百物語 -サークル合宿最終日の夜にて-
@yuichi_takano
第34話
「あぁ、そうか、次は俺の番か。えーと、これで?あぁ、34話目ね。それじゃ今度は、『こっくりさん』に関係する話をするかね」
次の蝋燭に火が付けられる。別の棟にて催されている、サークルの飲み会と同じように、百物語もまだまだ続く。
「まぁまぁ、そんなやいのやいのするなって。確かに『こっくりさん』に関係する話だが、今からするのは『こっくりさん』を崇拝した人間の話さ。聞いて損はしないぜ。
これはそう、俺が高校1年だった時の話さ。俺のクラスに山田ってやつがいた。そいつは『こっくりさん』マニア、とでも言やいいのか、とにかく『こっくりさん』が好きで好きでたまらないって奴だったんだよ。『こっくりさん』専用の10円玉を持ってる、だの、テストの答えを『こっくりさん』に聞いてる、だの、変な噂の絶えない男だった。
そんな奴だったから、もちろんクラスからは浮いてたね。浮いてたって言うより、不気味がられてたって方が正しいか。俺は別に、変な奴だな、くらいにしか思っちゃいなかったが、それでも関わりはなかった。
だから、山田と初めて話したのは修学旅行の時だった。俺の学校は京都に行ったんだ。
修学旅行ってよ、最初こそ班別に行動するが、最後のゴールは宿泊所だろ?だから結局みんな集まってって、班なんて関係なくなる。だから、別の班だった山田を見ちまったんだよ。土産屋の前で1人でいる、山田をさ。
関わりがなかったとは言え、さすがにそいつが、いつも1人でいることくらいは知ってた。でも、その時は明らかにおかしかったんだよ。異様なまでの猫背で、腕は骨を抜かれたようにぶら下げられてる。それで口元をニタニタとさせながら、1点を見つめてんだ。しかも目をかっぴらいた状態で。
その視線の先、何があったと思う。
そう、狐の像さ。木彫りのな。
俺は思ったね。『これは面白そうだ』って。
趣味が悪い?お前らだって同じ穴のムジナだろ?
それで、俺は山田のことを暫く観察することにしたんだ。
するとあいつは急に、ぴん、と背筋を伸ばして、そのまま狐の像をがしっと掴んだ。あぁ、万引きか、そう思ったんだが、違った。奴はきっちり会計してったよ。3万円。大学生の俺たちにとっても安い額じゃあねぇ。いわんや高校生をや、だろ?それでも山田は買ってったんだ。いやぁ、その時のあいつ、いい顔してたねぇ。手に入れた喜びの中に垣間見える、有り金を溶かしたっていう焦り。思い出しただけでゾクゾクするぜ。
当時の俺も興奮しちまってよ、その昂りのまま、あいつに話しかけたのさ。
そしたら奴は、ニタつきながら話し始めたんだよ。
狐の像を買ったこと。それは仏師が彫ったものだってこと。そして、その像には、低級霊が宿ってるってこと。
山田に霊感があるかは知らねぇけど、あながち間違っちゃいないかもしれねぇよな。
仏師は、木の中に元々いる仏様を具現化する。それが狐を彫ったってんなら、妖狐かなにか宿ってたんだとしてもおかしくはない、だろ?
まぁとにかく奴は、像の中に低級霊がいるってことを盲信してた。あいつが大好きだった『こっくりさん』って、低級霊を降ろす儀式だろ。だから、その像を崇めれば、『こっくりさん』の効力が上がるはずなんだと。
それから山田は、その像を拝み始めたんだ。それも毎日。決まった時間、決まった場所で、手を合わせたり、手をついたり。まさに熱心な教徒って感じだった。
あいつは元々、文芸部だったはずなんだけどな、像を買ってから1回も行ってなかったらしい。なんでも、放課後になると像に向かって、念仏を唱えてたって話さ。宿直の先生が目撃したってことだから、時間も忘れてって感じだったんだろうな。
低級霊様に念仏を唱えて意味があるのか、俺は知らねぇけどさ、なんにせよ山田は見事にやつれてったぜ。念仏を唱えすぎたのが祟ったのか、念仏なんか唱えたから霊に呪われたのか。
どっちかは分からねぇけど、とにかくあいつは、頬がこけてクマができても、崇拝を辞めなかったんだ。
むしろ加速してった、って言ってもいい。拝む頻度も上がったし、『お供物』までするようになったんだよ。
そう、油揚げだ。像に油揚げを捧げるようになったのさ。
昼休みになるとな、弁当いっぱいに入った油揚げを取り出して、像の前に置くんだ。それで念仏を唱える。そのまま30分、それを続けんだ。それで、休み時間が残り5分くらいって時に、一気にその油揚げを食い尽くすんだよ。しかも箸とかは使わずにな。
隣にいた奴が、それを見て吐いちまったってこともあったな。そりゃ戻したりもするだろうよ。眼の血走った男が、大量の油揚げを貪ってんだ。恐怖やら、胃もたれやらで、吐き気も込み上げてきちまうぜ。
だから『お供物』をするようになってから、なおさら人が寄り付かなくなった。そりゃあ、そんなおかしな奴とは関わりたくないもんな。
だが、1人だけ、口を出した奴がいたんだよ。確か田辺って言ったっけな。そいつ、学級委員だったんだ。真面目で、誠実な奴だったからな。さすがに実害が出始めたってことで、山田のことを注意したんだよ。
田辺も最初は悟すような感じだった。『周りが困ってるから、少し控えてくれ』ってな。でも山田は聞く耳を持たない。いや、もう霊に取り憑かれて、聞ける耳を持っていなかったのかもしれねぇな。山田はちらっ、と田辺の方を向いて、すぐにまた油揚げを貪り始めた。
普段の田辺だったら、そこで手を引くはずだったんだよ。冷静に、他の手段を考えてたはずなんだ。だけどな、その日の田辺はそうじゃなかった。きっと、底知れない恐怖に、呑まれちまったんだろうな。
田辺は青筋を浮かべながら、山田のことを怒鳴り立てた。考えうる限りの罵詈雑言を浴びせてたよ。周りが驚いて硬直してる中、山田だけは飯を続けてた。それを見て、田辺は尚のことキレまくった。そしてついに、狐の像を取り上げちまったのさ。
そしたら、山田の奴、どうしたと思う?
