五日後



「はい、いっくよー! どかーん!!」


 縦横に舞う少女の身が青空の中を描き、指を指した化物の動きを止めた。


 今回の怪物は牛の頭に人間の体を持った異形なバケモノだった。牛から頭を切り取って、そのまま人の体に張り付けたようなパッチワークの怪物は見れば圧倒されるが、初日の頃のようなグロテスクな怪物に比べたらはっきり言ってかわいい物だ。


 島崎が言うに、あれはミノタウロスと呼ばれる怪物らしい。


 森川に指を指された怪物は見えない糸に縛られたように動けないでいた。抗っているのか、体に力を込める奴の体には透明な鎖によって締め付けるように体にあざの跡ができ始めている。


 だが、奮闘むなしく怪物の体はコマ切れとなってばらばらとその身を落としていった。


「はい、おっしまーい」


 宙を華麗に泳いでいた森川が着地する。


 その途端、クラスメイトが森川を絶賛で包んだ。


――すっげぇぇぇ!


――さすが森川さんだわ!


――ありがとー! ありがとー、森川ー!


「……すごい人気だね、森川さん」

「だろうな。なにせ、どんどん強くなっていくんだ。逆立ちしたって勝てねーだろ」


 称賛を浴びる彼女を見て、俺と島崎はボーっと見る事しかできなかった。


 いや、こんなことを言っては何だがこの世界に来てから俺を含めた低レベル帯の生徒はほとんど森川を応援するか彼女の雄姿をまざまざと見せつけられるかのどちらかだ。少なくとも、この世界に来てから”五日”は経ったが俺たち側から積極的に戦いに参加したことは一度もない。


 ……そうか、五日経ったんだな。


 この世界に連れてこられて、石造りの小屋の中に籠り、腹が減ったときに食料置き場に行くか共同トイレを利用する時ぐらいしか外に出ない、そんな魔物と戦う時以外の生活。こんな生活を五日も過ごしてるのに、目立ったトラブルは一度もない。


 戦闘に関してはもっぱら森川が先頭に立っている……というより、俺たちの中で一番の高レベルで敵を撃破しまくるアイツは今やその五倍となってレベル50。そんな彼女が右に並ぶ者ないほどの活躍をしてくれてるおかげで、俺たちは痛みを伴うことなく平穏に過ごせている。


 クラスメイトにはヒステリーやパニックを起こした者はいたが、その者たちもだいぶ精神的に安定してるし、負傷者や死傷者は出ていない。


「よーし、みんな帰るよー! おいしいご飯が待ってるからねー!」


 独善と独断と独特な高音ボイスが俺たちに降りかかる。


 金髪の女に話を聞けば、森川自身はこれからもどんどん強くなっていくそうだ。力の数値化として定められたレベルも最大値は99らしく、その半分ともなればアイツは確かに最強のようだ。


 けれど、俺たちは全然強くなれない。アイツは初日で念動力による衝撃波や空中を舞う飛行能力、さらにはさっきのように高速に飛び回りながら目に見えない念動の縄で絞め殺してみせたのだ。これ以外にもアイツは念力の刃や発火能力を持ち合わせていて、本当に右に並ぶ者はいない。俺でさえ、出来る事と言えば最近になってちょっと浮くくらいしかできない。


「早く戻ろう。砂山君」

「……ああ」


 島崎に腕を引っ張られ、俺たちは”村”に……いや、”町”に戻っていった。


…………


 書き割りのような山の隙間を通り、森の中を抜ければそこに”村”はなかった。絵本や小説の中でしか見れない、中世の街並みがそこにあった。


 石と煉瓦らしきものが立ち並ぶ二階建ての建物たち。それらが木々がそびえる森のように規則的に立ち並び、開けた石造りの道路が整備された街並みを連想させた。草原やむき出しの土の道を歩いていたときは段違いだ。


 町の中はソコソコ歩いた。山奥のさびれた村とも言えた風景が、島崎の言ってた通りの中世ヨーロッパめいた景色が広がっている。


 そんな俺たちクラスメイトの先頭を勝利の凱旋とばかりに森川は肩で風を切って歩いている。誇らしげな顔が自信満々の様相を周りに見せつけているようでこ憎たらしく思うが、実力を伴ってるからむしろ納得の威風だ。


「いやっほー!! うたげだうたげー!!」


 町の中央にくると他の建物よりかは飾り立てられた建築物の中へと入っていった。赤い絨毯が敷かれ、煌びやかな教会の内装を思わせる通路を歩いていくと、俺たち生徒全員分のテーブルが並べられた部屋にたどり着く。


 テーブルの上には器に盛られた色とりどりの果実。皿にデンと鎮座する巨大なブタの丸焼き。日本人にはなじみの深い米類などなど。金髪の女が、どこからともなくその場に出現させた飲食物だ。


「よーし、皆食べていいよー!」


 森川がそういうと他の生徒たちも次々に食事に手を付け始めた。


 ……こんなものを口にして大丈夫なのかって? 初日からしてパンだかよくわからない物を食ってたより、おいしくて腹にたまるこいつらがあるのだからもう何も言わない。


「あれ? たべないの?」

「……食べるよ。うまいな」


 勝利の飯はうまい、仕事の後の飯は最高だなんて誰が言ったのだろうか。勝っても勝ってもらっても飯はうまい。ただそれだけだ。

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