異世界事情



「みなさまお疲れさまでした。世界を救う英雄の力の手伝いもあって私たちは救われました」


 声が響く。スピーカーなどの音響装置なんてものがここにあるはずもないのに、その声は俺たち全員に届かせた。


 あの金髪の女は絶滅を引き起こす魔物を退治してくれたことに感謝を抱いているのか、俺たちを称えるように高揚気味に声を張り上げている。それほどまでにあの怪物は難敵だったと言うのか。


「これでしばらくは”村”のほうは平和を保てるでしょう。次の魔物が来るまでに、皆さんは各々家の中で――」

「ま、待ってください!!」


 早々に話を切り上げかけた女の声に異を挟む形で島崎が声をあげた。


 狼狽と困惑の色が強まっている島崎は焦りを隠しもせず、心情に浮かび上がったであろう空想を次々をしゃべりたてた。


「あの、教えてください。いろいろと、その、全部!」

「……教えてくれ、とは?」

「まずこの世界は何なのですか。なんでボク達が呼ばれたんですか? あの怪物は何なんですか?」


 それらの言葉は俺たちクラスメイトにとって、まさに「今聞きたかったんだ!」と思わせる言葉だった。


 この世界に唐突に呼ばれて、それなのに俺たちはいまだにこの世界や怪物について何も知らない。こいつの言う通り、異世界テンプレというのならばテンプレートをなぞる様にして行動すればいいのだろうが、結局それに外れているから俺たちは何をしようにもやりようがない。


 だからこそ、今ここで俺たちはこの世界の基礎的な部分を聞かせてもらわなければならないのだ。


 幸い、異世界テンプレという物に当てはまらなくともここには異世界テンプレとやらを概念的にとらえている島崎がいる。コンピューターであれ、音楽であれ、スポーツであれ、専門的なことは知識だけでなく備わった常識も必要とされる。


 俺たちは口を挟まない。島崎の質問によっては俺たちの今後が決まるのだ。この場で島崎の邪魔をしないように、誰もが息を呑んで見守っていた。


 ……幸いなのは森川の方はふふんと鼻を鳴らしてふんぞり返っているまま何もしてこない事だろうか。敵を倒した満足感もあって口を挟もうとはしてこない。


 だからしきりにこっちを見ないでほしい。わかったわかった、すごいから……


「……この世界に”名前!はありません」

「……えっ? あの、この世界に国や王国は……」

「確かにあなたの言う通り、この世界にはあなた達と同じように”国”や”村”がありました。何億という命が地上を満たし、その技術と知識を持って栄えていたのです」


 今の言葉に俺たちは唖然とした。


 ”かつて”。この言葉は過去に対するモノへの言葉であり、今は”ない”と言っているようなもの。金髪の女の声色は悲しみに彩られ、鼻をすすりながら声を紡ごうとしている。


 彼女の心情と先ほどの言葉を繋げればこの世界は……


「本当はあなたが触れていたようにこの世界にもエルフやドワーフなど、多くの亜人たちも存在していました。ステータスプレートだってレベルだけでなくスキルや職業といった項目もあり、魔法もあなた達の世界と同じように地水火風の四つの属性があったのです」

「……」


 島崎は沈黙している。顎に指をあてながら思案し、次の質問を考えているのだろうか。


 けれど、俺たちの中ではすでに一つの答えを出している。


 ――この世界は、とっくに滅んでいる。


 この世界には国があった、人がいた、多くの種族がいた。だが、この世界に現れた魔物がすべてを踏みにじり、根絶やしにしてしまった。


 俺たちがいるあの村は、言うなれば最後の防衛ライン……いや、追い込まれた異世界人の最後の場所なのだろう。そう考えれば、島崎の言っている王宮でないことにも説明がつく。村に、ヒトがいないのも……


 しかし、彼女の言葉だけでは俺たちはまだ納得できない。


 その事に島崎が気付いたのか……


「ちょっと待ってください。国や人が魔物によって滅びた……というのならわかりますが、魔法や職業が消えるって……」


 それはあまりにも不思議なことだった。


 元々あった建造物や生き物その物が絶滅させられたのならまだわかる。だが、魔法についてはそこまで詳しくないが、俺たち人間でいうところの兵器や武器に置き換えればわかりやすいのだ。


