第5話 空亡スカイハイ ⑤



ホテル・ブロッケンベルクの地下のバーでドランクとアーデルハイトは肩を並べて酒を飲んでいた。


酒はドランクがブルー・ムーンカクテル。アーデルハイトはブラッド&サンドカクテルを注文した。


青と赤


お互いのシンボルカラーの酒である。


乾杯Prost


グラスを打ち合わせて今回の勝利を二人で祝う。


「そう、あの人が中将になっているなんてね」


ドランクの口からライトニング=ソース中将の名前を聞いてアーデルハイトは遠い目をする。


「私もあのまま軍に残っていたらそれくらいにはなっていたのかしら」


「馬鹿な事を言うなよ。お前さんにゃあんなところは似合わんさ」


「あら、失礼な事をいうのね。昔は一緒に上まで駆け上がろうと誓い合ったのに」


アーデルハイトは頬を膨らませる。


「だいたいお前さんは頑張りすぎるとろくな事にならないのは三年前によくわかっただろうに」


「あら、どこかのお馬鹿さんが邪魔しなきゃ今頃、私は火星を掌握していたわよ」


「馬鹿は休み休み言うもんだ、俺がお前を止めなきゃ今頃、地獄の釜の中だぜ」


ドランクは半眼でアーデルハイトを睨みながらグラスに口をつける。


「あ、そういえばあたしの方が飛空挺の操縦が優秀だったって言われたのよね」


「ああ」


「実際その通りじゃないのォ。あなたが飛空挺の運転テストで私に勝った事があって?」


「確かにトレーニングじゃそうだったかもしれないが、実戦じゃ俺がエースだっただろう? だいたい、ホテルの仕事ばかりやって最近、全然、飛んでいないお前さんじゃ今日の仕事は荷が重いぜ」


「あら、私だったら敵の攻撃なんて擦らなかったわよー。最後は実質特攻作戦で愛機が廃車になっちゃうなんて負けたのと変わらないじゃない」


「あのなあ」


「ああ、思い出したわ。フォルン軍曹。昔、この人ったら、全然、飛空挺の操縦で私に勝てなくて休みの日に再戦を挑んだのよね」


「ほうほう」


フォルンはグラスを拭きながら聞き耳を立てる。


「あたしったら、てっきり、デートのお誘いだと思って思いっきりオシャレして待ち合わせの場所に行ったのよ。そしたらこいつったら口をパクパクあけちゃって」


「おいおい、ガキの頃の話だろ」


ドランクの顔が赤いのは絶対に酒のせいだけではあるまい。


「あら、ドランク、確かにお互い子供の頃の話よねー。じゃあ、今の話をしましょうか」


アーデルハイトは自らの顔をドランクの顔にぐいっと近づける。


互いの呼吸が届くリーチ


アーデルハイトの薔薇のような鮮やかな唇が自分の唇と触れあう程度の距離である。


この距離では目を離せない。


彼女の赤茶色の瞳に見つめられてドランクは口をパクパクさせる。


「今度の日曜日、久しぶりに二人っきりで出かけましょう。今、シアターでローマの休日をやっているのよ。どうせ暇なんでしょ?あなたも来なさいな」


「え、映画なんてパソコンで見れるだろ?」


「映画館で見るから雰囲気があるんじゃなくて? それとも私の部屋で一緒にみてくれるのかしら? もちろん、あなたが望むならその先も・・・ね?」


身も元で囁くとドランクの顔がたちまちゆでたこのように赤くなる。


ブルームーンを一気に喉に流し込むと椅子から立ち上がる。


「ちょっと飲み過ぎた。自分の部屋に戻って寝る」


そう言ってドランクはバーから出て行った。


「あはははは」


アーデルハイトは愉快げに笑う。


「馬鹿ね。そんなんだからね、あんたはあたしには勝てないのよ」


「我々は支配人と違って新参者ですからね、大佐と中尉の昔話はとても興味があります。そういえば、3年前、お二人が決闘されたと聞いたのですが・・・、どちらが勝ったのですか?」


フォルンは馬鹿な事を聞いたと一瞬思った。


銃を使った文字通りの決闘だ。


もし、本当にそんな事が行われていたら二人のうちどちらかはもう三年前に死んでいる。


しかし、二人とも生きているし、口でこそ言い合うものの、この二人が本気で殺し合うとは思えない。


「フフ」


一瞬遠い目をしたアーデルハイトはフォルンに笑顔を見せると口元に人差し指を持って行った。


「それはひ・み・つ、って事にしておくわ。今わね」


一瞬遠い目をしたアーデルハイトを見てフォルンは二人の決闘が単なる噂話ではないことを確信した。


ならば本当に二人は銃口を向け合ったのだろうか?