ただ、見つめたんだよ。田辺のことを。
てっきり飛びかかるもんだと思ってたから、俺は拍子抜けしたけどよ、田辺自身は、相当な恐怖だっただろうな。
じっ、と見つめられた田辺は、その場から動けなくなっちまった。誰もが固唾を呑んで見てたさ。山田が、すっ、と立ち上がって、手を上げた。そこに居た全員が、田辺の最期を悟ったね。だけどそうじゃなかった、山田は手を振り下ろすと、田辺の手から像をすくい取ったんだ。そして、何事もなかったかのように、食事を再開したのさ。
田辺はしばらく硬直したままだったが、ハッと我に帰ったかと思うと、教室を飛び出していった。そりゃその場には居づらいもんな。そしてそれをきっかけに、クラスは普段の雰囲気を取り戻していった。
その日、午後の授業に田辺は顔を出さなかったし、誰もそれについて言及したりはしなかったさ。無関心だった訳じゃあねぇ、むしろ田辺のことを気遣って、だ。『明日、田辺が来ても、触れないでやろう』ってな雰囲気だったんだよ。
でも、そんな機会は二度と訪れなかった。田辺が死んだんだよ。いや、殺された、が正しいか。
死体が見つかった日の朝、マスコミの取材で知ったんだがな、『なにか硬いもので殴られて、死んでた』んだと。山田とのいさかいがあった直後だぜ?誰もが山田がやったんだって思ってた。でも、1人として言い出せなかったんだ。だってよ、もしそうなんだとしたら、『今度は俺が』って話になり兼ねないだろ?
結局は、学校が隠そうとしたことも相まって、その事件はうやむやになったさ。だけどな、俺は気付いちまったんだよ。その日を境に、山田の狐像が赤くなり始めてることに。
絵具の赤って感じじゃねぇんだよ。なんていうか、色の深みっていうか、塗りのムラっていうか。とにかくあれは、絶対に血の色だ、って思ったね。それなら色が変わったのが、田辺が殺された日からってのにも合点がいくだろ?像が田辺の血を啜ったって考えれば。
まぁ実際のところ、田辺の血を、山田が塗りたくったってのが、とどのつまりだとは思うがな。
赤みは日に日に増していって、臭いもきつくなっていったんだ。さすがにクラスの奴らも気付き始めて、『田辺の呪いだ』とか『生贄を捧げてるんだ』とか、色んな噂が広まってった。
赤くなり始めた日を知らねぇから、田辺の血と結びつかないんだろうな、とか少し馬鹿にしてたよ。だが、俺は気づいたんだ、自分の考えが間違ってることに。だってそうだろ?田辺の血を吸ったんだとしたら、なんで赤くなり続けてるんだ?
呪いの類いだとは微塵も思っちゃいなかったが、不思議で不思議で仕方がなかった。だから、山田のことを尾行することにしたんだよ。
放課後、俺は部活を休んでまで、山田の『お祈り』を見張った。そしたら本当に念仏みたいなのを唱えてやがったぜ。もし像が仏像だったら、敬虔な僧侶だって讃えられてただろうよ。
学校が閉まる時間までずっと見てたんだが、結局、最後まで飲まず食わずでやり遂げたんだよ。そりゃ、やつれたりもするだろうぜ。下手な運動部より何倍もきついこと、してんだからな。
そのあと、山田は帰路に着いた。奴はまっすぐ家に帰ったんだ。
え?家まで尾行したのかって?当たり前だろ。学校から家までの間に、人を殺してる可能性だってあるんだからよ。
ま、さすがにその日はそこまでで諦めたけどな。『明日1日監視してみて、それでも究明できなければ、家の中まで調べてやろう』って思ってたんだ。
だけど、その必要もなかった。次の日の朝、原因が分かったんだからな。
翌朝、山田の家の前で、早くから張り込みをした。朝練の時より少しだけ前に出たんだが、ギリギリ間に合ったみたいだった。山田が家から駆け出してくる場面を、ちょうど目撃してな。あいつは走ってるつもりらしいが、文化部、しかもやつれきってる奴だ。早歩きで十分ついてけたよ。
学校までの道すがら、俺はずっと狐の像が気になって仕方がなかった。赤みは濃くなってるのか、それともなっていないのか。今すぐにでも確かめたかったが、早る感情を抑えて、山田が像を取り出すのを待った。
その内に学校に着いんだが、山田はクラスには向かわない。奴はトイレの個室に入ったんだ。
絶対に何かある、そう思った。だから隣の個室に入って覗くことにしたんだ。ズボンを脱ごうとしたら、そこで覗きを止めようってな。
やっぱりあいつはトイレをしようとしてる訳じゃなかった。カバンを開けて、そこから像を取り出した。色は昨日から変わっていない。
俺は喜びの声を上げそうになるのを抑えて、山田のことを見続けた。
すると奴はもう1つ、カバンから物を取り出した。なんだったと思う?
