第3話 空亡スカイハイ ③

「お前は冥王星(プルート)、あの太陽系の果ての地獄で死んだと聞いていたが・・・」


火星軍本部


作戦司令室では慌ただしく職員達が走り回っている。


三人は手錠を掛けられた状態で部屋の真ん中に座らされた。


司令官の席には右目を眼帯で閉ざした初老の男が一振りの日本刀を抱きながら座っていた。


その隣にはモノクルを掛けた金髪の将校が立っており三人を眉をしかめながら見つめている。


「死人と会うとはな。地獄はどうだった息子よ?」


皮肉を交えた口調で眼帯の男は尋ねてくる。


別にこの男はドランクの父親ではない。


先の大戦の英雄であるハール=ソース、通称『雷光ライトニング』=ソース准将は自分の部下達を息子と呼ぶ。


大戦中に彼の作戦で死んでいく若者達も多いゆえに戦死者達の父という不名誉なあだ名さえもあった。


「おかげさまで天にも昇る気分だったさ。ライトニング=ソース准将殿」


ドランクは口元に笑みを浮かべながらライトニング=ソースを睨み付けた。


「今は中将だ。どうだ、お前が死んでいる間に出世しただろう?」


「興味ねえな」


「貴様、親父に・・・、いや、中将閣下に失礼だぞ!」


そばにいた将校がドランクに掴もうとするが待て、と言って中将が制止する。


「キント、お前は知るまいが、その男はドラグーン部隊の生き残りだ。部隊の名前くらいは聞いたことがあるだろう。この男はその二人のリーダーのうち一人でスカー・フェイスと呼ばれていた。間違いなく太陽系戦争の英雄だよ」


「この男が・・・スカー・フェイス」


過去の亡霊の名を聞き周囲がザワつき出す。


「なになに?あいつってすごい奴なの?」


ブランは隣にいた大嶽に尋ねる。


「いや、俺もあいつの過去の事は・・・。元軍人ってのは知っていたけどね」


「なんだ、あっさい人間関係なのねー」


「なんだよ、お互いの過去を尊重した関係なんだよー。口悪いなおめー」


大嶽は口を尖らせる。


「大嶽」


いつの間にかその男は大嶽の前に立っていた。


背広を着たタコのような禿頭の男で特徴のない顔立ちをしている。


おそらく通勤途中の満員電車の中で見つけられそうな50がらみのサラリーマン、そんな男だった。


開いているのか開いていないのかわからない細い目をしているが、その眼光は鋭い。


とらえどころのない気配というか、行動の一挙手一投足がきわめて静かで足音一つ、すぐそばまで近づいてきたのに聞こえなかった。


大嶽は男の顔を見て口元に笑みを浮かべた、しかし、その目は決して笑っていない。


かつての相棒、先輩、親友、諜報員時代からの友人との再会だ。


お互いに懐かしいと思う反面、もう二度と会いたくはなかった男だ。


「これはこれはお久しぶりですな。ラリー=ジョーンズ。最後にお会いしたのは私の家内の葬式でしたかな?」


ラリー=ジョーンズ局長は苦しそうな表情で頭を下げる。


「久しぶりだ。大嶽、もうあれから何年になるのか・・・、すまんが今は過去の禍根を超えてお互い協力せねばならぬ事態なのだ」


「あんな、局長の顔を見るのは初めて」


上司のジョーンズと見知らぬサングラスの男のやりとりをショートの茶色い髪をした若い女性が見ていた。


ラリー=ジョーンズ局長もいつもはにこやかに柳のごとく受け流していく、瓢箪鯰のごとく掴み所のない人物だが目の前の人物相手には若干態度をこわばらせているようにも見える。


二人の間に流れるこの殺気とも悲壮感とも異なる雰囲気はただ事ではない。


この二人の間に一体何があったのだろう?って聞けそうにないわよね


彼女は名前はオフィリア=ボーン


今年の春に大学を卒業して火星保安局に配属された新人であった。


「朱野先輩、あのサングラスの人は一体何者なんですか?」


「あの人は大嶽俊宗さんと言って昔、保安局うちにいた人でな・・・。もともと諜報局にいた人でハッキング、情報戦、暗号解読において右に出る物はいなかった。優秀すぎて上が恐れるくらいにな」