噂通りドランクが勝ち、赤眼の大佐の野望を打ち砕いたのか?


それとも大佐が勝ち、ドランクを従わせた事で満足し、フォルン達、冥王星プルート帰還兵達と共にこの賞金稼ぎビジネスを始めることにしたのか?


赤鬼と青鬼


メンバーが一流の飛空挺パイロットであり、異能の射手ガンマンであったドラグーン部隊の若き二人のリーダー


自由と支配


戦い方も生き方も真逆な二人だが一体、銃の腕はどちらが上なのか、フォルンをはじめとするブロッケンベルクのメンバーの関心を引く話だった。






三年前、異星人との融和政策に踏み切ったため、不当な扱いを受ける太陽系戦争の激戦地、冥王星プルート帰還兵を焚き付け、たった一人生き延びたドラグーン部隊のメンバーである私は『魔の山党ブロッケンベルク』を結成し、軍司令部に対してクーデターを計画していた。


その決行前夜に突然、2年前に冥王星で死んだはずの男が私の前に現れたのだ。


呼び出されて町外れの墓地で再会した時、出会ったあの頃のようにボロボロのシャツを着たあいつの胸に私は飛び込んだ。


もう、二度とこの世で会えないと思っていた男にもう一度会えたのだ。


生身のほうの右の瞳から涙があふれてきた。


あふれた涙は止まらずに彼のシャツを濡らして行く


子供のように泣きじゃくる自分をあの男は微笑みながら抱きしめたてくれたのだ。


「ばかぁ、二年間もどこに行っていたのよ」


嗚咽混じりに私は言う。


「すまん、随分、待たせたな・・・」


あいつは詫びながら私の髪を撫でる


やはりこの男の手の感触は心地いい


「許さない、絶対許してやるもんですか」


そう言いながら私は彼の背中に回した腕に力を込めてドランクの胸にさらに深く顔を埋める。


ああ、滓かにシャツから煙草の匂いがする。懐かしいドランクの匂い


「ところでハイディよ」


「何?」


彼から与えられる温もりを楽しみながら私は返事をした。


「魔の山党ブロッケンベルクだっけ? を立ち上げてクーデターを企んでいるそうじゃないか、俺はそいつを止めに来たんだ」


「なんだ、別に私に会いに来たわけじゃないわけね」


まあ、2年間も電話一つ掛けてこない男だし期待する方がおかしいわね


アーデルハイトはため息をついた。


急に熱が下がってゆくのを感じる。


結局、この男は2年たっても自分を同僚、上官、親友あるいはライバルとしか見ていない。


冷徹さから人からよく鉄の女と噂される私がこの男の態度に対しては頭痛と共に沸々と怒りがわいてくる。


「死ぬな。俺はお前に生きていてもらいたいんだよ」


「・・・・・・」


真剣な彼の青い瞳に私はドキッとらしくもなく鼓動を高鳴らせる。


確かに何のしがらみも捨てて忘れて平穏に暮らせたら、願わくばこの人と生きられたらどれほど幸せだろう。


しかし、平穏な日々を素直に享受するには自分もドランクもあまりにも敵の屍も味方の亡骸も積み上げすぎた。


それに、嫌だ。誰がこんな自分勝手な男の言う事なんて聞くものですか


「やぁよ、私が言ったことは必ず実行する女だって知っているでしょう?」


「頑固なのは変わらないな。俺の言う事もたまには素直に聞いたらどうだ?」


「あなたは勝手ね、ええ、勝手だわ。私の言う事を聞かずに死に様を見せた男が今度は私の生き様に文句をいうわけ? それではあまりに虫がよくなくて?」


「じゃあ、こいつで決めるしかないか」


ドランクは腰の銃に手を伸した。


HK45のカスタムガン


2年経ってもこの男の愛銃は健在のようだ。


私はフッと笑うと纏っていたホワイトタイガーの毛皮で造ったマントを脱ぎ捨てた。


毛皮の中から姿を現すのは火星軍の証である赤い軍服


火軍に勝るものなし


それが軍で産まれ育った私に科せられた信条、星の色の赤い制服はその証


あんたなんかにこの信条が、制服が脱がせられるものですか


私はホルスターからS&WM 327を抜き、まるで西部劇の主人公のように手の中でスピンさせて再びホルスターに戻す。


私達は本当に正反対。


銃の趣味も、戦い方も、信条も、生死感もすべて違う。


私は鬼子でも自分が生きていたいと思うし、私が手に届く範囲の人には平穏に生き続けてもらうことを願ってきた。


だから私は昔から自分の生に興味が無くて戦いの中で死に急ぐあんたを放っておけ無かったのよ。


