だに私が卒業した中学校の通学路に指定されていて、もしも知らずに通ったら今もなお、自分のお墓を探しているオオサワさんの霊に声をかけられるかもしれません。

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