カッターナイフだ。
ここからは言わなくても想像はつくだろ?カッターナイフ、手首の傷、湧き出る血、不気味な笑顔、赤く染まる狐の像。
血が苦手って訳じゃないが、さすがにフラフラしちまって、音まで出しちまった。もちろん山田と目が合っちまう。俺はどうにか、『何やってんだよ』って絞り出した。
そしたら山田は嬉々として言ったんだ。『こっくりさん』を通して、お告げを受けたんだ、ってな。
奴はまくし立てるように語り始めた。
『像の中にいるお狐様が、血を求めてらっしゃる。生き血を捧げないと消えてしまうんだよ。田辺の奴の血を吸って、やっと目覚めてくださったんだ。このまま立ち消えになる、なんてことはあってはならない。だからこうやって毎日、僕の血を捧げてるんだ』
そこには、いつものキョドってる山田の姿は微塵もなかった。そして、焦点の合わない眼でギョロリと俺を見つめて、こう続けたのさ。
『でもさ、最近じゃ、僕のだけじゃ足りないらしいんだ。丁度いいから、君も手伝ってよ』
あれほど狂気に満ちた笑顔は、人生で初めてだった。カッターをカチカチ言わせると、あいつは俺の個室に回り込もうとした。俺もさすがに焦った。どうすればいいかなんて思いつかない。ドアを内側から押さえつけた。どん、どん、とドアに衝撃が加わる。きっと体当たりしてるんだ。あんなやつれきった身体の、どこからこんな力が出てるんだ。そう思うくらいの強い衝撃。どうすればいい。鍵を閉めるか。でも上から入ってきたら。逃げ道なんてない。どうする、どうする。
突然、ドアへの打撃が止んだ。登ってくる、そう思って身構えた。だが、一向に奴は顔を見せない。
出てくるのを待ってるのか。こうなりゃ、真っ向から迎え撃つしかねぇ。そう腹を括って、ドアをそぉっと開けた。
あいつの姿はない。どこだ。外には出てないはず。
辺りを警戒しながら、個室の外に出ようとして、何かにつまずいた。見ると、山田だった。どうやら気を失ってるらしい。きっとエネルギーが切れちまったんだろうな。俺は安堵と、そして恐怖を感じて、逃げるようにそこを後にしたよ。
その日、山田や周りの人間が普通に生活してたところを見るに、誰かに見つかる前に目が醒めたんだろうな、山田は。つまり、あいつがリストカットをしてることや、狐の像が赤くなる原因は、公にならなかったってことだ。
俺は、それからも山田のことを観察してた。もちろん、ある程度の距離を保って、だけどな。
だってよ、あいつが倒れるのが先か、誰かを襲うのが先か、興味あるだろ?
だけど、結末はあっけないものだったぜ。
それは雨の日、野球部が教室で自主練をしてた時の話だ。部員が誤って、使ってた軟球をぶっ飛ばしちまったんだ。
飛んでったのは、お祈りをしてる山田の方向。丁度よく像に当たって、机の下に落ちる。落ち方が悪かったのか、それとも血のせいで腐ってたのか、とにかく、狐の像の首が取れた。
その途端、山田が金切り声で叫んだ。と、思うと、バッタリと倒れちまった。近寄ってみたら、泡を噴いてたよ。
その後、山田は保健室に運ばれたんだが、それ以来、あいつは学校に来なくなった。なんでも、気が狂って病院に入れられてるらしい。
これでこの話は終わりさ。な?あっけないだろ?
いやぁ、崇拝するものが壊されて、気が触れる。これぞ信仰心の為せるワザ、なのかねぇ。
あ、ちなみに、像を壊した奴は今でもピンピンしてるぜ。どうやら、山田が崇めてた『主』には、霊力なんてものはなかったみたいだな。
え?なんで壊した奴のことを知ってるかって?
だって、像を壊しちまったのは、俺だからさ」
ふっ、と息が吹きかけられ、蝋燭が消える。語られたのは34話目。百物語はまだまだ続く。
百物語 -サークル合宿最終日の夜にて- @yuichi_takano
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます