後編
店に着いた咲良は母に事情を話し、男の子を店内へ連れて入ると綺麗なタオルで男の子を拭き、予め頼んでいたラーメンを男の子に差し出した。
男の子は出されたラーメンと咲良を交互に見ていたが、咲良の「食べてもいいよジェスチャー」を理解したらしく、お箸が使えない時の為に用意したフォークを持つと、パスタのように麺をくるくると巻いて器用に食べ始めた。どうやら初めてラーメンを食べるらしい。
二人が食べ終わる頃には身体も温まり、紫だった男の子の唇は淡いピンク色になり、顔色も随分良くなっていた。
咲良の両親は二人とも英語が苦手だった為、男の子から事情も聞けず、更に店の事もあるので仕方無く近所の交番へ連絡する事にした。しかしタイミングが悪いのか交番でトラブルが発生しているらしく、警官が店に行くまで少し時間がかかるとの事だった。
警官が来るまでの間、咲良は男の子が不安にならないように一生懸命話し掛けた。言葉が通じないとわかっていたけれど、それでも構わず何かと話し掛けた。
「お父さんのラーメン美味しかった? お父さんの作る料理はどれも美味しいんだよ! 今度ここに来たらメニューを全部食べてみて! 本当に美味しいから! あ、でも一番のおすすめは半チャンセットかな!」
男の子は温かいものを食べてたおかげでだいぶ落ち着いたらしく、ニコニコ笑顔で咲良の話を聞いている。お互い言葉は通じないものの、そこは子供の順応力というべきか、二人で仲良く笑い合っている姿はとても微笑ましい。
ラーメンで打ち解けた二人だったが、店に警官と婦警がやって来た。どうやら交番のトラブルが落ち着いたらしい。
婦警が英語で話しかけると、男の子はうんうん頷きながら質問に答えている。
咲良はその様子を見て、「最近の婦警さんは英語がしゃべれるんだなぁ」と感心した。
「山田さん、連絡有難うございました。この子の名前はカイン君と言って、イギリスから家族で日本に来たんですって。泊まっているホテルもわかったので、カイン君のご両親に連絡を入れてからホテルまで送り届けますね」
「わかりました。よろしくお願いします」
父と婦警さんが会話を交わす中、男の子──カインは名残惜しそうに咲良へ話し掛けたが、やはり咲良には何を言っているのか分からない。
だが、そんな咲良でも一つだけ単語を聞き取る事が出来た。それは「ありがとう」だ。
そうしてカインは婦警と一緒に両親の元へ帰って行った。何度も何度も振り返り、見えなくなるまで手を振り続けながら──。
咲良がそんな昔の話を思い出したのは、九ノ瀬 悠の青い瞳を見てカインを思い出したからかもしれない。
あれ以来咲良とカインは再会していない。彼はきっとイギリスで元気に過ごしているだろう。
──今思えばあれが初恋なのかな、と咲良が思っていると、店の扉が開いて客が来たのに気付いた。
「いらっしゃい……って、何だ涼太か」
「おいおい、何だとは何だよ。折角俺が会いに来てやったのに」
涼太と呼ばれた男は近くにある居酒屋の息子で、咲良とは幼馴染に近い存在だ。涼太は事ある毎に咲良に言い寄っており、何度断っても懲りないので咲良は涼太を苦手に思っている。
チャラチャラしているが見た目が良い涼太は結構女の子からモテるので、妙に自分に自信を持っている。だから咲良がいつも断るのは照れ隠しだと本気で思い込んでいた。
「もう閉店だろ? 店抜けて俺と一緒に遊びに行こうぜ!」
「嫌」
咲良は涼太の誘いを光速で断った。ここで少しでも躊躇う素振りを見せると、涼太は更にしつこく誘ってくるので、咲良は速攻断る事にしている。
「おい涼太、咲良ちゃん嫌がってんぞー!」
「セクハラだセクハラー!」
常連達からヤジが飛んでくるが、これもいつもの事なので、このやり取りは様式美と化している。
しかし今日の涼太は機嫌が悪いのか、「うるせぇ! ジジイ共は黙ってろ!」と何時になく口調が悪く、常連たちを威嚇する。
