トランプたのしいな


「さて、お話だが」

「うーん、あがり!」

「あら、やられちゃった」

「ちぇー松原君ったら強いなぁ」


 ……みなさん俺の話を聞いてくださいませんか。これからのお話をしましょうって言ってるんですけど。


 町の中にある”かつて石造りの小屋だった”俺の家。二階建ての内の一室、そこで俺は初日の夜の時のように三人を招いて松原が所持していたババ抜きに興じていた。


 この家が小屋だったころに比べるととても広々としている。二階建てな上に一人には持て余す部屋の数は快適ではあるけど、さすがに贅沢すぎて変にスペースが余りまくるのが落ち着かない。他のクラスメイトも同じ考えなのか、一人当たり一つの家を貰っても、一人で寝ることはめったになく友達同士で固まっているようだ。初日と変わんねぇな……


 元の世界では住んでいたアパートは狭いとは思わなかったけど、身に余る物をもらってもあんまり嬉しくないモノだと実感する。


 ……父さんは元気だろうか。


「……で、終わった?」


 せっかく四人で集まって話をしようって時に誰がババ抜きをやろうなんて言い出したのだろうか。


 ……まぁ、俺も俺でつい参加しちゃったのだから何かを突っ込まない様にしよう、うん。


「よし、じゃあ確認するぞ。まずはここの状況だ」


 気持ちを切り替えて、俺は島崎に視線を移した。


 俺たちはこうやって初日から今日にいたるまで秘密の会議をしている。


 それは……そもそもこの世界は何なのか、などだ。


「森川さんの飛行能力を真似てみたけどさ、うん、確かに広がっているよこの町」


 島崎の言葉を聞いて、俺たちはその事を不思議に思わなかった。


 実は、先ほどにも触れたがこの町は元”村”だ。この家も元”石造りの小屋”だ。


 ……順を追って説明しよう。あれから毎日、魔物たちはこの場所を襲撃しようとしてきた。そのたびに森川は勝利を掴み、敵を撃退してきた。


 するとどうだろうか。寂れていた村だと思われていたこの地域が、だんだんとその姿を村から町へと変質させていった。寝泊まり出来て雨風をしのげるだけだった小屋もいつの間にか二階建ての住宅へと変貌していたのだ。今となってはあの森や川のあった場所も消えて、建物が建てられている。


「ほら、ここがまだ”村”だった時に平原に石造りのドームが設置されて、森とか川とかあったでしょ。村だった時はそれらを含めてここの全体的な広さだったと思うんだ。それが、森は切り倒され、川は埋められて、石造りの小屋が建物に変わっていった。それどころか、ここを取り囲む山から感じ取れた距離が明らかに広がっている」


 島崎の言葉はウソではない。初日は召喚された場所から村の外に出るまでそれほどの距離はなかったはずなのに、今では体感的に自分たちの家や町の中央へ行くと長く歩いているように思える。


 初日に、金髪の女が触れていたことを思い出した。


「……魔物を倒していくうちに、やつらに食われたモノが戻って来てる?」

「うん。あの人の……”金髪の女”さんの言うとおりだ」


 世界は元に戻る。魔物を倒し続ければこの世界で失われた物は取り戻される。


 一番の証拠は今日戦った魔物の外見だ。初日は人のパーツを掛け合わせたようなデタラメのデザインが日ごとに規則性を持った姿を取り戻しつつある。


 それは、襲い掛かって来る魔物たちも元の姿を取り戻しかけていると言う事だ。


 元の世界に戻れる手段は魔物を倒し続ける事だと言うあの女の言葉に真実味を感じ取れた。


「んじゃ、次は松原だな」

「あ、ボク? ボクの見たところ、問題はないよ。女の子たちの精神的な部分はだいぶ安定してる」


 松原がきざったらしくも流し目で俺の方を見つめてくるが、その瞳には自信がありありと見て取れた。


「初日から数日にかけてまではヒステリーを起こしたりパニックを起こす子は多かったよ。モノに当たったり八つ当たりしてくる子はいたし、半ば閉じこもる子もいた」


 それは俺も覚えてる。あの日、勝ったことで浮かれたクラスメイトの中には初日のバケモノのショックに戦う事を放棄して小屋の中に閉じこもる奴も何人かいた。

 

 無理もないだろう。昼休憩の時にご飯を食い終えた後、生きるか死ぬかの戦いに無理やり参加させられて、帰れるかどうかわからないのだ。パニックにならない方がおかしい。


 だが、最悪の事態は避けられた。森川の雄姿によって多少の精神的余裕を持てた生徒たちが彼らを励ましたのだ。閉じこもる連中の中には知り合いだっている。友達の存在が、その命をつなぎ留めた。


