未亡人でも恋愛はできますか?

四秋

第1話 タバコ

「由美ちゃんってタバコ吸うの?」


 社内の喫煙室に入った所、同僚の白石さんと目が会い、以外そうな声色で彼は言った。


「吸いますよ、ほとんど吸わないですけどね」


 確かに会社の喫煙室に来たのは入社して半年経って初めてのことだった。彼が驚くのも無理はないだろう。


「しかもセブンスターの……十四mmか。重くないの?」


「重すぎますね」


「俺は5mmで十分だね。それ以上だとヤニクラする」


「私も毎回してますよ。たまにしか吸わないので」


 会社でタバコを吸わない理由は、他の人に具合が悪く思われるのも嫌だった。それにタバコを吸っていること周りに知られたくなかった。


「なるほどねえ、でもなんで今日に限って会社で吸おうと思ったの?」


 彼は吸い殻を赤い缶でできた腰元まで伸びる簡素な灰皿に捨て、ポケットからもう一本タバコを取り出し火をつけた。どうやら彼は私の話を最後まで聞きたいらしい。


「元カレが吸ってたんですよ。同じ銘柄を」


 白石さんが「なるほど」と頷いて、上に向かって煙を吐いた。


「それじゃ彼氏の影響で吸い始めたわけだ」


「まあ、そうですね」


「それでタバコにはまったと?」


 私は一呼吸おいて「タバコは好きじゃないですよ」と答えた。案の定彼の眉間にシワが寄り、頭に?マークがついてるような表情で小首を傾げた。


「それじゃなんで吸ってるの?」


 彼が言い終わった直後、上司が喫煙所に入ってきたので、話は中断せざるを得なかった。私と彼のデスクは離れており、これ以上会話をする余地はなかった。


 たわいない話と彼は思ったのだろう。あれから彼と話をする機会もなかったし、食事に誘われるようなこともなかった。そもそもただの同僚なので当然のことなのだが。


 そして一年が経過した。今日は去年会社でタバコを吸った人全く同じ日である。

 私は一年ぶりに喫煙所に出向いていた。喫煙所に入ると白石さんがタバコを吹かしている最中だった。一年前のことなんて覚えてるはずがないので、私がタバコに火をつけていると彼が声をかけてきた。


「由美ちゃん、なんで今日だけタバコを吸いに来たの?」


「よく覚えてましたね」


 正直、忘れてることだと思っていたのだ思わず面食らってしまった。


「ちょっと重い話になりますよ」


「ここで聞く話じゃないね。帰り空いてる?」


「いいですよ、予定ないですし」


「じゃあ社内メールで呼ぶ時間送っておくわ」


「はい」


 それから七時に会社の入り口で待ち合わせ、タバコが吸える隠れ家的なバーに二人で向かった。


 繁華街から離れた路地裏の隅に小さく看板があり、私達二人は中に入り、酒を注文した。


 タバコを吸いながら酒を待っているとバーテンダーがすぐにカクテルを作ってくれたので、それを一口頂いてると、彼が口を開いた。


「で、今日だけなんで会社で吸ってたの?」


「今日は特別な日ですから。今日だけしか吸わないんですよ」


 彼は前と同じように怪訝な表情を浮かべた。


「どういう意味?」


「ちょっと重いですよ?」


「ここまで来たら聞かないわけにはいかないだろ」


「まあ、それもそうですね。元彼がヘビースモーカーだったんですよ。家でもずっと吸っていて、一日中吸ってました」


 彼は続きを催促するように私の目を見た。


「でも一日だけ彼が禁煙するんですよ。私の誕生日は吸わないんです。そして『今日から禁煙するわ!』って毎回言ってたんですが、結局私の誕生日以外はずっと吸ってました」


「それが君がタバコを吸うのと何が関係するんだ?」


「元カレは交通事故で死んじゃったんです。ちょうど私の誕生日に」


 私は一呼吸して言葉を続けた。


「でも思うんですよ。彼は天国で今もタバコを吸い続けているって。毎日、毎日吸ってるんですよ。私の誕生日以外は」


「確かにそうかもしれないな」


 変なことを言っていると思われると考えていたが、彼は神妙な顔でそう答えた。

「だから私が誕生日の日はタバコを吸うんです。天国まで煙が届くように。私なりの線香なんです」


「なるほど、届いているといいな」


 そして私は再びタバコを取り出して火をつけた。


「脈があるかもと思ったのに残念だよ」


 白石さんが酒を煽りながら両手を広げ、残念そうに言った。


 確かに私は元カレを愛していた。今でも未練がある。タバコを吸っているのがその証拠だ。だけど前に進まないといけないのかもしれない。


「白石さん」


「どうした?」


「私の誕生日は禁煙してくれると約束してくれますか?」


 彼は屈託のない笑顔を私に向け、「約束する!」と言った。


「これでタバコはお終いにします」


 私はタバコを取り出し、最後のタバコに火をつけた。元カレを忘れたわけではない。だがいつまでもこのままじゃいけない。前に進まないといけない。


「最後のタバコの味はどう?」


 私は彼の目を見ていった。


「相変わらずまずいです。涙が出てきます」


「そうか、それはそうだな」


 タバコのせいで涙が出ているわけではないことは察しているだろうが、彼は追求しなかった。


「白石さん、一つだけ約束してください」


「何?」


「私はもう一生タバコを吸いたくありません……だから死なないでくださいね?」


「おう、約束する」


「本当ですか?」


「俺を信じろ」


 彼は屈託のない笑顔で言った。


 別れは辛い。だがそれでも出会いはある。


 今なら天国の元カレも笑っているだろう。タバコを吹かしながら、「やっと前に進んだか」なんて言っているのかもしれない。


 これは私は憶測だ。だが生きている私は前に進まなきゃいけない。彼のことは一生忘れないだろう。だがそれでも私は幸せになりたい。


 白石さんも途中で死ぬかもしれない。でも、それでも私は生きなきゃいけない。


 彼と目を合わせるとまた屈託のない笑顔で笑った。


 生きている限り、私は彼と生きていこうと心からそう思えた。

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