再会

第121話

 日本に来た最大の目的である会談を行うために産業用ロボットの博物館へと向かったトキヤ達は、博物館の館長であり、会談の相手でもあるトキヤの師匠、齋健造博士に出迎えられ、三人は齋博士に勧められるがままに博物館の館長室へと向かった。

 そして、齋博士と共に館長室に入った三人は――――

「さあ、そこに座るといい。来賓用のソファーはふかふかで気持ちがよいぞ」

 トキヤとの再会時に見せた悪人のような表情ではなく、田舎の優しいおじいちゃんといった感じの表情になった齋博士に来賓用のソファーに座るように勧められていた。

「あ、そこの馬鹿弟子はソファーではなく、そっちの椅子に座るといい。おぬしにはそっちの方が馴染み深いじゃろ?」

「……まだ置いてたのか、この反省パイプ椅子」

 そして、トキヤは館長室の端に置かれているボロボロのパイプ椅子を一瞥してから、もうガキじゃないんだ、ここに座る気はないぞ。と言ってアイリスと共に来賓用のソファーに座った。

 そのトキヤの行動を見た齋博士は図々しいヤツだのと笑いながら急須に茶葉を入れお湯を注ぎ、棚から来客用の湯呑みを二つ取り出してそこにお茶を淹れた。

「ほれ、お嬢さん、日本茶じゃ。あの国に住んでいたのならあまり馴染みがないかもしれんが、来賓用じゃからな。味は保証するぞ」

「あ、ありがとうございます」

「そちらのJDのお嬢さんは……」

「お気持ちだけで結構です。お気遣いありがとうございます」

 そして、ソファーに座らずトキヤの後ろに立って待機していたバルにアイリスと同じようにお茶を勧めたもののやんわり断られた齋博士は、じゃあ、これはわしが頂くかのと言って、ソファーに座ってから自分で淹れたお茶を飲み始め。

「?」

 そんな齋博士の姿を見てトキヤは首を捻った。

「なあ、じいさん、俺の茶は?」

「ん? わしは客に茶を入れただけじゃが? ……時矢よ。おぬしの今の立場をわしはよく知らんが……、おぬしはもう客、でしかないのかの?」

「……何、しんみり言ってんだ。一度座ったのにまた立つのが面倒なだけだろ」

「――――まあ、そうともいうの」

「……少しは動け」

 また昔みたいにブクブク太っちまうぞ。と、小言を零してから席を立ったトキヤは、齋博士が来客用の湯呑みを取り出した棚とは違う棚から黄色のマグカップを取り出し、お茶を淹れ始めた。

「……はは」

 そんなトキヤの自然な姿を齋博士は嬉しそうに横目で見ていたが。

「――――はっ」

 その様子を対面に座るアイリスにじっと見られていることに気づいた齋博士は、軽く咳払いをしてから、アイリスとバルに視線を向けた。 

「ごほんごほん。おっと、いかん。あの馬鹿弟子には必要ないが、お嬢さん達には自己紹介が必要じゃったな。わしは客の来ない博物館で館長をやってる齋健造という、どこにでもいるようなただの爺さんじゃ」

「あ、わたしはアイリスって言います。トキヤくんにはずっとお世話になりっぱなしで……」

「バルと申します。二人の護衛としてここにいますが、いないものと思ってご歓談ください」  

「おい、バル。そこのじいさんに気を遣う必要はないぞ。俺にするみたいな軽口をバンバンぶつけて困らせてやれ」

「――――ばっ……!」

 偉人さんにそんなことできるわけがないでしょう……!? と、トキヤの発言に目を白黒させながら無言で抗議をするバルの姿を見て齋博士が楽しそうに笑うと、その笑い方に親近感を覚えたアイリスが半ば無意識のうちに口を開いた。

「サイ博士さんは、トキヤくんの本当のお爺さん、ではないんですよね?」

「……? あ、ああ。いかにもその通りじゃが……それがどうかしたのかね、お嬢さん」

「あ、いえ、ただ、トキヤくんと笑い方が似てるなーって」

 そして、アイリスは何となく思ったことを何となく口に出し。

「…………」

「…………」

 その発言を聞いた齋博士とトキヤが神妙な顔つきになって急に黙ってしまったため、アイリスは驚き、慌てた。

 ……あ、あれ!? わたし、何かマズいこと言っちゃった……!?

