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(………………)
俯いて、切られた痛みが来るのを待ち構えました。
(…………)
本当は痛いのは人一倍苦手なのですが、そうは思われないようにしてきました。
(……)
それでいいのです。
自分だけが痛ければ、それでいいのです。
(……ン)
待っていました。
(……ン?)
いつまでもいつまでも、
代わりに、背後からものすごい眩しさを感じました。
振り向くと、バラバラにされたたくさんのセンサー達が、次々と銀色の光を放ちながら消えていくところでした。
いつの間にか笛吹きの背後に大量に集まっていたセンサー達を、かぐや
そのかぐや姫当人は、笛吹きには目もくれず、センサーの透明な血で濡れた三日月環の刀身を拭いているところでした。
布に含まれたセンサーの血は、すぐさま銀色にキラキラ輝きながら消えていきました。
「ン…… ンッフフフフフ! 恩でも売ったつもりなのか!? あんなの、みんなワガハイだけで退治できたのだゾ!
仇を助けるなんざ、アンタおかしいのだゾ!」
思ってもいないことを叫びました。
またあの憎悪に満ちた目で睨まれるのは承知の上でした。
けれど、振り向いたかぐや姫の表情には。
信じられないほど何の怒りの色も見られませんでした。
ただただ黙っていて、何もなくて。
なんなら、どこか穏やかささえありました。
「アンタ、何……」
笛吹きが言い終えるよりも、かぐや姫が土下座をするのが先でした。
「申し訳なかった。ありがとう」
ドキッ、と何かが爆発するような音がしたと思ったら、自分の心臓が跳ねる音でした。
「……ンフフフフフ、恨みすぎて、ついにおかしくなって……」
地面に両手のひらと額をべったりとくっつけて、美麗な着物ドレスが汚れるのも気にせず、微動だにしないかぐや姫。
もっと酷いことを言おうとしましたが、生まれて初めて、何と言えばいいのか分かりませんでした。
「自分の役割」を自分で見つけ出してから、ずっとそれにふさわしい言動を心がけてきたのに。
やっと、絞り出すようにして言いました。
「違う…… そんなことはないのだゾ……ワガハイが、殺したのだゾ……
ワガハイを、恨んでいると…… ワガハイだけを恨んでいると言ってくれ!」
どうしてもごまかしようのない冷や汗。
それが腕を切り落とされた以外の理由でとめどなく全身の皮膚の上を這っているのが、分かりました。
1284年6月26日。
大昔のこの日に、本当に大勢の子ども達がいなくなったのだそうです。
いなくなった理由は色々言われていて、たとえば、移住、病死、事故死、戦死、身売り…… と、とにかく色々言われています。
けれど、いずれにしても。
残された人々の悲しみは、そう簡単に癒えるものではなかったのです。
事情があったのかもしれない。自分達だけではどうすることもできなかったのかもしれない。
でも何であれ、ついこの間まで側にいた子ども達が、いなくなってしまった。
きっと、その事実を自分達の中だけで留めておくのは苦しかったのです。
誰かに伝えて、どこかに記録して。
そうすることで吐き出したかったのです。
現実世界に対するやり場のない悲しみを、怒りを。
どこかの具体的な相手にぶつけたかったのです。
酷い出来事を、誰かのせいにしたかったのです。
そんな酷い誰かを、作り出したかったのです。
それがいつしか「ハーメルンの笛吹き男」という物語の形を成したのです。
子ども達がいなくなったのは「ハーメルンの笛吹き男」のせいだと、「読者」の世界ではない世界の誰かの仕業にしたのです。
「ハーメルンの笛吹き男」はとんでもない奴で。
でも子ども達は攫われたけれど、岩の向こうの世界で幸せに暮らしていて。
そう思うことで少しでも、楽になりたかったのです。
笛吹きは、それを悪いことだとは思いませんでした。
物語が「読者」を癒すものだとするならば。
楽しく優しいお話だけではなく、時には許しがたい悪しき存在が登場するお話もあって当然なのです。
「読者」の世界に存在している、凶悪な存在。本当はどうにかしたいけれど、どうすることもできない存在。
そういった者をせめて創作物の中でコテンパンにやっつける。
そうすれば、それを書いた「読者」も、読んだ「読者」も、少しは溜飲を下げることができるかもしれないのです。
自分はこんな凶悪な存在にならないようにしようと思えるようになるかもしれません。
だから、悪いことではないはずなのです。
「ハーメルンの笛吹き男」は、子どもを失った人達の辛い思いを受け止めるために生まれてきた。
だから、その人達が自分を思う存分憎んでくれればいい。そう思いました。
けれど、笛吹きは。
報酬を払ってくれなかった町の人達よりも、もっとずっと欲張りでした。
せっかく恨まれるために生まれてきたのだから。
自分を生み出してくれた「読者」達以外の人たちの恨みも引き受けたいと思ってしまったのです。
「読者」の世界には他にも酷いことが星の数よりもたくさんあります。
そこで生まれる恨みを、全部「ハーメルンの笛吹き男」のせいだと思ってほしいと望みました。