それが今は逆の立場になっているのはなんとも皮肉な話ね


だけど抱き合ってハッピーエンドはむずがゆいのはお互い様よ


私達はそういうヤツじゃない。


銃で語り合うのがお似合いよ。


「そうね、それが私達らしい方法よね。ーーレッドアイ機動」


私の左目は真っ赤な色をした義眼になっている。


唯のサイボーグ義眼ではない。


宇宙空間にある軍事衛星『キッドマン』から戦闘に必要な情報を受け取りサポートを行うレッドアイと呼ばれる義眼になっていた。


『ごきげんよう、大佐って中尉!? ドランク=ネクター中尉がいるじゃないですかー、無事だったんですね、よかったですゥ~』


通信衛星キッドマンのAI『アリス』の脳天気な声が聞こえる。


ドランクが生きていた事が嬉しいのだろう。


子供のようにはしゃいでいるようだ。


この子は相変わらず、人工知能らしくないわね。


「そうなの。であいつと決闘するからアリス、サポートお願いね」


『ええ! なんで中尉と決闘するんですかー?』


信じられないーっと驚きの声を上げる。


「あら、協力してくれないの?」


『当たり前ですよ、なんで私が大好きな姉様が、大好きな兄様を殺すのに私が協力しなくてはならないんですかー?』


「賢いのにお馬鹿さんね。敵を斃す時は出し惜しみ無しの全力で斃さないと相手にも失礼だって教えたはずよね」


『いやです! 姉様だってこの2年、人の手を使って宇宙中で兄さんを探し回ったくせに』


そうよ、私は2年間、目の前の男の生存を信じて再会を待ち焦がれていたのよ。


なのにこいつったら私がクーデターを起こそうとしているから止めに来た?


会いたかったとか私に一言あってもいじゃないの!?


「いいから、さっさとやれ」


私は冷静を装っているが強い口調で言う。


『ハイィ! ガンサポートプログラム起動』


かなり慌てたようにしてアリス=キッドマンはガンサポートプログラムを立ち上げた。


本当にAIらしく無いわね、そこがいいところなんだけど


「おいおい、チートを使うなよ。ネトゲならBANされる案件だぞ」


「私は目的のためなら手段を問わない女なの、あなたが一番知っているでしょう」


やれやれと私は首を振う。


「このレッドアイと衛星キッドマンはあなたも知っての通り、弾丸の軌道の算出、射撃サポート、ネットワークへの接続の他に電脳化された私の兵隊に情報をリアルタイムで送ることができるわ。規律正しく電光石火で敵を制圧する事をモットーとする私の戦闘の要よ」


「要するにそいつが無きゃクーデターは中止って事だろ」


「あなた、そんな事ができると思っているの? 私はあなたの死、私の異名は火星の赤い死神よ?」


「俺は首が飛んでも動いてみせるさ」


ーー俺は地球じゃあ大人相手にも喧嘩でも銃でも負けた事は無かったんだ。女のくせになんでそんなに強いんだ? もう一度、俺と勝負しろよ


ーーあんた、まるで手負いの獣ね。地球じゃあどんな生き方をしてきたのか知らないけど、これからはそんなんじゃすぐ死ぬだけよ


ーーたとえ死んだって構いはしねえ、俺は首が飛んでも闘ってみせるさ。さあ、俺と勝負しやがれ


「負けず嫌いと減らず口はお互い相変わらずか」


あはははは、とあたしは朗らかに笑い声をあげた。


あたしとこの男はやはりこうでなきゃね


「野良犬さん。昔、言ったわよね。あたしがあんたの死に場所になるって。無人機に蹂躙された死なんて許さない。あんたはあたしの目の前で死ぬべきなのよ」


「そうかい。だが昔、お前さんは自分が間違った方向に進んだら止めてくれとも言っていたぜ。さあ、お互いの約束を今、果たそうじゃないか」


私達はお互いの銃のグリップに手を添える。


私のトレードマークのベレー帽が墓石を抜けてきた夜風に舞って大地に落ちる。


それが我が人生最強にして最愛の宿敵との決闘への開幕を告げる鐘の音。


銃を抜く私達の腕は星明かりに残像も残さぬ速度で動く


ーー勝負コール




第一章 空亡スカイハイ ー完ー

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アウトサイダーズ・ステラス 鷲巣 晶 @kusyami4

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