epilogue
「……」
「『これはあくまで私の勝手な意見だけど……』
……ええ、そうですね。おいらも同じ意見ですぜ」
「その…… そうだよね。いつも一緒にいた誰かが亡くなるのは本当に悲しいことだよね。でも……」
「お前が見たのは、そいつが✕✕✕を殺してる最中だったのか? そうじゃねえだろ?」
「他の物語の主人公を殺害すれば、自分の物語も影響を被る可能性がある。
なのに、わざわざ殺す奴がいるか?」
「確かに、あたし達もあの人とちゃんとお話したことないよ。でも……」
「まあ、あたし達なら、どんなに嫌な人でも殺しはしないかな。
殺したらあたし達が悪いことにもなっちゃうしさ、ヒヒヒッ!
ねえ、一回あの子とちゃんとお話してみたら?」
そうです。
確かに色々な人達にそう言ってもらったのです。
みんな✕✕✕を失ったかぐや
「……本当に申し訳ないことを」
あの後そこら中を駆けずり回って見つけた笛吹きの左腕は、どこかにぶつけまくったのか傷だらけになっていました。
しかも何箇所も折れて、変な方向に曲がっていました。
「本当なのだゾ! これでも縛っておけばまたくっついて治るとはいえ、許さないのだゾ! ンフフフフフ!」
そんなことを言っていたので、許してくれたのだとかぐや姫には分かりました。
「……われが冷静に考えていれば、おぬしを勘違いで十年間も追い回すことはなかったものを」
左腕を断面に包帯で丁寧に結びつけながら発されたかぐや姫の呟きを、笛吹きは黙って聞いていました。
「おぬしとて、
「……『そのまっ赤にやけたくつをはかせて、たおれて死ぬまでおどらせました』?」
「殺したなどと大嘘をついて、自分も似たような目に合わされるとは思わなかったのか?」
「ンーン、ワガハイ強いから大丈夫だと思ったのだゾ! ンフフフフフ!」
その返答を聞き、本当の犯人達を庇うために酷い目に合う覚悟をしていたのだと分かりました。
かぐや姫はこっそり、出血しない程度に下唇を噛み締めました。
さっきの口の中の血の味は、もうなくなっていました。
「ンーン、それでその……」
「案ずるな。あのハッピーエンドの物語の連中を殺しには行かぬ。
憎くてたまらんが、おぬしが命がけで守ってきた連中じゃ。それをわざわざ殺めはせん。
……次にセンサーが出現した際は、われは進んで助けには行かぬがの」
「……ン、そう」
そうこうしているうちに、かぐや姫は無事に包帯を結び終わりました。
「われ、少々センサー退治は休もうと思う。
何、引退するわけではない。
思い返してみたら、✕✕✕が亡くなってから恨んでばかりで…… あやつの死を、きちんと悲しめていなかった気がするのじゃ。
しばらくは、きちんと悲しみたい。
それと、分かっていると思うが。
おぬしももう、自身の物語にこもり続けなくて良い。堂々とライブラリにいても良いのじゃ。
おぬしの敵は、もうおらん」
「ンフフフフフ。でも、まだ怖いからもうしばらく引きこもるのだゾ」
「そうじゃの。今までわれのせいで行きたくとも行けなかった場所に思う存分行くと良い」
2人はチャプターにはなりません。
かぐや姫のチャプターのメンバーは後にも先にも✕✕✕だけですし、笛吹きも今更誰かとそこまで親しくする自信がありません。
けれど、チャプターにはならずとも。
前とはちゃんと何かが違うのです。
もしまたどこかで会っても、今度は普通に会話できる間柄になれているかもしれないのです。
「しかし、
無事に全部元に戻ったとはいえ、われが勘違いなどせず真面目にさっさとセンサー退治をしていれば、もっと少ない被害で済んだものを…… 申し訳ないの……」
かぐや姫が笛吹きに背を向け、森を見渡してため息をついていたら。
不意に、耳元で何かの単語を囁かれました。
一瞬その意味が分からなくて戸惑いました。
けれど、すぐにそれが人の名前だと。
かぐや姫が十年間知りたかった人の本名だと、分かりました。
「ン、ワガハイもう帰るのだゾ。
その前にほんのちょっとだけ散歩でもしていくのだゾ。
この物語、お幸せに。ンフフフフフ!」
かぐや姫に背を向け、歩き出した笛吹き。
けれど、まだ左腕が痛くて、体のバランスに違和感があり、しばらく行ったところでつまずいて転びそうになりました。
「気をつけろ」
即座にかぐや姫が助け起こしてくれました。
「……ありがとうなのだゾ」
あの大げさなUの口形で。
口だけでなく、顔中で笑って。
笛吹きは自分の物語に転移しました。
笛吹きを見送って。かぐや姫は
三日月環は、裏切ってなどいませんでした。
ずっとずっと、かぐや姫が間違いを犯さないようにしてくれていたのです。
「ありがとうな」
軽くぽんと叩いたら、三日月環は初めて見せる色に…… 綺麗な金色に輝きました。
「お幸せに」
その言葉を最後に、かぐや姫も自分の物語に帰りました。
恨むのは悪いことではありません。
酷いことをされたら、恨みを抱くのは当たり前のことなのです。
恨んでいいんです。
恨み続ければ、悪い奴は悪いことを辞めるかもしれません。
怯えて、どこか遠くに逃げていくかもしれません。
その様子を見て、他の人達も悪いことはしないようにしようと思えるかもしれません。
恨みが物事をいい方向に変えることもあるのです。
何より、恨みも生まれつき自分の中にある感情なのですから、そこまで嫌って、抑え込もうとしなくていいんです。
我慢せず恨むことで、苦しい気持ちを消せるかもしれません。
でも。
自分の中にあるものが、恨みだけではないことも、忘れないでください。
もしも忘れてしまったら、大切な何かを見落としてしまうかもしれませんから。
自分自身も、かえって辛くなってしまうかもしれませんから。
「今まで、このように思ったことは無かったが……」
かぐや姫は自分の部屋の畳に大の字で寝転がっていました。
薄暗い天井を眺めながら、小声でポツリと呟きます。
「あの笛の音…… 例えようもないほど、美しき音色じゃったのう……」
ただ一人その呟きを聞き、その表情を見ていた三日月環は、刀掛けに掛けられたまま、かたりと小さく揺れました。
笛吹きが自分の物語に戻ってきたら、もう夜でした。
さあ、早くいつもの場所に戻ろう…… と岩をどかそうとしたところで、ふと気が付きました。
ズボンの左ポケットが膨らんでいます。
右手で中身を取り出してみたら、手のひらサイズの小さい巻物でした。
開いてみると、どうやら中身は笛吹きに宛てた手紙のようでした。
「……」
そんなに長くない文章でしたが、何しろ夜で暗かったもので。
たとえその場に他の誰かがいたとしても。
その内容も、それを読んだ笛吹きの表情も、笛吹き以外の誰にも分からなかったでしょう。
ただ、手紙の最初に、さっき笛吹きがかぐや姫の耳元で囁いた名前が書いてあることだけは、月の明かりのおかげで読み取れました。
「……」
笛吹きは夜空を見上げました。
遠い遠い、遥か向こうに。
ビー玉くらいの大きさの、小さな丸い銀色が見えます。
満月です。
笛吹きは、金色の瞳の中に、銀色の球体を映したまま、洞窟の岩の前でしばし一人、立ち尽くしていました。
バッド・エンド・プロタゴニスト PURIN @PURIN1125
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます