第122話

 JD開発者の一人である齋博士との会談のために館長室に入ったトキヤ達だったが、部屋に入ってからトキヤ達がしたことは、何年も会っていなかったのに息がぴったり合っている齋博士とトキヤ師弟が軽口を言い合ったり、アイリスやバルを交えてする任務とは全く関係のない雑談ばかりだった。

「――――っていうことが前にあってな」

「あははっ」

「……」

 そして、喋り疲れ会話の輪から外れた齋博士が、明るい赤色の髪と青い瞳を持つ少女がトキヤと笑い合う光景を少しの間、懐かしそうに眺めていたが……。

「――――おおっ」

 齋博士は過去の幻影を振り払うように、部屋中に響き渡るような大声を上げた。

「そういえば言うのを忘れておったわい。実は今、この博物館は無料開放中での。お嬢さん方、ぜひ見学してくると良い」

 今なら貸し切り状態で産業用ロボやJDの歴史が楽しく学べるぞ。と、齋博士は割と唐突にアイリスとバルに博物館を見学してくることを勧め。

「……」

「……」

 その言葉の意図を読み取ったトキヤは、自分と同じように齋博士の言葉の意味を理解していたバルと一度視線を合わせてから口を開いた。

「そうだな、二人とも博物館を見てくると良い。俺はもう何百回と見学して流石に飽きたが、結構見応えがあるぞ」

「そうですね。せっかくだから見てきましょうよ、アイリス。もしかすると、戦闘で使える知識が学べるかもしれませんよ? 技術屋さん。、アイリスと一緒に博物館を見学してきますね。それでいいですか?」

「ああ、そうしてくれ」

 そしてトキヤが頷いた姿を確認したバルは、アイリスの腕を引っ張り、アイリスをソファーから立たせた。

「それじゃあ、行きましょうアイリス」

「え? え? じゃ、じゃあ、トキヤくん。ちょっと博物館見てくるねー!」

 そして、急に部屋を出ることになった理由をいまいち理解していないアイリスと齋博士の人柄を把握し、護衛は不要と判断したバルが部屋から出て行く姿を見送ったトキヤは。

「……それじゃあ、仕事の話をするか、じいさん」

 自分に与えられた任務を果たすためにトキヤは齋博士に渡すべきモノを取り出そうと目を落とし、腕を動かしたが……。

「――――ふん。仕事の話なぞ、今はどうでもいいわい」

 齋博士の口から想定外の言葉が発せられ、トキヤはその動きを止めた。

「……何?」

 そして、齋博士が仕事の話をするために人払いをしたと思っていたトキヤが驚きながら齋博士に視線を向けると――――

「……時矢よ」

 齋博士は、トキヤの驚きなど比較も出来ないほどの凄まじい驚愕を顔に貼り付け。

 

「――――なんなんじゃ、あのアヤメそっくりのお嬢さんは……!?」

 

 トキヤが愛したJD、アヤメと同じ顔を持つアイリスは何者だと絶叫した。

「……なんだ、気づいていたのか」  

「――――いや、そりゃ気づくじゃろ……!? おぬしがアヤメと一緒になってから、わしがどれだけアヤメの顔を見たと思っておる……!? 正直、駐車場でおぬしらを出迎えたとき、おぬしよりもあのお嬢さんにびっくりしたわ……! 全く話が読めんから、あの時は驚きを顔に出さないように必死じゃったわい……!」

「……あー、そういえば、じいさんって隠し事をしたり緊張すると顔が強張って悪人面になるんだったな」

 駐車場で会ったとき何かじいさん怖い顔してるなーと思ったが、あれ、驚いてただけか。と、再会時に齋博士が悪人みたいな表情を浮かべていた理由に納得し、トキヤが一人頷いていると。

