エピローグ シルビア 遠山 紗月

 門を通り、振り返り、灰色で無機質で巨大な建物を見上げた。門の前に立つ男の人は無表情で私を見ている。

「お花」

「はい?」

「花屋さん、どこにありますか」

 男は近場の花屋を教えてくれた。

「あの子に?」

 私は頷いた。

「ひとつ」

「はい?」

「これだけは、言わせて下さい」

「はい」

「私はただ、人を助けたかっただけなんです」

 涙が溢れてきた。私は立っていられなくなって、その場に崩れ落ちた。男は私の前に手を差し伸ばした。手を掴み、立ち上がる。男が無理やり作ったような笑みを浮かべる。

 私は看守に向けて深々と頭を下げた。

「お世話になりました」


 お墓の前に花束を置いた。私が刑務所に入った翌日、未来ちゃんは母親に殺された。

 どこにも行きたくなかった。ていうか行く場所なんてなかった。なんかもう力尽きて、座り込んだ。

 歩きたくない。もう疲れたし、色んな事が面倒くさい。

 空は青色で、雲は無く、秋の風が気持ち良かった。

「あー」

 風が気持ち良いと、それだけで子どもの頃を思い出す。でも具体的な事は思い出せない。ただとにかく、昔を感じるだけ。

 影が出てきた。顔を上げると、そこには、可奈子がいた。

「紗月」

「久しぶりだね」

「これからどうするの」

「なんでここに居るの」

「刑務所の前に車停めて張り込みしてた」

「わざわざ?」

「そう、わざわざ」

 なんて言えばいいのか分からなかった。可奈子は私の顔を見据え、言葉を続けた。

「で、これからどうするの」

「適当な男と結婚する」

「それで?」

「子どもは作らない」

「で?」

「年を取る」

「何をしながら年を取る?」

「パート」

「年を取りました。それからどうなる?」

「死ぬ」

「なるほど」

「当たり前でしょ」

「要するに」

 可奈子が私の前に座り込んだ。

「それが嫌なんだろう」

 可奈子はパーカーのポケットからタバコを取り出した。銘柄はセブンスターからエコーに変わっていた。

「吸う?」

「うん」

 可奈子が差し出したタバコを咥えた。可奈子がライターで火を付けてくれた。ゆっくり吸った。可奈子はタバコを手に持ったまま、呟いた。

「なぁ紗月。私ね、仕事辞めたんだ」

「なんで」

「色々」

「じゃあ今、何してるの」

「フリーター」

「そっか」

「うん。ねぇ、紗月」

「なに」

「いつか、気楽に死のう。いつかね」

 手が差し出される。一日に二度も、他人が私に手を差し伸べてくれた。

 そして私はやっぱり、その手を掴み、立ち上がる。

 私は可奈子に支えられながらゆっくりと歩き、お墓を出た。死の場所に背を向けながら、人の感触を感じながら、私は止まる事なく、歩いた。


 クズがクズを生む。そしてクズはきっと必ず、間違いなく、人を知らない。


                                終わり

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飢えた少女~腐乱~ 永遠の文芸部 @tomotomo90

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