第21話 最終話 「アセンデント叙事詩」
「……悠人、僕……生まれる前、科学技術を作ってたんだ……そうだなぁ。ピラミッドが建つ、もっとずっと前の話なんだ。人類が文明を作ったのは、マヤ文明やシュメール文明よりも、もっとずっと昔だったんだけど、人類は、一度、核兵器で滅んでいる。その核兵器を、僕たちは一生懸命に作ってた。あの時は、まさか僕たちが作った「鉄の稲妻」で文明が滅ぶなんて思っていなかったからさぁ。革命だと思った。僕らがやったこと、に微塵も間違えなんてないと思い込んでいたんだ」
悠人は黙って聞いている。時折聞こえる、
「うん。うん」
という相槌が、僕の存在全てを肯定してくれているような気がして、少し安心した。僕の言葉は、なんだか稚拙で、脈略のない話だったと思うけれど、悠人は、真剣に聞いてくれた。もしかしたら彼は、世界が滅ぶということを本気で考えてくれているのかもしれない。だから、僕との最後の会話を、楽しもう、と。
そんな様子がうかがえた。
気分が悪い。胸の奥が、かき混ぜられるような気がして、動悸と共に、胃液がこみ上げてくる感覚になった。
親友と、他愛のない話をしているだけなのに、気分が悪い。
好きな人が、近くで微笑んでいる。それだけなのに、なぜだか悲しい。
星が、見えた。
紺碧の空に、一番きれいに光る白い点を発見した時、これから、自分の……人間の肉体を捨てることができる、という喜びが、不意に襲ってきて、僕は感動した。その感動は、僕が人生の中で経験した全ての喜びをも凌駕するかのようだった。
「私は、昔、トーマヨを師匠としていた頃、科学というものを、必死で追及した、危険な信者みたいな小娘だったなぁ」
真理が、空を見上げながらふと呟いた。
「なぜだろう。昔、私たちは、科学より、宗教の方を重要視して、生活してきた。それで社会が成り立っていた。科学なんかよりも、もっとずっと非合理的で理不尽な宗教の方が、価値のあるものだった。その方が、ずっと社会は幸せだった。でも、私たちは、きっと完璧な正しさを追求してしまった。科学的な根拠があることのみを重要視して、発展させてしまった。正しいということは時に残酷で、誰も幸せにならない選択肢を生み出してしまうのに」
僕は、目を瞑っていた。瞼の奥に浮かぶ、過去の記憶が、無数に浮かんできて、止まらなかった。そう、僕らは……僕と真理とトーマヨは、民衆から多大なる支持を受けていたのだ。にもかかわらず、世間とは一線を画した、あの青白い部屋に閉じこもって、発明ばかりをしていた。気が付けば、それまで信仰の対象であったスピリチュアリズムは、科学的ではないから、非合理的だから、という正しい理屈により否定され、すっかり地上には科学が蔓延してしまった。それは、ほとんど僕たちのせいだった。何千人もの科学の信者たちが僕たちの下につき、日々、研究を重ね、ある日ついに、『鉄の稲妻』が開発されてしまったのだ。
その、わずか数十年という短い間に、これだけの科学技術を進歩させることが出来たのは、それまでにも、もちろんある程度の科学技術はあったが、大勢の信者のおかげだった。
人は、事実であること、正しいこと、合理的であることに固執する。人は、間違ったことや真実ではないことを激しく拒絶する。
科学という魔法に侵された人類は、神をも拒絶する。人間は、そういうふうにできているのだ。それが本当の「人」なのだ。
黄色と、黒の警戒色で彩られた分厚い扉のある地下室が、だんだんと僕の記憶の奥から、湧き上がっていた。
トーマヨの名義で開発された最強の兵器は、その後、それまで栄えていた超古代文明をすべて破壊することになる。
瞼の裏を駆け巡る、様々な懐かしい光景は、実際に、僕が輪廻転生のサイクルに居たのだ、ということの証拠であると思えた。
「……ああ、今日なんだ。どうして今日なんだろう。どうしてあんなに美しいんだろう」