世界中のありとあらゆる恨みを、全て自分だけに注いでほしいと願いました。
だって、そうすれば。
自分以外の誰も、恨まれることはないのです。
世界中でただ一人、「ハーメルンの笛吹き男」だけが悪いことになって。
他は誰も悪くない。
誰も恨まれない。誰も恨まない。
誰もが幸せに過ごせる世界になる。そう思ったのです。
けれど、残念ながら「ハーメルンの笛吹き男」は物語として完結してしまっています。
未来の「読者」達は、「昔の話」と考えて、恨みの矛先として使ってはくれないでしょう。
何でもかんでも「ハーメルンの笛吹き男」が悪いと思ってはくれないでしょう。
ならば。
今も戦い続けているバッドエンドの物語の主人公達ならば、自分を恨んでくれるかもしれないと思いました。
だから、笛吹きはこれまでバッドエンドの物語の主人公達の誰とも真面目に関わりませんでした。
ふざけたり、酷いことを言ったりして、嫌われるようにしました。
結果、確かに孤立はしました。
けれど、何かが違う気がしていました。もっと強烈な悪事を、自分のせいにしてほしいと思っていました。
とあるハッピーエンドの物語にセンサーが出現したと聞いたのは、そんな頃でした。
笛吹きはその物語に乗り込み、愛用の笛でターゲットが聞くと自殺したくなる曲を吹き、片っ端からセンサーを退治していました。
とても順調でした。
しかし、そこで思わぬ光景に出くわしたのです。
×××が、集団に襲われていました。
センサーに、ではありません。
他ならぬ、このハッピーエンドの物語の登場人物達にでした。
近くでその様子を、一体のセンサーが大きな口を開けて笑いながら眺めていました。このセンサーが人々を騙し、×××を襲わせたに違いありませんでした。
×××は本当はとても強いのですが、多勢に無勢な上に自分が救うべき人々を攻撃することができず、どうすることもできませんでした。
笛吹きはすぐさま、そのセンサーを自殺させました。
センサーの死体は大きな不快音と共に消えました。
それから、人々を×××から引き離すために、急いで次のことをしました。
それは、別の曲を吹くことでした。
笛吹きには二種類の能力がありました。
一つは、よく使っているセンサーを自殺させる能力。特定の明るく楽しい旋律の曲を吹くことで発動します。
もう一つは、ターゲットを任意の方向に歩いて行かせる能力。物語の中で子ども達を誘拐する時に使ったのと同じものです。特定の明るく楽しく、もう一つの曲に似ていて、けれどどこか悲しげな旋律の曲を吹くと発動します。
その悲しげな方の曲を吹いて、二つ目の能力を用いることにより、人々に×××を襲うのを止めさせ、遠く遠くへ歩いて行かせることに成功しました。
けれど、手遅れだったのです。
人々が離れていった後に残っていたのは、もう動くことのない×××だけだったのです。
「……」
✕✕✕が無数の文字になっていくのを見つめ。
ただ黙って笛を吹き続けていたら。
やがて、紺の着物ドレスの人が息を切らして駆け込んできました。
「
自分だけが恨まれたい。
そうすれば他の誰も、恨まれなくていい。
「見ていて分からなかったのか? 殺したのだゾ、ワガハイが」
昔、自分が人につかれて嫌だった嘘を、かぐや姫につきました。
「ようやく気が付いたのじゃ。おぬしは…… ×××を殺すどころか、救おうとしてくれていた。
×××を本当に殺した、あのハッピーエンドの連中を庇うために大嘘をつきおって……」
「違う! ワガハイが…… ワガハイが!」
大きな声で否定したら、かぐや姫はむっくりと顔を上げました。
「……礼も謝罪も、する
かぐや姫が指し示す方向を見ると、十数体のセンサー達が唸り声を上げながらこちらの方にやってくるところでした。
「……」
「恐らく、この物語のセンサーはあれで全部じゃろうな。
さて、われが殺っても良いのじゃが……」
かぐや姫の銀色の目と、笛吹きの目とが合いました。
まだ少しばかり冷たさは込められていましたが、きっとそれは元々のもの。
笛吹きに対して向けられていたあの憎悪は、すっかりと抜け落ちていました。
「良ければあの曲。聴かせてはくれぬか」
「え?」
「われを殺そうとは思っておらんのじゃろ? ならば…… 聴きたい」
「でも……」
自分の左腕に目をやっていたら、かぐや姫が視界に入ってきました。
「教えてくれ。どの穴をどのように押さえれば良いのじゃ? 」
笛を指し示しながら、尋ねられました。
「……」
「連中がこちらに来るまでまだ余裕はありそうじゃ。覚える。教えてくれ」
「……」
「のう、聴きたいのじゃ」
「……ンフフフフフ。もの好きなのだゾ」
右腕だけで笛を構えました。
「そりゃどうも」
かぐや姫の左手が、笛に添えられました。
センサー達が2人の目の前まで迫りそうになった時。
森の中に朗らかなメロディが響き渡りました。
大きな音と、眩い光と共にセンサー達が死んでいくのをバックに。
左手と右手は、曲を奏で続けていました。
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