「そんなにすごい人なんですか」


「あの人は怪物だよ」


朱野凡司は低い声で大嶽を怪物と呼んだ。


いつもクールな先輩が動揺している。


新人のオフィリアには目の前の男がそんなにすごい人物とは思えない。


胡散臭い男にしか見えないが朱野凡司がここまで言うのならばとんでもない人物なのは確かなのだろう。


「一体何が起きているのです。軍部の有力者と保安局の局長がそろってここにいるのはよほどの事と思いますがね」


「ジョーンズ局長」


ライトニング中将の言葉にジョーンズは頷き部下に何かを指示する。


「こいつを見て欲しい」


モニターに巨大な丸い球体のようなものが映し出される。


漆黒の球体はゆっくりとだが宇宙空間を進んでいた。


「驚いた。こいつは太陽系戦争時に使われた敵側の自動報復装置じゃないか」


「そうだ。我々はあれをヴォイドと呼んでいる。火星圏内で長い間眠りについていたこいつがゆっくりとだが今、ギオン市に墜ちようとしている」


「んなもんとっとと撃ち落とせばいいだろーが」


ドランクは吐き捨てるように言う。


「そうもいかんでな。これは先ほど向かわせた空軍の映像だが」




ーー五機の戦闘機が球体に向かって飛んでゆく


ミサイルや機銃、レーザー光線を球体に向かって撃ち続けるが球体の周りにある見えない壁に遮られてすべての攻撃は無意味となる。


反対に球体から撃ち出される機銃掃射で次々に戦闘機は花火となって宇宙空間に散って行く。




「最後の映像おかしくないか、空軍の機体が棒立ちのように見えたぞ」


「さすがはドランク=ネクター中尉殿、よく気づかれた」


「ハッキングされたんだな、あの球体に」


大嶽の指摘にジョーンズは頷いた。


「その通りだ。あの球体は機体のOSにウイルスを送り込み操作不能に追い込む。エネルギーシールドは厄介で我々の実弾、光学兵器を一切通さない。このままではあの球体は1時間後にはここギオン市に墜ちる。その破壊力はロック式爆雷の一千発分に相当すると試算がでている」


「能書きはもういい。俺とドランクに何をさせたい?」


「重要な任務だ」


隻眼の中将が口を開く。


「大嶽君にはヴォイドにハッキングを仕掛けてエネルギーシールドを解除。ネクター中尉はコンピュータによる制御を外した飛空挺を手動操作で操縦しあの球体を破壊してもらいたい」


「よーくわかった。なあ、旦那」


ドランクの言葉に頷くと大嶽はボルサリーノのハットを被りなおす。


「ああ、なかなか面白い話だったな」


二人はがははと笑うと出口に向かって歩いて行った。


「どこにいく?」


ジョーンズが無表情で呼び止める。


「勘違いするなよ、俺達は一般人だ。そんなことをする義務はないんだぜ」


「その通りだ。ドランク。天下の火星軍があれしきの石ころ一つ押し返せないわけがない。俺達の代わりなんぞいくらでもいるさ」


「あっ、もう話し終わり? あたしも帰るわー、これ以上人間の都合なんかにつきあってらんない」


ブランも彼らの背中を追いかけて出口に向かって歩き出す。


「まて、大嶽」


「引き留めても駄目だ。自分の義務は自分で果たせ」


「トシさん」


凡司が大嶽の前に立つ。


「凡司、止めても無駄だ。今の俺達はしがない賞金稼ぎだ、そこのところをわかってもらおう」


凡司は硬い表情で首を振った。


「御母上と凜さんの身柄は我々が保護しています」


凡司の言葉に大嶽の目が見開かれた。


「ジョーンズ!」


その表情は鬼の形相だった。


いつもの大嶽の軽い雰囲気とは違う。


家族を人質に取られたことでこの男の隠されていた一面が暴かれたのだろう。


司令室にピリピリとした空気が走る。


「なんだ」


「俺に対する枷か? 枷なんだな!?」


大嶽は拳を握りしめるとジョーンズに殴りかかる勢いで詰め寄ろうとするが寸前のところで凡司に取り押さえられる。


「ぬうっ! 離せ! 凡司!」


「誤解するな、私はお前の家族を保護したまでだ」


ジョーンズは冷淡に言う。


「貴様ら、今度は俺から娘まで奪うつもりか?!」


それは違うぞ、大嶽とジョーンズは首を横に振う


「今から家族でこの町を離れようとしても巻き込まれる可能性はゼロではない。それより我々が安全なところで保護している方が生存率が高まる」


「そんなに俺が怖いか? 俺を見ろよ、ラリー=ジョーンズ」


ジョーンズは眉一つ動かさない鉄面皮で静かに大嶽を見つめていた。


「息子よ」


ライトニング中将が低い声でドランクに呼びかける。


「ハッ、息子だと? いい加減にしやがれ、冥王星で無人機を差し向けたのはあんただろ」


「馬鹿な」


声の調子を変えずに中将は言う。


「なんで俺がそんなことをする?」


「俺達はハイドラ機関が産んだ黒歴史だ。戦中はいいが戦後に発覚すれば必ず問題になる。鬼の子に戦後は迎えさせずに消したかったんだろうよ、そうだろ?」


「心外だ。俺はドラグーンを戦士として尊敬している」


「否定しなくても別にいい。俺はお前らが嫌いだ」


「そうか、ならば仕方がない。お前が乗らないならば彼女を呼ぶしかあるまい」


「あ?」


「お前と同等のドラグーン部隊のパイロットは彼女しかもう残ってはいない。聞く話では彼女の方が優秀だったと聞く、キント大佐」


「はっ、しかし、あの赤眼の大佐は我々の言う事を素直に聞くでしょうか?」


赤眼レッドアイは油断できぬが理詰めで動く。ゆえに自分の本拠に爆弾を落とされると知って黙って見ている女ではあるまい。それに我々はあの女が首謀者とされる3年前のクーデター未遂を不問にしているのだ。明確な弱みがある分コントロールしやすい」


