第4話 空亡スカイハイ ④



基地の駐機場に青い飛空挺が止まっていた。


機体の名前は『ブルー・ブレイザー』


海坊主という男が試作品として造ったもので世に出回る事なく倉庫に眠っていた戦闘機をドランクが譲り受けた。


旧式の飛空挺だがドランクと海坊主の手でエンジンや装備をカスタマイズされて現在の戦闘機とも全くひけを取らずに戦える性能を秘めている。


「何、オンボロじゃない。こんなので宇宙までいけるの?」


いきなりブランは毒を吐く。


「失礼な事を言うなよ、お嬢。見かけは確かにボロいかもしれないが中身はピカイチだ。肝心なのは人間もマシンも中身だろう?」


「あたし、人間もマシンも嫌いなんで。まあ、いいけど危なくなったらあたし、遠慮なく逃げさせてもらうから」


「・・・・・・」


「何? 文句ある? あたし、人間はむしろ嫌いな方だし、自分を危険にさらしてまで助けようとか思わないのよね」


「そりゃそうだ」


ドランクは笑った。


その笑みは嘲笑などではない事はブランにもわかった。


「・・・責めないんだ」


「仕方ないさ。人間の都合なんだ、お前に負う物なんかねえよ。俺がお前の立場ならもう逃げている。好きにしな」


そう言うとドランクはコクピットに乗り込んだ。


ブランは後部座席に乗り込む。


『ドランク』


船内の空中に通信ウィンドウが現れ大嶽の姿が映し出される。


「そっちはどうだ?」


『いま、火星軍のOSを使って、ヴォイドにアクセスを試みているがパスワードが十分に一度、変わるようになっているようで思った以上に厄介な相手だ。ウイルスによるクラックも考えているがうまくいく保証はない』


「はは、大変だな」


『お前の方こそ大丈夫か?』


「ハッ、地球育ちを舐めるなよ。こんな仕事朝飯前だぜ」


『違う。俺は他人の犠牲を強要するヤツが嫌いだが、それ以上にハナから自分がもう、死んでもいいと言って自己犠牲前提で行動するヤツは大嫌いだ』


「俺がそんなヤツに見えるか?嫌いなヤツのために命を賭けるほどお人好しじゃあないぜ」


嫌いなヤツならな、だがギオン市にはブロッケンベルクがある。


ドランクはけして認めたがらないが意中の女がそこにいる。


この男は義理を感じたり、気に入った人間の為ならば平気で命を賭ける。


この男はそんな男だと言う事を大嶽はよく知っていた。


『いいか、お前が死ぬと俺はアーデルハイト君に顔向けができなくなる。この仕事は自動的に廃業だ。俺は今の仕事で子供を大学まで行かせたい。つまりお前の肩には俺の家族の未来が掛っている事を忘れるな』