真理が、ふと空を見上げた。紺碧の空に、白くて長い尾を引く、流れ星が、流れているのが見えた。それは十万年前、僕たちが宙に向かって打ち上げたものだった。
「石板だよ。ほら、僕たちが昔、身の回りのいろいろなことを綴った石板だ。僕たちが発展させてきた科学、今まで人々の心の中にあった宗教、他にも、あの頃の文明を書きなぐった石板が、現代に到着した」
最高のタイミングだと思った。十万年の時を超えてなお、現代に降り注ぐ古の情報の雨は、世界を白く染めた。
あの隕石の一つ一つに、僕たちが十万年前、に発展させてきた科学という魔法の全部が記されてある。当時の暮らしも、様子も、思想も、全部詰まっている。
空を切り裂く音が聞こえた。
僕は空を見上げた。不思議な、巨大なラッパのような鈍い音が鳴り響いている。その、あまりにも美しすぎる音とともに、空が、ぱっくりと、切り裂かれた。
「本当だ。空が割かれた」
と真理が言った。彼女は少し嬉しそうな表情を浮かべている。割れた空の神秘的な光景に、感動すらおぼえているようだった。
「この後、血の雨が降り注ぐんだ。その赤はたぶん、この夜に紛れてそんなに綺麗な赤には見えないかもしれないけれど、きっと何よりも赤い赤なんだろうねぇ」
と僕は彼女に語り掛けた。真理は隣でほほ笑んでいる。
再び……今度は「ガァーン」という凄まじい音が地上に鳴り響いた。巨大な鬼が金棒を振り下ろしたような音だった。その、おどろおどろしい音を聞いた直後、凄まじい爆風とともに辺り一面の建物が崩壊を始めた。
地面が揺れ、町の人々のどよめきが聞こえた。人々は混乱している。が、僕たちは互いに手を握りしめながら、この世界が崩れてくれることに感激していた。
「……どうして、世界は滅ぶんだろう」
と、真理がぽつりと呟いた。
「世界が滅ぶんじゃない。人類という一つの種が滅びるだけだよ」
「私たちの石板のせいで?」
「人類が弱かったせいだよ」
鉄の稲妻が開発される以前から、科学の発展は確かにあった。しかし、今ほど科学的であることが重要視されていなくて、世界はもっとメチャクチャだった。
科学と宗教がゴチャ混ぜに語られ、区別ができていなかった。蒸気機関にはスピリチュアル的なエネルギーが宿っていることになっていたし、電球を太陽神の御霊として崇めていた。科学と宗教を区別することさえ出来なかった民衆が、トーマヨの知恵によって「科学的であること」という概念を発明してしまうのだった。事件は、それから起こった。
今まで停滞していた科学の発展は、目まぐるしく動き出したのだ。人々は、理解し、行動に移した。
技術の土台が出来上がった状態からの発展は、いともたやすい。鉄の稲妻はほとんど「科学的であること」に目覚めた民衆たちによって発明された。トーマヨはその第一人者に過ぎなかったのだ。
けれども科学の発展によって、今まで混在していた宗教の存在が否定され、廃れていった。その急激な衰退を目の当たりにした僕らは、「合理的であること」の強烈さに疑念を抱いた。そうして今日までの科学とスピリチュアルの発展の経緯を、千枚もの石板に綴り、おおよそ十万年後を目途に、地球に舞い戻って来るよう、宇宙に打ち上げた。
十万年前、科学とスピリチュアルがどのような形態をとっていたのかを叙述的に記した『アセンデンド叙事詩』は今日、地球に降り注ぐ。
「…………大量の放射能を乗せた、地球への贈り物、かぁ」
真理が呟く。そう。あの時代、僕たちの文明は放射線の被害によって滅んだ。その残骸は、今なお宇宙に漂い、今日、地球にその全てが到達する。
僕らは、空を眺めた。
美しい空だと思った。
前橋駅のホームの屋根の隙間から少しだけ見える、紺色の、その空の広さが、僕にはちょっと恐ろしかった。
(完)
アセンデント叙事詩 あきたけ @Akitake
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