「待てよ!」


ドランクは叫んだ


「何だ」


ライトニング中将は目を細める


「あいつは関係ねえだろう、中将さんよ。あの女が俺より上とは聞き捨てならない台詞だな!いいぜ、見せてやるよ。格の違いっていうのを教えてやるぜ」


ドランクは威嚇するように腕を胸の前で組むと中将を睨み付けた。


その姿を見てライトニング中将は口を歪めて笑う


「あの時の野良犬が随分と茨姫を大事にしているのだな。当時を知る者としては信じられん事だ」




「あのー、もしもーし、なんか勝手に話、盛り上がっているとこ悪いんだけどー、あたし、関係ないわよねー」


「ブラン=ヴィサージュと呼んでいいのかな」


キント大佐、モノクルをつけた三十歳前後の金髪の大佐が声を掛けてきた。


「別に何でもいいわよ。好きに呼んじゃって」


「ではブラン=ヴィサージュ。空間を渡り群れを必要としない真に自由に近い生物。我々は君を雇いたい」


自分を捕まえて利用しようとした輩はいた。


しかし、同等の立場で雇用すると誘われたのは初めての事である。


「報酬はあるのかしらね」


「たとえば、君の賞金や情報を取り下げるというのはどうかね」


「へえ」


「今日、君の瞬間移動能力が初めて破られたんだ。この事が他の賞金稼ぎに知られたら君はもう自由ではいられなくなるだろう。私絶対生物がモルモットではいやだろう?」


モルモット・・・




ブランの頭の中に白い部屋の中に閉じ込められた自分自身の姿がフラッシュバックする。




この記憶が何なのかはわからない。


だが実験生物として閉じ込められるのは、痛い思いをするのは絶対に嫌だった


「あー」


ブランは頭を掻いた。


確かにこのまま、賞金首のままで生き続けるのはつらいと思っていたのだ。


信用していいのかはわからないが、うっとうしい賞金稼ぎから追われずに済むならば協力することも悪いことではないだろう。


自分の自由は絶対に脅かされてはならない。


「あたしの負けよ。一度だけあんた達のオーダーに答えましょう。で何をすればいいの?」




ギオン市にヴォイドが墜落する前に宇宙空間で破壊できる可能性


試算した成功確率は30%


50%にさえ届かないのか?


だいたい、ドランクがいくら天才的なパイロットでもOSのアシストがない飛空挺でこれだけの任務がこなせるものなのか


自分もこの太陽系戦争で使われた兵器の知識はあるが、このシステムへのハッキングなど初めての試みだ。


それも三十分やそこらでできるかどうかわからない。


「俺もこの仕事、不本意だが受けることにしたぞ。俺があの女より飛空挺の腕が劣るとか言いやがって。傷つけられたプライドは一千倍にして連中に返さにゃならん、なあ?」


「ああ・・・」


遠くを見つめながら空返事を返す。


ドランクは突然、大嶽の脇腹を殴った。


「ぐはあ!」


サングラスが床に落ちて大嶽はそのまま、床にうずくまる


「おま、おまはん・・・、な、なにを・・・」


「びびってんのか知らんがなんて顔をしてんだよ。あんたはいつもみたいににやにや阿呆みたいに笑ってろ。こんなもんなあ、勝ちゃいいんだよ、勝ちゃあ」


「・・・・・・! ふ、フン」


大嶽はサングラスをかけ直すと髭の生えた口元で笑みを造る。


「ビビる?何をいってやがるんですかね、このドランクさんは。俺ってば超優秀な男だからこんな仕事楽勝よ! ひゃはははははは」


「あたしも協力するわ、でもいいの?あんた達あいつら嫌いなんでしょ?」


「ああ、大っ嫌いさ」


「だが俺達人間にゃ、何をおいても守らなきゃならないもんがある。あんたにはわからないかもしれないがな」


かつての組織の仲間達と過去の確執があるゆえに


嫌々、だが二人の男達は笑いながらこの無茶な防衛作戦に加わるつもりのようだ。


無茶だからこそ笑う、明るく振る舞うしか無いのかもしれないけど


大切な家族とか仲間を守るの為?あいつには負けられないとかいうプライドの為?


人間は矛盾した事でも時にやり通そうとする。


時には文字通りに自分を殺して他人を助けようとする。


ブランのような何者にも縛られない存在にはわからない考えだ。


でもだからこそ、人間のそういう所が少しまぶしくて、そして羨ましく思えるのだ。

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