「……はあ。……のう、時矢よ」

 大声を出してスッキリしたのか、少し落ち着きを取り戻した齋博士がトキヤに静かに語りかけた。

「……あのお嬢さん、人間じゃよな?」

「JDの権威が何言ってんだ。アイリスがお茶を飲んでるとき喉元の動きを確認してたんだから、もうわかってるだろ」

「……やはり、人間か。……しかし、本当によく似ておるの。わしとおぬしの笑い方が似ていると言われたときは、一瞬、アヤメかと思ってしまったぞ」

「……ああ。あれにはちょっと俺も驚いた」

「……時矢。全てを、とは言わんが少しは説明しろ。このままでは気になって気になって仕事の話なぞ出来んぞ」

「……ああ、じいさんが知りたいって言うなら話すさ。少し長い話になるが、いいか?」

「無論じゃ。後、あのお嬢さんが話してた鋼の獅子とやらについても説明せい」

「……じいさん、本当に好きだよなそういうの。…………あいつ、アイリスと出会ったのは割と最近のことなんだ。あの国で反政府軍との戦闘が本格的に始まる少し前に、変な情報が俺の耳に入ってきてさ。その情報ってのが――――」

 そして、齋博士にアヤメとアイリスの関係性についてある程度のことは話しておきたいと思っていたトキヤはそれから十五分ほど時間を掛けてアイリスのことを丁寧に説明し、鋼の獅子についてはかなり軽く説明した。

「……薬物による脳の損傷。……不完全な冷凍睡眠。……そして、偶然にしては少し出来過ぎな、まるで誰かに誘導されているかのような出会い……」

 そして、トキヤの話を聞き終えた齋博士は腕組みをし、暫くの間、深く考え込んでいたが。

「……何にしても、これはわしが関わるべきことではないの」

 過保護も過干渉もこやつのためにはならんからの、と呟いてから顔を上げた齋博士は、迷いの消えたスッキリとした表情を浮かべていた。

「あい、わかった。わしの疑問は解決したし、もうこの件に関しては話さんでいいぞ、時矢」

「ん、そうか」

「ああ。アヤメのことでわしがおぬしに言えるのは、おぬしがこの国を発つ日に話したことだけじゃ」

「……アヤメのことは俺が決めろ、か。……一生抱え続けろや自分で解決すべきこと、じゃなく、って言われた理由があの時は全くわからなかったが……。……今は少しだけわかるかもしれない」

「……そうか。それはもしかしたらこの国の外で多くのJDやあのお嬢さんと出会い、おぬしの時間が動き出した証拠かもしれんな」

「俺の時間が動き出した……か」

 その齋博士の言葉に僅かながらも確かな実感を抱いたトキヤは、複雑な思いを胸に秘め、静かに目を瞑った。

  

『――――さて、疑問も解決したコトだし、そろそろ、おぬしが持ってきた仕事について聞こうかの』

『ん、ああ。まあ、仕事と言っても俺はこれをじいさんに渡して返事を聞いてこいって言われただけなんだよな……。このチップ、俺は初めて見たんだが、じいさんは知ってるか?』

『おお、これはUSBじゃの』

『……USB?』

『かつて世界中で使われていた規格じゃな。まあ、使われていたのはわしが生まれる前の話じゃから、おぬしが知らぬのも無理はない。これの中に入っているデータをすぐに読み取ることができる者は少ないじゃろうな』

『じいさんは見られるのか?』

『当然じゃ。こっちにこい馬鹿弟子。……ふーむ、これはSSD、いや、メモリかのー』

『……へえ、館長室と繋がってるその倉庫、スクラップばかりが入っているのかと思ってたが、そういうのを読み取る機器も……って、じいさん、上、上……!』 

『ん? なんじゃって?』

『反応が遅い……!』

 俺もあまり人のことは言えないけどな……! と、叫びながら落下してくるガラクタから齋博士を守り、埃まみれになったトキヤの姿を。

 

「――――」

 

 口元を緩めて見ている者がいた。

「――――」

 ソレは夜の闇よりも深い漆黒に包まれた部屋の中心に立っていた。

 黒を一切寄せ付けぬ白無垢を身に纏うそのJDは、顔を殆ど覆い隠している頭部装備の内側に映し出されているトキヤと齋博士の姿を見て微笑みを浮かべていたが。

「――――」

 暫くしてトキヤ達が映っている映像を消したそのJDは、博物館の内部の映像を次々と映し出し―――― 

『バルちゃん、バルちゃん! 次、こっち行こー!』

 そのJDの金の瞳が。 

『……普通に楽しんでますね、アイリス。いえ、別に良いんですけどね?』

 

 ――――一人のJDの現在位置を認識した。

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