 魔法と一般的に考えれば、呪文を唱えたり杖を振って発動させるといったモノが分かりやすい魔法のイメージだ。道具は必要かもしれないが、唱えれば使えそうなものが消えてしまうとはどういう事だろうか。


 ただ、これはあくまで一般的なイメージだ。この世界における魔法はもっと実態が違うのかもしれないから断定はできない。


 ほかに気になるのは職業だ。これ自体、わざわざ話として取り上げる必要性が全く分からない。


「……それは奴ら……魔物たちは単に形としてあるモノだけでなく、形として残らないエネルギーに加え”抽象的な概念”そのものすらも食らってしまうからなのです」

「が、概念……?」

「あなた達も気になっていたでしょう。あの村を覆う断面図を晒している山々を。なぜ、この世界に来てから私が自身の名前を名乗らなかったのを。この、どこまでも広がる草原を」


 あれほどまでに感謝の念を抱いていた声色が、意を決して真剣さを帯び始める。


「”やつら”はこの世界にいる人々や建築物を”食う”だけでなく、この世界に有る”空間”その物すらも口にしてしまったのです」

「く、空間!?」

「それらにより、この世界にある大陸を構成する土地、海原、大空、さらにはこの世界に存在していた”魔法”や”職業”という概念。挙句の果てにはこの世界に生物が存在していたと言う事実すらも”魔物”は食ってしまったのです。それゆえに、この世界は食われ食われて食われて……際限ない”魔物”の食欲によってこの世界に残ったのは奴らの食い残し……つまり、この村だけが残ったのです」


 島崎の言葉と同時に俺たちも声をあげずに驚く。


 俺たちは戦いに赴く前の村へと目を向けた。断面図を晒している山に囲まれたあの村は、言わば例の魔物によって口をつけられた”歯型”のようなものだったのだ。


「あなた達のステータスプレートもそうなのです。奴らは単に土地やヒトだけでなく、我々の持つ魔法という概念そのものすら食い尽くし、さらには我々が魔物に反逆するための”手段”すら食われてしまったのです。ゆえに、火や水といった属性によって体系化されず、根本的な魔力による力……”念動力”が残ったのです」

「……残ったのが念動力……?」


 疑問の言葉を投げかけた島崎に金髪の女が押し黙る。


 確かに気になっていたのだ。魔法という世界に対して”サイコキネシス”という不釣り合いな言葉。


 数秒ほどの沈黙を続け、ようやく担って彼女も口を開いた。


「……正確に言えば、サイコキネシスに似通った超常の力と行った方がいいかもしれません。皆様方の世界において、しっくりくる言葉としてこの言葉を選ばせてもらいました」

「……ありがとうございます」

「先ほども言った通り、この世界は食い尽くされてるのです。もう残っているのは私だけ……その私ですら”名前”も食われてしまいました。皆さんを呼べたのも……ほんとうに奇跡……!」


 悲痛に染まった金髪の女はすすり泣きながら俺たちに語る。彼女の後がないとばかりの境遇に多少の同情心を抱いてしまい、何も言えなくなる。


「……だからこそ、呼び出してしまったことには私自身も本当に申し訳ないと思っています。先ほども説明したようにみなさんを元の世界に戻すにはあの魔物を倒しつくさなければ戻れないのです。なぜなら、”元の世界に戻れる魔法”自体が魔物に食われてしまったのですから」

「……その、事情は分かりました。じゃあ、今日は村へ……」

「何か質問があればまたいつでもお聞きください。それでは……」


 そう言い残し、金髪の女の声は聞こえなくなった。



「ボクの考えは間違っていなかった。この世界は異世界テンプレ的な中世ヨーロッパ風な異世界だったんだ!」

「……あってるって言っていいのかコレ」

「ちょ、ちょっとくらい当たってるでしょ!? くじだって前後賞とかあるし、多少ズレてるくらい!」

「多少の”ズレ”としてお前の中ではセーフ判定なのか」


 すっかりと夜空に包まれた村の中で、俺たちは明日に向けて休んでいた。


 この村には岩によってくみ上げられた小屋がいくつもあり、その中ではボロい敷布団と掛布団があるだけ。不思議と中は温かくもなく冷たくもない適度な温度で過ごしやすかった。


 小屋の方は数に限りがあるが、俺たちクラスメイトが一人一小屋つかっても余裕はある。しかし、今日の”こと”が”こと”だけに一人で寝る勇敢な物は無く、気の合う仲良し同士でグループを作って寝ている。