「きゃー! こわーい!」
「パワハラだパワハラー!」
……残念な事に涼太の事も小さい頃から知っている常連達には全く効果は無い様だが。
「ゴホッ」
そんな中、カウンター席の端から咽るような声がしたので視線を向けると、メガネ君が笑いを堪えていた。
涼太は笑われている事に気付き、メガネ君へと詰め寄ると「お前何笑ってんだよ!!」と絡みだす。
「いや、皆さん仲が良いなあと思いまして」
ネガネ君は涼太と常連達のやり取りを見て答えたのだが、何故か涼太にとってその言葉が嫌味に聞こえたらしく、急に怒り出した。
「んだとテメェ! 舐めてんのかコラァ!!」
その様子に咲良や常連達は驚いた。普段の涼太らしくないからだ。
「ちょ……! 涼太! うちのお客さんに乱暴はやめて!」
「咲良は黙ってろ!」
咲良は怒鳴る涼太からアルコールの匂いがする事に気が付いた。
「あ、涼太お酒飲んでるでしょ! お水飲みなさい! ほら!」
「うるせぇ!」
咲良が差し出した水を涼太が払い除けてしまった。その結果──
「「「「あっ!!」」」」
コップの水を頭から被る事になってしまった──メガネ君が。
涼太もその様子を見て流石に肝が冷えたのか、大人しくなり「ごめん!」と謝った。元々根は素直なのだ。
そんな涼太を大介が嗜めながら外に連れ出し、常連達もからかい過ぎを反省して帰って行った。
二人だけになった静かな店内で、咲良は綺麗なタオルでメガネ君の頭を慌てて拭いた。
「ごめんなさい! 服は濡れて無い? 風邪引いちゃうかなぁ」
「だ、大丈夫だから! 自分で拭けるから!」
思わずメガネ君の頭を拭いていた咲良の手がピタッと止まる。
何故ならメガネ君の本体だと密かに思っていた眼鏡がズレて、眼鏡と髪の間から覗く綺麗な青い瞳と目が合ったからだ。
──それはさっき話題に出て、今もテレビに出ている人物と同じ色の瞳だった。
「え……!?」
驚く咲良の後ろではテレビからトークショーの会話が聞こえてくる。
『えーっ! 悠くん好きな子おんの? 誰? 俺が知ってる子?』
『いいえ。一般人ですよ。昔迷子だった俺を助けてくれた女の子なんです。その子が俺をご両親のお店まで連れて行ってくれて……そこで初めてラーメンを食べたんですが、それがとても美味しくて』
『悠くんのラーメン大好きはそこから始まったんやな!』
それからトークは進み、イギリスから日本へ戻って来た事、日本語を一生懸命勉強した事、記憶を頼りにお店を探した事、久しぶりに会った女の子が可愛く成長していた事、接客する姿を見て好感を持った事、好かれる為に綺麗に食事が出来るように練習した事──。
店名や場所は言わなかったものの、咲良はその話の内容の一部に思いっきり身に覚えがあった。
「まさか、カイン……?」
咲良が聞いていた名前は悠のミドルネームだったらしく、名前を覚えていた咲良にメガネ君──九ノ瀬 悠はとても嬉しそうに微笑んだ。
「あーあ、バレちゃったか。でも今日でメニュー制覇出来たし、ちょうど良かった」
咲良が悠の言葉にはてなマークを浮かべていると、テレビからその答えが聞こえてきた。
『俺、そのお店のメニューを全部制覇したらその子に告白しようと決めているんです』
悠のカミングアウトに、テレビからは観客の絶叫が聞こえてくる。
「この一年、本当に長かったけど、やっと言える……」
驚く咲良に、悠は眼鏡を外すと、とても綺麗な笑顔を浮かべて告白した。
「──咲良さん、好きです。僕と付き合って下さい」
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございました。
文字制限が有ったので説明不足感が否めませんが、
お楽しみいただけたら嬉しいです。
メン×コイ デコスケ @krukru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます