長い片思い

さいとう みさき

長い片思い、でも奇跡はやって来る私は恋する乙女なの!


  私は恋をしてしまった。



 それはもう一年も前になる。

 いつもの様に学校へ登校する慌ただしい朝。


 前髪が上手く決まらなくてお約束の食パンをくわえて走りながら登校をする私。


 これで曲がり角で運命の出会いでも出来れば上々じょうじょうだ。

 このさみしい十六年間に終止符しゅうしふが打てる。


 でも世の中そんなにうまくは行かない。

 ましてやこんな田舎の地方都市。

 少子高齢化しょうしこうれいかのこのご時世に私たち子どもの数だって減っている。


 だからそんな乙女ゲームの様な素敵ステキな出会いなんかおとずれるはずはなかった。



 「はぁ、彼氏欲しいなぁ」



 そんな事をぼやきながら通りの角運命の場所を曲がる。

 するとあろう事か散歩中の人とぶつかってしまった!!



 ドンっ!



 お約束通り私はしりもちをついてしまって短いスカートの中をさらけ出す。

 ここまではデフォルトさーびす

 そしてくわえていた食パンもしっかりと落とす。



 わんわん!

 パタパタ!


 ぱくっ!



 「ごめんごめん、君、大丈夫?」


 「いったぁ~。 ‥‥‥へっ?」


 差し出された白っぽい手のひらを見て私はおどろく。

 見上げれば背の高い線の細い髪の毛が長い女性‥‥‥ いや、男性だった。



 私はあわててスカートを押さえる。

 まあ見られても中にはスパッツ穿はいいているから問題無いのだけど。


 でもやっぱり年頃の女の子。

 男性の前で何時までもスカートの中をさらけ出すなんてずかしい。



 「何処どこか痛めちゃったかな?」


 その声にもう一度その男性を見る。

 差し出された手と同じ白っぽい肌色の男性。

 しかしその顔は陶器とうきの様な美しさだった。



 「あ、ごめんなさい。急いでたもので」


 「いやいや、こちらこそごめん。怪我けが無かった?」



 そう言って私はその男性の手を取り立ち上がらせてもらう。



 そしておどろく。


 ひょいっと引っ張られたその力は思っていた以上に強く小柄こがらな私を簡単に引き起こしてくれた。



 「あ、ごめんね。うちの犬が君のパン食べちゃった」


 「あ、い、いえ、いいんです。私学校あるからこれで!」



 その男性は犬の散歩中だったようだ。

 私はずかしくなってすぐさまその場を離れる。






 それが私たちの出会い運命だった。





 それから不思議ふしぎな事にこの犬の散歩する男性とは朝や夕方によく会うようになった。


 最初は会釈えしゃくするだけだったけど私のくわえたパンを散歩中の犬に食べられてそれを弁償べんしょうするとか言ってもらったのがきっかけでだんだんとこの人と話をしたりするようになった。



 彼の名は神谷亮かみやりょう

 

 現在大学生で実家の犬の散歩が彼の日課にっからしい。



 神谷さんは話すと気さくな人で私との趣味しゅみも合い下校中に彼の散歩に会うと声をかけ一緒いっしょに近くの公園まで行くようになった。


 そんなこんなで私たちはもう一年近くこんな関係を過ごしてきた。



 ところが‥‥‥




 「あれ? 神谷さんだ、どうしたんだろう?」



 帰宅中の私は犬の散歩をしている神谷さんの姿を見つける。

 声をかけようとしてなんかいつもと雰囲気ふんいきちがう事に気付いた。


 一緒いっしょに散歩している愛犬のペギーもなんとなく沈んだ感じがする。

 短いあし愛嬌あいきょうのある表情、長い胴体どうたいに何時もピンと上を向いている尻尾しっぽも今日はダレている。

 それはまるで主人である神谷さんを気遣きづかっている様だった。



 「神谷さん! どうしたんですか?」

 

 私は声をかける。


 「ああ、君か‥‥‥ うん、なんでも‥‥‥ないんだけどね‥‥‥」


 神谷さんのとなりまで走ってくると愛犬のペギーは私に対してえてくる。



 もう、相変あいかわらずなんだから!


 もう一年近く顔を合わせているのにこの子は全然ぜんぜん私になついてくれない。



 少しくちびるとがらせて不満な顔をする私。

 しかし今は神谷さんの様子が気になる。


 いつもならなんとなく雑談ざつだんが始まりいつもの公園まで一緒いっしょに楽しくおしゃべりしながら歩いていくのに今日は一言も話さない。



 私たちは公園に着く。



 「ん~、神谷さん今日は一体どうしたんですか?」


 「ん? あ、ああ、ごめんね。実は彼女にられてね‥‥‥」


 「えっ!? 神谷さん彼女いたんですか!?」



 思わず本音が出てしまった私。


 でもそれもそうかぁ、こんな奇麗きれいな男性。

 ちょっと肌白はだじろで線が細いけどすらっとした高身長で女性と見間違みまちがええるような長い黒髪が素敵すてきな男性。

 私はあらためて神谷さんを見ておどろく。



 こんな素敵すてきな男性と私ったら一年近くも知り合いで一緒いっしょに散歩していたんだ!



 そう思うと途端とたんずかしくなってくる。

 今までそんな事を気にした事は無かったのに。



 「なさけない話なんだけどね、僕が優柔不断ゆうじゅうふだんだって言われてられてしまったのさ」



 神谷さんはそう言って深いため息をついた。

 

 こんな素敵すてきな男性をるだなんてどう言う女性だったのよ?