 ちなみに俺は島崎と同じ小屋だ。元の世界でも気が合うからというのもあるし、俺だって人並に孤独や恐怖だって覚える。話し相手がほしい。


 外の方には共用トイレがあるから大小であれ大丈夫なのだが、そこは元が中世ヨーロッパ風だ。女子の中にはつかいたくなーいと泣きだす者もいるが贅沢は言えない。


 飯については……小屋の中の一つに”食事用”と書かれているのがあって、その中では小麦粉を丸くコネて造ったパンっぽい何かが置かれているのだ。マズくはないし、腹はたまる。味は……贅沢は言えない、といった感じの味。


「……あなた達、ちょっといい?」

「やぁやぁ、こんばんは。今日は良い夜空だよね」


 透き通った声で真面目さを感じる声ときざったらしいイケメンボイスが共に俺たちの小屋に響く。


 入って来たのは魔物との戦いのときにクラスメイトに説教していたクラス委員長の小野(おの)だ。短く切り揃えた髪にメガネとこれがまた本当にイメージ通りの真面目な女の子といった感じだ。


 入って来たもう一人は松原(まつばら)。茶髪に整った顔立ちで何でもできるイケメン様だが付き合っている女性が二十人以上とすごいプレイボーイ。冗談だろうと笑ったことがあるが、痴話げんかの時に出来たと言う腹のナイフ跡を見せられて本当なんだなってわかった。


「小野さんに松原くん? どうしてボク達の小屋に?」

「ちょっとお話したいことがあったから来たのよ。あなたたち、あの中だと結構冷静だったから」


 まぁ、その通りだ。あの状況、俺が問い詰めたとはいっても島崎自身が打開策を考えたり金髪の女に進んで質問したのも島崎だ。


 普段から同学年の中で理知的な意味で大人びている小野はクラス内でも発言力のある少女だった。行事があれば率先して行動し、さぼりがちな掃除の時間でも彼女だけは黙々と行っている。それをからかわれたりすることもあるが、意にも介さず受け流したりと精神面の意味でも強い少女だ。


 そんな彼女だからこそ島崎に頼ろうとするのは納得できた。現に俺だってそうだ。


「あなた、この世界に来てから……えー、あ、その……”いせかいてんぷら”?」

「小野さん、異世界テンプレだよ」

「?? えと、とりあえずジャンル的なものとしてはそれでいいのね?」

「いや、確かに知らない小野さんへの説明としてはそれで十分だけど、あくまで異世界テンプレって言うのはボク達の間での共通認識の一つであり、大本は異世界転生というネット発の小説形体がだね」

「どーどー、早口早口。お前スイッチはいってんぞ」

「……ぁう、ありがと砂山くん。ええとだね、小野さんの言う通り確かにボクはこの手のシチュエーションを元にした小説をいくつか読んだことがあってね。だから、あの時もすぐに対応できていたって言うか」


 自分の好きなことに対して熱中してしまう。その気持ちはよーくわかる。俺だって自分の好きな作家やシリーズ物だったらその作品だけは中古ではなく新品で買ってしまうほどだ。


 だが冷静に見て見れば小野の方はぽかーんとしている。知識披露であればついてこれない小野に責任があるかもしれないが、今は説明の方が重要なのだ。


 こほん、とせきをして彼女は脱線気味だった話を元に戻してくれた。


「な、なるほどね。だからあの時あなたは比較的冷静だったってわけ」

「へぇー、こういう時にああいう小説って便利なんだね。ボクも読んでおけばよかったなぁ。大学生の彼女がそう言うのを持っているんだよ。興味なかったから読まなかったけど」


 さりげなくもないプレイボーイ自慢に「ははっ」と薄ら笑いを浮かべてやったが本人はむしろ誇らしげである。幸せそうで何より。


 ただ、実際にこいつには大学生の彼女がいるとは言っているが付き合っているのはそれこそ一人や二人ではない。話を聞けば上は社会人、下は中学生まで、両手では数えきれない異性を我が物にして”彼女”として扱っているのだ。さらに、もっと驚くことを言わせてもらうとなんと全員と”清いおつきあい”をしているとのこと。


 ただ、それでもコイツ自身には殺傷事件やら夜道に襲われるなんてこともひっきりなしにあるのだ。いい加減懲りてくれない物だろうか。お前が襲われるたびに地元にやってきたリポーターに答えるこっちの身にもなってくれ。