「あんたの家族の事は知らんが、あいつは俺が勝手に死んだらあの世まで追いかけていって殺すからといっているからな」


『え、あの人そんな事をいうの?』


「あんたは今のニコニコしているとこしか知らないから無理ないだろうけど、ハイディは元々、俺みたいなのを束ねていた女だ。怒らせたらそれこそ地獄の鬼より怖いぞ」


『ちょっとは気づいていたんだがな。まあ、大佐と呼ばれるくらいだもんな』


ドランクは五年前の冥王星での彼女の涙を思い出す。


「さすがに二度目は許しちゃくれないだろうな・・・」


ドランクは口元で笑みを作る。


ジタン・カポラを咥えようとしたが、あんた、あたしがいるのに吸うつもりなの、ないわー、信じられないわーとブランが騒ぐので煙草をシガレットケースに戻した。


「ともかく、大嶽の旦那よ。俺はこんなところで死ぬ気は毛頭ないしあんたも頑張って暗号を解読してくれや」


『ああ、だが無理はするなよ。おっと、絶対生物のお嬢さんはいるか?』


「何?おっさん」


『あんたを捕まえようとした俺達がこんな事を頼むのは筋違いかも知れないが、その男の事をよろしく頼む。口も態度も悪いがそんなに悪い奴じゃないんだよ』


「・・・・・・わかったわよ。必ずこいつはあたしがギオンに連れて帰るから。そのかわり、なんかご馳走してよね!」


何故、こんな約束をしてしまったのかはブランにもよくわからなかった。


基本的に人間が嫌いなブランだが、人間が他人を想い行動ができる事を知っていた。


彼らは自分の気持ちを抑えて大切な人の為に動こうとしている。


その行動は自分のような仲間の存在しない生物にはできないし理解できない。


自分なんかはどこまで行っても自分だけだ。


だからこそ他者の為に進んで命や誇りを賭けられる彼らが羨ましいと心の奥底で想う、ゆえに彼らに協力したいと思ったのだろう。




ブルー・ブレイザーは火星の大気圏を越えて宇宙空間に突入する。


青い飛空挺は星々の海を走りながらヴォイドの目前までたどり着いた。


「あれか」


「あれね」


司令室のモニターで見たとおりに直径十メートルほどある巨大な黒い球体だった。


つるつるとした平面で機銃の銃身がどこから出てくるかわからない。


『たどり着いたようだな、ドランク=ネクター中尉』


ライトニング中将の姿がウィンドウに映し出される。


「シールドは外れているのか?」


『すまん、ドランク。まだ、解析が追いついていないんだ』


画面が切り替わり大嶽の姿がウィンドウに現れる。


「あとどれくらい掛りそうだ?」


『なあに、五分もあればケリがつく』


五分、未知の兵器のコンピュータのハッキングだがこの男はそう言い切った。


だがそれは事実だろう。


普段はいい加減な事を言う男だがここ一番という所では絶対に嘘をつかない。


「ね、ねえ、あれ」


ブランは震える声で球体を指さす。


球体の表面が形を変えて無数の突起物を生やして行く。


次第に突起物は筒状に変形する。


つまり、何の凹凸物もなかった球体が機銃の形を取ったのだ。


『危険だ。中尉、ヤツに気づかれたようだ。回避しろ』


ライトニング中将がウィンドウから命令するのをドランクは舌打ちしてみせる。


「んなもんわかってる!」


ブルー・ブレイザーのエンジンをフル回転させてその場から移動する。


ヴォイドの機銃が一斉掃射されるのを寸前のところで躱す。


「この野郎」


ブルー・ブレイザーに装備されている二丁のリボルバーカノンをヴォイドに向けて掃射する。


しかし、シールドによって弾丸はすべて弾かれて宇宙空間のゴミになって散らばる。


「ちっ、やっぱり駄目か」


舌打ちをして再び撃ってくる相手の銃の一斉射撃を紙一重で躱して行く。


「あ、当たり前じゃない、馬鹿ぁ!」


まるでジェットコースターに乗っているようなマシンの高速移動に体を振り回されてブランは半泣きになる。


まるで狭いビンに体を詰められて高速で上下左右にシェイクされている気分である。


ヴォイド自身の体の一部を太い筒状に伸した。


その先端にはぎょろりとした目玉のような物がくっついている。


「おいおい、こいつは」


『この形状はミサイルか。驚いた。こいつは体を爆発物にも変えることができるのか』


ヴォイドの体からミサイルが複数、発射される。


ブルー・ブレイザーは旋回してミサイルを躱すがミサイルはUターンして再び向かってくる。


「やっぱりホーミングかよ」


「ド、ドランク、あのゆっくり、ソフトに運転してくれない?駄目?」


「駄目だ。へへへ、少々荒っぽいがまだまだ、ドライブにつきあってもらうぜ。お嬢」




「信じられません、高速で走る敵のミサイルをすべて何のアシストも無しに躱していきます。あっ、ブルー・ブレイザーの機銃によりミサイルが次々に撃墜されていきます」


「旧式の戦闘機でここまでやりあえるなんて信じられない、というか人間なのか?」


「当然の事だ。ヤツはあの大戦が生み出した強化人間。かつてはそういうつわものは多数いたがそのほとんどはヴァルハラに逝ったと聞く、いや惜しいことだ。」


中将は陶酔した表情でミサイルを撃墜していくブルー・ブレイザーを見つめる。


「特にあの男の戦い方には華があった。自分の事さえいつでも捨てられるあの手負いの獣のような姿が俺は好きだよ」


スクリーンの中の青い機体の翼が敵の機銃を受け一瞬、大きく機体を傾けた。


「大嶽。中尉は確かに優れた飛空挺乗りだ。しかし、このままではいつまでも持たん。もっと急げないのか?」


ラリー=ジョーンズはキーボードを無言で叩く大嶽に声を掛ける。


そこで大嶽は手を止めると椅子にもたれるとポケットからキャメルを取り出して口にくわえる。


「大嶽さん、ここは禁煙ですよ」


オフィリアに言われて苦笑いを浮かべながら煙草をシガーレットケースに戻す。


「ごめんごめん。忘れてた。君、可愛いね。俺がいたときは保安部は男だらけで上司によく若い女性職員をもっと増やせと言ったもんだ」


