これで死ぬまで一緒だろ
「これで死んだら一緒にね――か」
若気というのは時に気恥ずかしく未来の自分を苛むが、あの日の――あの神社での、白い陽射しと白いマスクに焼き付けられた五分あまりの思い出も、私にとって甘さと痛さに絞めつけられないではいられない思い出だった。
「あれで本当に感染してたら……バカなことしたわよね」
結局それから二人で会うことはなかった。しばらくは連絡を交わしていたが、中学生だった私たちにはあの日の刺激は強過ぎて、そこからどうすればいいのかお互いにわからなかったのだろう。当たり障りのない近況報告も次第に減り、気がつけば疎遠になって十年が過ぎていた。
あの日の出来事は、もう青春の甘酸っぱい思い出として心のアルバムにしまうべき話なのだろう。あの日のような勇気が持てず、そのまま終わりにしたのは私自身だったのだから。
だから虫のいい話だと思いながら、もう届かないかもしれない連絡先にメッセージを送ったのは、勇気というよりも心の弱さがさせた行為なのだろう。
「未練たらしい……」
そう苦笑する私は、見つめていた返事のないスマートフォンを枕元に置き、白い天井を見上げた。同じ白なのに、あの日の思い出のようなまぶしさのない、暗いかげりのある天井。それは病院の天井だった。
「……虫のいい話」
私は病院のベッドにいた。あのとき流行した新型ウィルスはワクチンの開発によって克服されたけれど、それとはまったく違う病気――若年性の癌だった。
手鏡を見る。抗癌剤治療で抜け落ちた頭髪を帽子で隠した自分の姿が映っている。少しやつれた頬は憐れみを誘うように影を作り、弱々しく潤む瞳が情けなくそんな自分の顔を見つめ返していた。
この病魔に弱った私の心が、あのまぶしい思い出を慰めに求めたのだ。けれど。
(返事はなかった。なかったんだ――)
メッセージを送ってから時間が経つほどに増す自己嫌悪に、私はこの浅ましい自分の顔を手で覆い隠す。閉じた視界に病室に漂う消毒液のにおいだけが残り、消えてしまいたい気持ちに沈む中で――その声は届いた。
「――吉岡」
驚いてしばらく身体が動かなかった。自分のこの浅ましい感情が生んだ幻聴だと思った。けれど――、
「――久しぶり」
そこにあったのは、あの日、マスクを外して最後に見た記憶よりも、ずっと精悍な顔つきをした彼の姿だった。
「どうして――」
私の問いに彼は頭を下げる。
「返事しなくて、ごめん。何を言えばいいかわからなかったから……直接話そうって思って――」
そこまで話すと照れ隠しのように頭を掻き、それから決意を固めたようにうなずくと、私の横たわるベッドに近づき、真面目な声でこう言ったのだ。
「あの日、
そしてゆっくりと顔を近づけ、私はそれを受け入れて――、
「これで死ぬまで一緒だろ?」
唇を触れ合わせた後に、彼は赤く火照った顔でそう言った。
「あぁ――」
このときの私はもう声も出ずにただ泣き尽くして、彼の手がなだめるように私の手を握っていることにも気づかずに、何度も何度も彼のくれた言葉を頭の中で繰り返しに聴いていた。
さよならはマスクを外して ラーさん @rasan02783643
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