 そして、理由はわからないが、場の空気を悪くしたのが自分であることは間違いないと考えたアイリスは、何とか場の空気を良くしようと慣れないヨイショをするために口を開いた。

「あ、その、サイ博士さんは、JDの生みの親って聞きました! 凄いですね! 正直、何が凄いのかはよくわからないんですけど、凄いと思います……!」

「おお……、わしもお嬢さんが急に叫びだしたのがよくわからんのじゃが……、何というか勢いのあるお嬢さんじゃな……? ……しかし、JDの生みの親、の。わしなんか何百人もいた開発メンバーの中でも下っ端の下っ端で、雑用係として奇跡的にあのチームにいられただけで、そう呼ばれる資格はないんじゃがなー……」

「え、あ、……そう、なんですか……?」

「そうじゃ。そもそもJDの生みの親、なんて名乗れるのはあの才能溢れるメンバーの中でも一人しかおらんよ。それにわしは彼らとは志が違ってたからの。わしは一度夢破れて、飯を食ってくために、金を稼ぐためにあそこに潜り込んだだけなんじゃ」

「夢破れた……? サイ博士さんは、他に何かやりたいことがあったんですか?」

「そうじゃ。わしは人型は人型でも――――巨大ロボを造ろうとしてたんじゃ」

「……巨大、ロボ……? それは、あの子、鋼の獅子みたいなのを作ろうとしてたんですか?」

「ほほ、鋼の獅子というのがなんじゃかはわからんが、わしはこう、ガシーン、ガシーンと格好よく動いて、大地を揺るがし、巨悪を討つ。そんな感じの巨大ロボが造りたかったんじゃ」

「えーっと……、よくわかりませんけど、凄そうですね!」

「うむ、よくわからないと正直に言ったのは偉いぞ、お嬢さん。ここで下手に話を合わせられたら、わしちょっと面倒なじいさんになってたかもしれん」

「あはは……、けど、その巨大ロボはどうして作れなかったんですか?」

「なに、単に需要がなかった、というだけの話じゃよ。様々な分野に応用がきくJDと、ごく一部の戦闘にしか使えない巨大ロボ。将来性、実用性のあるのはどちらかと問われれば、大多数がJDと答える。大多数の賛同が集まる場所には、人も金も集まり、少数の賛同しか得られない場所には、人も金も集まらない」

 これはただそれだけの話じゃよ。と、この社会の当然の理を語る齋博士の表情は少し寂しそうで、アイリスがどう声を掛ければ良いか迷っていると。

「――――何を言ってる。俺がいない間に耄碌したのか、じいさん」

 自分のお茶を自分のマグカップに淹れ、アイリスの隣にドカッと座ったトキヤが、少し怒ったように声を上げた。

「何、当たり前のことを悲劇のように語ってんだ。じいさん、あんたはその当たり前のルールの上で頑張って頑張って頑張って人脈と金と地位を手に入れたんだろ。それは何のためだ。俺が説明するまでもないだろ。……俺は数年を見ていないが、じいさんの夢はまだ――――終わってないんだろう?」

 そして、トキヤが少し寂しげな顔をしていた齋博士に強い口調で活を入れると、齋博士はトキヤに視線を向け。

「……ふん、おぬしに見抜かれるのは癪じゃが……、――――その通りじゃ。わしの夢は終わってなぞいない」

 齋博士は夢は今も続いていると断言し、不敵に笑った。

「……だろうな」

 そして、齋博士の瞳の奥に数年前と何も変わっていない少年のようなキラキラとした輝きを見つけたトキヤは少し安心したように息を吐いた。

「……俺より先に死ぬなよ、じいさん」

「……? ……時矢よ、それ、普通、わしがいう台詞じゃないかの?」

「いや、これでいい。なにせ、じいさんの夢が叶うまで後百年はかかるだろうからな」

「……ほう。言ってくれるの、この馬鹿弟子め」

 そして、ふ、ふふ、ふふふ。と、トキヤと齋博士は笑い始め。

「……?」

 え、何これ? わけがわからないよ? と、アイリスがトキヤと齋博士の会話の流れについていけず、助けを求めるようにバルに視線を向けると。

「あー……」

 バルはトキヤと齋博士二人の大きな子供を完全に呆れ果てた表情で見つめながら。

 

「……これは、男の世界、というやつですね。たぶん」


 と、少し自信なさげにアイリスに教えた。

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