「ははっ、そうなんだね松原君。それじゃあ今度ボクのおすすめを教えてあげようかな」

「それはありがたいね。で、島崎君、君はこれからどうするつもりだったんだい?」

「これから森川さんやほかのクラスメイトに忠告しようと思うんだ。テンプレから外れてるけど、もしかしたら事前知識として使えるかもしれな――」

「行ったら死ぬぜ、キミ」


 通常通りの言葉遣いのまま、金づちで殴られたかのように島崎が固まった。


「……えっ、ま、まって、どういう」

「ボクがプレイボーイだって知ってるだろ? 女の子と付き合っていると機嫌なんて態度だけでなく纏っている雰囲気でわかる。そういう時は修羅場を察知した肌がぴりつくときがあるんだ。今、森川さんたちの空気は”ヤバい”」


 普段からきざったらしく仰々しいコイツの表情がいつになく真剣みを帯びている。口元は余裕をもって釣り上げているが、瞳の方はまったく笑っておらず、それが単なる虚勢出会えることが伺えた。


 虚勢。あの村の外で出くわした魔物の時ではなく、安全地帯のはずであるこの場所で。


「……オイ、松原。それはどういう意味だ」

「砂山君、キミだって見ただろ。クラスメイト達の森川さんを祭り上げるあの光景を。ボク達の中で唯一強大な力を持っていて、心細い土地で何よりも縋りつけるシンボルその物。そんな”安寧”というなの風船に針をつついてごらん? その矛先は絶対にキミたちに向けられるぜ?」

「……実は私たちがこっちに来たのは訳があるのよ」


 松原に続き、小野も口を開き始めた。真面目さとはまた別の切迫した空気が声からも伝わる。


「砂山君も見ただろうけど……尋常じゃなかったでしょ。みんなの怖がり具合」

「状況が状況だしな。いきなり連れてこられて戦えって言われて……むしろ呑み込めて冷静でいられる俺たちは奇跡的だもんな……」

「尋常じゃないストレスに命の危険。あんなことがあってからみんな……森川さんにすがり始めている。私の方も一声かけたら……その、”異物”を見るような眼をしてたわ」

「ありゃ異常だねぇ。十五股がバレて郊外でリンチされかけた時よりも恐怖だ。ここは警察もいないからなぁ」


 ……森川を中心としたあの異様さには確かに慄いたがここまで悪化していたのか。緊急時によって訪れた環境は現実を直視するだけの心の強さは保てなかったのか。


「でも待て。だったらお前たちなんでこっちに来たんだ。森川の所に行って同調に行けばいいじゃねぇか」

「……私が望んでいるのは一人も死なないで元の世界に戻る事よ。恐怖と孤独に怯えて盲目になる事じゃないわ。私くらいしっかりしておかなきゃ全員共倒れしちゃうじゃない」

「ボクとしてはクラスメイトが死なれるのも夢見悪いしなぁって。いざって言うときは盾になってあげるから任せなよ。最近は殺傷案件に対面しても内蔵に刺さらないように回避できるようになったんだ!」


 ……素直に、嬉しかった。


 未知の世界に連れてこられて、先行きが見えない不安で冷たくなっていた心がじんわりと温かく感じる。冷静に捉えていると思っていた自分でも人の親切心を求めていたという事に気づかされた。


 ただ松原はもうちょっと付き合い方を考えろとは思う。というか何も言わずとも「じゃあここで寝るからね」って言って俺の布団に入るのやめろ。布団の中で屁ぇこくな。なんなのお前、来てくれたのは嬉しいけど何なのお前。


「……ん? えっ、ここで寝るのかお前ら!?」

「さっきも言ったようにほかのグループに入れる気がしないからこっちに来たのよ。あ、ちゃんと私の分の布団は用意したから」

「ごめんねぇ、砂山君。ボクの分の布団、ココに持ってくる途中で落としちゃったんだ。だから一緒に寝よっか!」


 朗らか笑顔でぽんぽんと敷布団を叩く松原。かもーんとばかりに手招きをしてきたのが最高にイラっと来たので島崎が持っている掛布団を借りて寝ることにした。


 こうして、波乱の異世界一日目が終わった。




・現在の彼らのステータス



【砂山 レン:レベル2】


【島崎 ケント:レベル4】


【小野 ミサ:レベル6】


【松原 セイヤ:レベル4】


【森川 ナミ:レベル11】

 

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