 それは、こいつだってそうだ。


「にしてもお前もお前でよくがんばったな。結構奔走してただろ」

「まーね」


 鼻をこすりながらどや顔を向けてくるコイツの額をちょっと小突いてやった。けど、功労者なのは間違いない。こ憎たらしいが。


 俺が驚いたのはこいつもクラスメイトのメンタルケアに参加していたことだ。しかも、これが効果抜群。


 元からプレイボーイというだけでなく、幅広い年齢層に付き合いがあってか誰とも話を合わせられるこいつは女子だけでなく男子とも気が合うようで、今となっては話し相手としては引っ張りだこのようだ。


 それでいてこいつの話し方が旨いだけあって適切な距離感を保ちながら彼らを自立させる程度には回復させることが出来たのだ。


 図らずもこいつは十数人の生徒の命と心を救ったことになる。割かし、尊敬の念を抱かずにはいられない。


「……ちょっと尊敬するわ」

「ふふっ、だって今回の事で恩を売っておけば何らかの繋がりで女の人を紹介してくれるかもしんないしね!」

「えっ、あなたまだ付き合うつもりなの……?」

「お前この中だと一番に早死にしそうだな……」


 まぁ、今回の一件で何かロマンスが起きてもそれはコイツの責任だ。清いおつきあいを心掛けてくれと願っておこう。


「あーで、次は委員長だな。この異世界の事とか……帰る手段については……」


 小野の瞳が残念そうな色合いを向けて、首を横に振った。


「……ごめんね。何も得られなかったわ」

「……そうか」


 落胆とも申し訳ないとも思える彼女の態度から、本当に求めていた情報はなかったのだと思い知らされた。


 この世界は前の世界のどれくらい取り戻せたのかは知らないけど、この世界や国に関する成り立ちを知れる書籍の一つや二つくらい戻って来てもいいはずなのだ。


 なのに、金髪の女曰くまだ戻ってきてないとのこと。


「それに、何を言ってもはぐらかされてるような気がしてならないの。今はまだ、戦うだけでいいですからって」

「……なんか、いまいち信じられないよな。アイツ」

 

 この世界に来た以上、俺たちには自発的に動こうとしていた。


 一つは、親も警察も法もないこの場所ではもっと自分の頭で考えなければ生きてはいけないだろうと言う事。


 もう一つは……そもそも、あの金髪の女の話がどこまで本当か疑わしい部分もあったからだ。

 

 俺たちの重要性がどれほどのモノなのかは全く分からない。この世界におけるチート能力だとかが、過去の武人たちと比べて如何にして優れてるのかは確かめようもない。


 しかし、この世界にもこの世界の都合があり、もしも元の通りに戻せたら……俺たちはどうなるのだろうか。


 その時、俺たちの身柄は? 本当に元の世界に帰してくれるのか?


 倒せば世界が元に戻る確証を得られても、返してもらえる確信はない。せめて、あの女の腹の内が読めればと思う。


「それにしてもあれだね。金髪の女、金髪の女ってすごく呼び辛いね」

「しゃーないだろ。魔物に食われて”残った部分”があれだけなんだからな」


 島崎の言う通り、あの金髪の女については話題に上がるたびに呼び辛く感じるが、俺たちは彼女の名前を読むことが出来ない。


 これは本名を知らないからではない。俺たちがこうやって仮名をつけないのは、単純に名前を付けられないからだ。


 以前の事だ。固有の名前を呼べないことを不便に感じた森川が、彼女に名前を取り戻すまでの仮名をつけようとした。ところが、その名前を呼ぼうとしたとたん、森川はその名前を”呼べなくなった”のだ。


 彼女の”名前”は魔物によって食われただけでなく、彼女を指す”名称という型”そのものが食われてしまったのだ。つまり、名前をつけようとしても名前を収めて置ける概念が元から無く、森川が名付けてもその名前は”零れて”しまう……ということだ。


 彼女の存在が、戦い続ければ取り戻せると言う事実に近づいたともいえる……皮肉なことに。

 

「……とにかく、この世界で生きるのも生かされてるのもすべては……あの”金髪の女”さんに頼るしかない。相手が魔物じゃないってだけで、私たちは生殺与奪を握られてるのには違いはない……けど……出来る事なら、あの人に頼るだけじゃなくて自分から帰れる手段を探したほうがいいと思う」


 小野の言葉が弱弱しく聞こえてくる。実際、彼女も不安なのだろう。日にちを重ねることでだんだんと環境に慣れてきたクラスメイト達だが先を考えればまだまだ不透明だ。


 考えすぎだ。そう言って肩を叩いてやると彼女は力のない笑顔を向けてくれた。


 ……気持ちを切り替えよう。外で風に当たって来ることを伝えて、俺は家を出た。

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嫌われ系お嬢様と異世界クラス転移 robo @robokemo

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