第123話

 アイリスの手を引き部屋を出たバルは、館長室から十分に離れた場所でトキヤと齋博士が仕事の話をするようだったから部屋を出たということをアイリスに説明した。

 その話を聞いたアイリスはすぐに気づけなくてごめんとバルに謝罪した後、わたし達はどうしたらいいのかな? とバルに訊ね。

『まあ、普通に博物館の中を楽しめば良いと思いますよ?』

 というバルの返答を聞いたアイリスは。

  

「バルちゃん、バルちゃん! 次、こっち行こー!」

 

 齋健造博士が館長を務める産業用ロボット博物館の見学を目一杯満喫していた。

「……マジで普通に楽しんでますね、アイリス」

 いえ、別に良いんですけどね? と呟いたバルは、アイリスが展示されている巨大なロボットアームの前にあるスイッチをポチッと押して。

「わー……」

 ロボットアームが無駄に輝きながら動いている様子を楽しそうに見学している姿を眺め。

 ……三十分ほどで技術屋さんのところへ戻る予定でしたけど。

 十分ぐらい遅れて戻りましょうかね。と、バルはただの時間潰しではなく本気で博物館を楽しんでいるアイリスのために博物館見学を少し延長しようと考えながら通路を静かに歩いた。

「……」

 ……けど、何か違和感ありますよね、この博物館。電子画像ではなく印刷された写真。ホログラムを使わず実物だけの展示。合成音声ではなく人間の声優さんの解説音声。そしてトドメは物理スイッチを押すと光って唸る動く展示物。……ここ本当に現代の博物館ですか?

 百年とか二百年タイムスリップしてません? と、この時代に作られた施設とは思えない博物館のコンセプトに興味を持ったバルは展示物ではなく博物館の内観に目を向けていた。

 ……監視カメラもレンズと赤いランプがついた黒い箱が吊り下がってるだけですし、壁は何の処置もされていないただのコンクリート……。ショッピングモールでも少し感じましたけど、この辺りは昔の日本をリスペクトすることが流行ってたりするんでしょうかねー……?

「……あ、でも床は割と最新の技術を使ってますね。……あれ? というかこの床材、まるで軍の……」

 そして、アイリスとは違う形ではあったが博物館を楽しみ、様々な悩みから少しだけ解放され、リラックスしていたバルだったが……。

「……?」

 その瞳が一つの異変を捉えてしまった。

 ……今、ランプ消えましたよね?

 視界の端に映る監視カメラの赤いランプが突然消えたことを不思議に思ったバルが顔を上げ、機能を停止したその監視カメラと他の監視カメラを見比べ始めた、その時。

「――――」

 フッ、フッ、とまるで蝋燭の火が吹き消されるように監視カメラの赤いランプが一つずつ消えていき――――

「……何ですか、これ」

 目に映る全ての監視カメラが機能を停止した光景を見て、バルは言いようのない不安に襲われた。

 ……照明や展示物に異常はない。……電気系統の故障ってわけじゃなさそうですね。

 そして、これが異常事態であることを察したバルは急いでトキヤのもとへ戻るために異常にも気づかず呑気に展示物を見ているであろうアイリスに声を掛けようと身体の向きを変え――――

「――――っ」

 展示物の側ではなく、いつの間にか自分のすぐ隣に立っていたアイリスを見て、バルはひどく驚いた。

「アイリス、いつからここに……?」

 そして、少し心を落ち着かせてからバルはアイリスに声を掛けたが、アイリスはバルの方を見ることなく、機能を停止した監視カメラの先にある通路を見つめたまま。

  

「バルちゃん、何か、来るよ」

 

 バルにそう警告した。

「え?」

 そして、何かって何です? と、アイリスの言葉の意味を理解できなかったバルがアイリスに訊ねようとした時。


 カツン、カツン、と、釘を打ちつけるような音が博物館内に響き――――


「――――」

  

 ――――ソレが姿を現した。


「――――」

 ソレは、一見すると白無垢を着た人間の女性のように見えた。

 だが、白無垢に見える独特の光沢を帯びた白の装甲は刃や銃弾を通さない鋼の鎧であり、顔を隠している綿わた帽子を真似た装備には、幾つもの分割ラインが入っており、只の被り物でないことは明らかであった。

「……」 

 そのJDの出で立ちはあの国の戦場でなら見かけてもおかしくないものであったため、バルはすぐにそのJDを戦闘用JDであると判断した。

 そして、そんなJDを見て、バルは。

  

「――――あらら。随分と厳かな格好をした警備のJDですねー。これから結納でもするんですか?」

 

 おめでとうございますー。と、笑みを浮かべながらその正体不明のJDに話しかけ、――――同時に思考を巡らした。

 ……技術屋さんと齋博士。どちらを狙ったJDでしょうかね。

「……」

 このJDが齋博士かトキヤを狙う刺客であることは間違いないと考えたバルは、このJDにトキヤと齋博士の居場所を教えるような行動を取るべきではないと考え、今はトキヤと合流すべきではないと判断した。

 ……今、バルがすべきことは技術屋さんに脅威が迫っていることを通信で教え、アイリスを連れて逃げること。

 もしくは――――

「……」 

 ……このJDの実力はわかりません。けれど。

 先手を取れば、やれるかもしれない。鎧を身に纏えども、その手に武器を持っていないJDを見つめ、勝機があると考えたバルは、前傾姿勢をとり――――

「……ダメだよ、バルちゃん」

 それは一番やってはいけないことだとアイリスに腕を掴まれ止められた。

「アイリス……?」

「バルちゃん。あのJDは何の策もなくぶつかって勝てる相手じゃないよ。……わたし、あのJDの歩き方に覚えがあるの」

 そして、と直接対面したことがあるアイリスが困惑の声を漏らしながら、全身を白の装備で隠すJDを見つめたが。

「――――」

 その白のJDはアイリスを見ることなく、バルと正面から向き合うために身体の向きを変えた。

 

 そして――――

  

「――――貴方はですか?」

 

 熱砂の戦いを思い出させる凜とした声が、この極東の地で響き渡った。

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JDとプロフェッサーの黄昏戦記(旧題ルート・ブレイカー) 獏末カナイ @kanai

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