 何故なぜか私の気持ちはイライラとし始めていた。


 「まあ、僕が悪いんだけどね‥‥‥」


 神谷さんはペギーの頭をなでながらそうつぶやく。

 ペギーも神谷さんをいたわるようにその手をめている。



 「か、神谷さんみたいなステキな人をるだなんて、その彼女さんだった人ってひどいです!」



 私が思わずそう言ってしまうのを神谷さんは少しおどろいた感じでこちらを見る。

 つられてペギーもこちらを見る。


 いきなり四つのひとみに見られた私はどきっとしてしまう。

 そしてなぜか顔が熱くなってきた。


 「あ、その、ごめんなさい」



 わんっ!



 ペギーが一声ひとこえく。


 ううぅ、いきなり余計よけいな事言ったから怒っているのかな?

 しかしそんな私に神谷さんは優しくさみしそうに微笑ほほえんでくれる。


 「ありがとう、君は優しいんだね」



 わんわんっ!



 どきっ!



 何故なぜか心臓が高鳴たかなった。

 なんだろうこの気持ち‥‥‥


 私は今まで感じた事のない胸をしめつけられるようなそしてのどかわくような変な感じがして混乱こんらんする。


 「あ、あの、急用を思い出したので失礼します!」


 私は思わずそう言ってしまってドキドキし始めている胸を押さえその場を走り去ってしまった。






 それからだ。




 神谷さんが散歩している姿を見てもどうしても声をかけるのがはばかられる。

 ペギーは今日も尻尾しっぽを高く上げて歩いている。


 だからもう神谷さんも立ち直ったのだろう。


 でも今度は私がダメだ。





 これはきっと恋‥‥‥




 十七年間そんな感情を持った事の無い私が初めて味わう甘くそして切ない気持ち。

 そしてそんな自分に気付くとますます神谷さんたちの前に行くのが怖くなる。

 私はそれでも神谷さんたちの姿を見ると目が離せなくなっている。




 どうしたら良いの!?

 いっそこの気持ちを打ちあけたらいいの!?


 でも、私みたいなのの気持ちが伝わるのだろうか?




 そんな葛藤かっとうの毎日が徐々じょじょつももっていく‥‥‥



 そんなある日、下校中の私の後ろから声がかけられる。



 「やぁ、こんにちわ!」


 わんわんっ! 



 おどろり向くとそこには神谷さんたちが!

 私は思わず赤くなる。



 こんな不意打ふいう卑怯ひきょうだよ!



 「最近見かけても声かけられないからきらわれたかな?」



 わんわんっ!




 ちがうの、そうじゃ無いの!!



 そう言いたくても私はそのひとみからにげれられない‥‥‥



 「あ、あの、そうじゃ無くてその、ちょと‥‥‥」


 「うん?」


 「と、取りあえずこんな所では何ですから公園行きませんか?」



 私はドキドキする胸を押さえて神谷さんにそう言う。

 神谷さんはにっこりと笑って「いいよ」とだけ言って歩き出す。




 久しぶりに正面からちゃんと目が合った。



 私はそれだけで気持ちが高揚こうようしてくる。

 そして胸のドキドキがおさまらない。





 だめなんだ、やっぱり好きなんだ!






 神谷さんは歩きながら雑談ざつだんをしてくれるけど私は何を言われているのかずっとうわの空。

 ただこうして一緒いっしょに歩いているだけですごく幸せ。


 そう感じているといつもの公園に着く。


 神谷さんは近くの自販機で飲み物を買ってきて私にも渡してくれる。

 お礼を言い、公園のベンチに座る。


 なんとなく公園の時計を見ると四時五十四分。



 「君と話をするなんて久しぶりだよね?」


 「え、ええと、ごめんなさい」



 私はペギーを見る。


 つぶらなひとみ、短いあし、長い胴体どうたい愛嬌あいきょうのある顔、何時いつももご主人様と一緒いっしょに散歩してうれしそうにしている。



 私は何となく手を出してみる。

 するとペギーは私を見てうなりそうになる。



 「ははっペギーは何時まで経っても君になつかないなぁ。ペギーダメだよその子をきらっちゃ。僕は彼女に対して好意こういを持っているのだから」



 「え?」



 神谷さんから意外な言葉が発せられる。

 私は神谷さんを見てからペギーを見る。


 ペギーは仕方しかたなさそうにしている。



 私は何となくもう一度ペギーに手をばす。



 「ペギーも最近は君の事さがしていたんだよ?」


 神谷さんにそう言われドキッとしながら私はペギーの頭に手を置いた。

 するとペギーはほええるどころか私の手をめてくれた!



 たーんたんたぁたぁー♪



 公園に子供たちに五時の知らせをする音楽がなりひびく。


 私はもう、うれしくてうれしくてペギーをでまわす!

 するとペギーも今度は尻尾しっぽってもっと私をめてくれる。



 ペギー!

 可愛かわいいっ!

 もう大好きっ!!



 「やっと、やっと私の思いが通じた! ペギー、可愛かわいよぉ~っ♡」

 

 「だよね、この短いあし愛嬌あいきょうのある顔、長い胴体どうたい、ダックスフンドって最高だよね!!」



 流石さすが、神谷さん分かっていらっしゃる!!



 そう、私はペギーに恋している。

 もう、他のダックスフンドじゃ満足できない!


 ずっとツンデレだったペギーが私にやっとなついてくれた!!




 ああ、相思相愛そうしそうあい




 私たちはペギーの可愛かわいさに大いに盛り上がりペギーをなででまわしながら遅くまで語るのだった。






 ダックスフンドさいっこーっぅ!!

 

 

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長い片思い さいとう みさき @saitoumisaki

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