「大嶽、どういうつもりだ・・・、まさか」


「俺がこの程度のシステムをハックするのに五分も掛ると思うか? おい、ドランク、シールドは解除した。その阿婆擦れ月までぶっとばせ!」




「OK、この時を待っていたぜ。くらいやがれ」


ブルー・ブレイザーに積んであるミサイルを撃ち込もうとするが引き金を引いてもミサイルは発射されなかった。


「大嶽の旦那、こいつはやばいぜ」


『どうした?』


「さっきの攻撃でミサイルが撃てなくなった」


『天中殺か。だが背に腹は替えられん。作戦をフライ・ミー・トゥ・ザー・ムーンからカム・フライ・ウィズ・ミーに切り替える』


「シナトラ様々な作戦名だな。あーあ、海坊主にどやされる」


「ちょっちょっとあんた達ー。ちょっと待ちなさいよ」


後部座席でグロッキー状態のブランが声を上げる。


「あんたたち、まさかあんな無茶な作戦を本気でやるつもり?」


「俺だってやりたくねえよ。こいつは俺の長年の相棒だしな」


「そんな事をいっているんじゃない。運が悪けりゃ普通に死んじゃうわよこれ」


「運が悪くてもせいぜい死ぬだけさ、いくぜ」


「あ、ちょっと!」


白い少女の制止を聞くこともなく、ドランクは飛空挺を急発進させる。


強烈なGがかかりブランは座席に思いっきり押しつけられる。


ヴォイドは最後の抵抗とまでに全身に銃身を生やし、弾丸のように突っ込んでくる青い飛空挺にその銃口を向ける。


ドランクの頭の中に荒野に立つ二人のガンマンの姿が現れる。


片方のガンマンは自分であり、向かい合うガンマンはヴォイドだ。


互いに今、腰の銃のグリップに手を掛けようとしている。


この瞬間だけはどんな存在でも、どこの誰でも関係がない。


相手よりも先に銃を抜いて殺す、ただそれだけである。


「うおおおおおおおおおお!」


ドランクは方向をあげてブルー・ブレイザーをさらに加速させる。


エンジンは限界まで加速し矢のように黒い星に向かって行く。


な、なんでこいつはこんな死ぬかもしれないのに生き生きしているの?


宇宙空間に放り出されたくらいで死んじゃうくせに


イカレてる、こいつ絶対イカレてるゥ!


ブランの心は限界に達した


ブルー・ブレイザーの機体の先端がヴォイドに突き刺さる。


「きゃあああああああああ!」


機体や体に掛る衝撃と共にブランの心がはち切れた。


自分が人外だと言う事を忘れて普通の少女のように悲鳴をあげた。


「ははは、・・・よし、生きているな」


軽い脳しんとうを感じながらドランクは起き上がった。


頭を操縦桿にぶつけて少し血が出ているが問題ない。


ブルーブレイザーは見事にヴォイドに突き刺さっている。


機体の重力制御装置は壊れて無重力状態になり灰皿の吸い殻やジュースの空き缶が機体内を待っている。


元の持ち主の海坊主に見せたらぶん殴られるだろう。


自分だって大切な相棒をスクラップにしてしまい心が痛い。


ドランクはミサイルの自爆スイッチを押した。


タイマーがかかりあと一分後にミサイルは爆発、ヴォイドをブルー・ブレイザーごと吹き飛ばす。


ヴォイドはスペースデブリとなる。


もちろん、その前にドランクとブランは彼女の能力によって火星ギオン市に戻る寸法だ。


「おい、お嬢。今だ、俺と一緒に瞬間移動して・・・」


ドランクは目を見開いた。


ブランは後部座席で気を失っている。


「おいおい、冗談だろ」


引きつりまくりの笑みを浮かべながらブランの胸ぐらを掴み、ペチペチと白い頬をはたく。


「お嬢!起きろ、起きねーと俺達二人とも宇宙のゴミだぞ」


気を失ったブランは夢を見ていた。


光を倉庫の暗がりに照らすような本人さえも忘れている古い記憶だった。


ーー火星の地表調査の結果、偶発的に生命体が発見されました。わずか10㎛の細胞ですが間違いなく生きています。我々はついに地球外の生命体とコンタクトを取りました




ーー生命体の成長速度は早い。培養液を与えることでその体は3週間で10センチにまで成長しました。見てください。クラゲを思い起こさせる白い体、9本の触手、私はこの生物にブラン=ヴィサージュという名前を与えました。この生物はすべての細胞に分化可能であり・・・




ーー今日はどれだけブランに耐久能力があるのか実験してみます。まず、電気ショックで刺激を与えてみましょう。




痛い、痛い、痛い


電気ショックが生まれて初めての痛みだった。


その時にその生物に意識が生まれたのだ。


生物は痛みは嫌だと思った。


それ以上に生きていたいと思った、それが初めての願いだった。


人間と同じで自分が誕生した時の事など忘却している。


しかし、この生存本能だけはブランの中の絶対的なものとして刻み込まれている。




ーーおい、お嬢、目を覚ませ




ーーおい、おいって、このままじゃ二人して宇宙のゴミだぞ




頬に鋭い痛みがリズミカルに繰り返される。




なに、痛い、痛い、痛いってば!



やめて、やめて、やめて、もう、痛いのはいや、痛いのはいや、痛いのはいや




ああ、今度は刺される?切り裂かれる?焼かれる?冷やされる?圧縮される?引き伸される?




そんな、せっかく生まれてきたのに、まだ誰かに名前で呼ばれていないのにこんなところで消えるの?




まだ、まだよ、私は・・・



ーーおい!




ーーこのままじゃ二人とも死んじまうぞ!




死ぬ?




誰が死ぬの




もしかして、私、あたし アタシィ!?




死、死、死ィ!?




「死ぬのはいやあああああああああああ」


叫びながらブランは金色の瞳を開いた。


「おい!」


「ハアハア、さっさとこんな所おさらばよ。まったく、吸い殻が舞っていてゴミ溜めみたいじゃない」


ドランクの腕を掴むと指を鳴らす。


ヴォイドに突き刺さったブルー・ブレイザーから二人の姿は最初からなかったように消失した。

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