珈琲は月の下で

達見ゆう

月見にはあのお菓子がとても合う

 しまった。

 今夜は中秋の名月。ゆっくりベランダでコーヒーでも飲んでお月見しようと思ったのだが、コーヒー豆を切らしていた。

 さらに月見団子の代わりのカスタード饅頭も買ってない。太るとか眠れなくなるとは考えない。だって中秋の名月だもの。毎年のルーティンワークというか、私なりのお月見だ。


 しょうがない、どちらもコンビニで調達しよう。そのまま持ち帰るとコーヒーは冷めるから、帰り道の緑道のベンチでお月見コーヒーをするのもいいかもしれない。そう考えるとちょっと楽しくなってきた。よし、この勢いで着替えてコンビニへGoだ。


 しかし、この深夜にお出かけのパターンはなんかのフラグのような気がする。そう、いつも奴にでくわす。どうか、蓮見先輩へんたいやろうに出くわしませんように、出くわしませんように。いや、行動時間は遅かったはずだし、大丈……。


「おう、同士。また会ったな」


 神様は私の願いを反転させるらしい。マッパ改めゴスロリ姿の蓮見先輩ゴスロリやろうがいた。

 服だけではなく、バッチリメイクまでしている。そうか、服を着ているから警察の目を気にしないで済むから早い時間に出歩いてるのか。しかし、本当にゴスロリなんだな。モノクロのメイド服風でカチューシャまでしている。


「今度はなんすか、月下のゴスロリを自撮りしてアップするのですか」


「おう、よく分かったな。夜目遠目笠の内と言うからな。月光くらいのうっすらした光がいい感じの美人に撮れる。いつも自撮り棒だけど、君に撮影してもらうかな」


 げげっ、またパシリですか。夏の夜もパシられてトラブルに巻き込まれたような記憶が……。


「いや、ただじゃ悪いな。コンビニスイーツ買ってやるから」


 時給がコンビニスイーツ……それって安く使われているような。いや、待てよ。


「ヘブンイレブンの期間限定「萩と月」一箱とコーヒーで手を打ちます」


 そうだ、今は期間限定で本物が売っているのだ。類似品のカスタード饅頭で満足しちゃいけない。思えばあの勘違いマッパ事件からずっと蓮見先輩へんたいやろうに弱みを握られてるというか、知られてしまったばっかりに仲間認定されて、苦労かけられているのだ。


「む……萩と月か。うーん、よし! 買ってやろう! じゃ、このスマホで撮影お願いね。ちゃんと夜間モードにしてあるから」


 カスタード饅頭からグレードアップさせることには成功したし、しかも一箱分ゲットだ。ならば引き受けても良かろう。


 よーし、蓮見先輩ゴスロリやろうの写真でも取るか。


「そうだな、月の光がこの加減で、ポーズは……よし! 撮って!」


 何やらこだわりが沢山あるらしい。ナルシストだなあと思いつつ、スマホ越しの蓮見先輩ゴスロリやろうは確かに美人に見える。恐るべしメイクと今の高性能スマホ。ちゃんとつけまつげしているし、チークまでしているし、ハイライトも入れて……。

 止めよう、これ以上観察していると自分の女子力の低さを思い知らされるだけだ。そう言えば、オネエの人の方が普通の女性より綺麗なケース多いよなあ。……ってことは異性の格好を目指すと人一倍努力すると聞いたことあるな。


 そうして、何種類かのポーズを撮り終え、ご褒美タイムとなったので、私は緑道のベンチで彼がお菓子を買ってくるのを待った。ふふふ、久しぶりの「萩と月」だ。やっぱり、吹っかけて正解だった。


「お待たせ、買ってきた」


 蓮見先輩ゴスロリやろうが戻ってきたが、萩と月はデカい箱なのはともかく、コーヒーが二つ。


 ……まあ、この流れじゃ二人でコーヒータイムだよね。傍から見ればお月見女子会。まあ、マッパの時よりはマシだ。


「では、いただきます」


 うん、やはり本家は美味しい。コーヒーも美味しい。隣が彼氏ならもっと良いが現実には会社の先輩ゴスロリやろうだ。そういう現実もなかなかないとは思うが。


「なんで先輩は女装をしようと思ったのです?」


「なんだ、急に」


「いや、他のキャラのコスプレでもいろいろあるのに、なんでかなと」


「まあ、アプスタ始めた時、なんとかバズらせたくて女装してみようかと。で、凝り性だから服もロリータファッションにして、映えるメイクとかやったらすっごく伸びてな。引くにひけなくなったというか、でも、全く違う自分になるというのも楽しいって理由もあるな」


「喉仏とか体格でバレないですか?」


「この格好をよく見ればわかるぞ。工夫を凝らしてある」


 確かにメイド服風なら肩幅を隠すようなフリフリエプロンはあるし、ブラウスも襟が詰まったタイプで喉仏が隠してある。時にはチョーカーやストール使うらしい。


 そして、近くで見ても髭の毛穴は目立たない、つけまつげはバッチリ、アイラインもアイブローも完璧だ。メイクは本当に本格的なんだな。


「どうだ? 教えてやるから一緒にゴスロリやってみないか」


 自分は女子力低い。それはわかった。しかし、同じ道を後追いするのはなんか悔しい。


「わかりました。メイクを教えてください。先輩がゴスロリ極めるなら、女性の私は男装の麗人、宝塚を目指します」


 今度は蓮見先輩ゴスロリやろうがずっこけた。コーヒーをこぼさなかったのは神業かもしれん。やはり衣装は死守するのだな。


「な、なんで、そういう結論になる?!」


「同じ女子力でも宝塚は別の魅力があります。煌びやかな衣装にメイク、ちょっと憧れてたのです。ゴスロリしても女は女。それよりもヅカなら違う自分を目指せると思います」


「ヅカに応用利くかなあ、まあ、メイクやコスプレの情報は教えてあげるよ」


「商談成立ですね」


 中秋の名月の下、新たな変人が誕生した瞬間でもあった。

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珈琲は月の下で 達見ゆう @tatsumi-12

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