メン×コイ

デコスケ

前編

 複数の路線が集まる主要駅に隣接している商店街の裏道の、飲み屋などが並ぶ雑多な場所にあるラーメン屋「らーめん山田」。

 ネーミングセンスが皆無の知る人ぞ知るこの店は、ラーメン屋なのにチャーハンが絶品と評判だったりする。


 国民食だったラーメンが多様化し、海外にまで日本のラーメンが広がる中、時代の波に取り残されたような「らーめん山田」が世界的不況の今でも店が潰れずに済んでいるのは、ひとえに昔からの常連客が支え続けてくれているからだ。


 そして今日も「らーめん山田」には、飲んだ後の〆にと常連客達がラーメンを求めてやって来る。


 「らーめん山田」はカウンターが十五席、テーブルが一つ置いてあるだけなので、常連だけでほぼ席が埋まってしまう。

 そんな小さい店なので、店主の山田大介と大介の一人娘である咲良さくらの父娘二人で店を切り盛り出来ている。


 娘の咲良は近くの大学に行きながらバイトとして店を手伝っており、明るく人懐っこい性格で常連客にとても可愛がられている。

 咲良自身も小さい頃から手伝っていたので接客は十分手慣れているし、お客とも顔見知りなので毎日楽しく働いている。


 ちなみに大介の妻で咲良の母、桃子は五年前に病気で他界している。それから大介と咲良は父娘二人で頑張り、一生懸命お店を守って来たのだ。


 そして何時ものように常連客で賑やかな店内に、一人の若い青年が入って来た。

 レンズが分厚い黒縁メガネに無造作な髪型なので、一見すると顔がよくわからないものの、目から下のパーツはバランスが取れているのが見て取れるので、素顔は結構整っていそうである。

 「らーめん山田」は年配者の客が多く、若い客はほとんど来ない。だからこの眼鏡の青年も珍しい客ではあるものの、実は彼もれっきとした常連客だったりする。


「あ、いらっしゃいませ! 今日は何にしますか?」


「……半チャンセットで」


「はーい! 半チャンセット一つー!」


「あいよー」


 この眼鏡の青年がふらっと「らーめん山田」に現れるようになったのは一年程前からだ。来店する頻度は月に二、三回程なのでそう多くはないが、店にとっては珍しく若い客なので、大介と咲良はすぐに顔を(と云うか眼鏡を)覚えてしまった。

 そして咲良はこの青年の事を密かに「メガネ君」と呼んでいる。まんまである。残念ながら咲良のネーミングセンスは父親に似て皆無だった。


 このメガネ君は毎回注文するメニューが違っていて、今日注文の半チャンセットで全メニュー制覇を達成する事になる。


 もしかすると食べ歩きが趣味か、食レポのブログでもやっているのかもしれない。

 咲良は今どきの若者なのにPCやタブレットを全く使いこなせないので、もしメガネ君がこの店のレビューを書いていたとしてもその内容を知る事は無いけれど。


 そしてしばらくすると半チャンセットが出来上がり、メガネ君の座るカウンター席に料理を運ぶ。


「はーい! お待たせしましたー! 半チャンセットでーす! どうぞごゆっくりー!」


 メガネ君は「ありがとうございます」と言って受け取ると、もそもそと食べ始める。それでも良く教育されているのか、食べ方は意外と綺麗だったりする。


 わいわいと賑やかな店内にあるテレビでは、お笑い芸人が司会のトーク番組が流れている。毎回様々なゲストが登場する昔ながらの番組ではあるが、巷で話題の人物が出演する為、視聴率は高い。

 そんな番組を見ながらチャーハンを食べていた常連客の一人、恰幅さん(身体の肉付きがよく、腹や肩の幅が広い)が愚痴をこぼす。


「あ、このイケメン、名前なんだっけ? うちの娘が大ファンでよぉ。テレビで見かけるたびきゃあきゃあうるせーんだゎ」


「よくCMで見かけるよね。中高生にも人気らしいよ。そう言えば駅前のポスターがよく剥がされてるって?」


 恰幅さんに答えたのは貫禄さん(見た目や雰囲気から威厳を感じる)だ。


「うちの娘もこの人が表紙の雑誌持ってたよ。咲良ちゃんはこの人知ってる?」


 また別の常連客、寛容さん(注文を間違えてもそのまま食べてくれる)が咲良に話を振ってきた。


「うーん、何か見た事あるなぁって感じかな? 確か友達に熱狂的なファンがいたような?」


 今話題に上がっている俳優の名は「九ノ瀬ここのせ ゆう」。

 誰もが見惚れる甘いマスクに高身長、長い手足とバランスが良い身体をしており、日本とイギリスのクウォーターで青い目の持ち主だ。

 コンタクトではない自然な青色の瞳に恋する乙女が続出しているらしく、女優やモデルですらその青い瞳に見つめられると即落ちしてしまうともっぱらの評判だ。


「なんだい咲良ちゃんは色気がねぇなあ! 今をときめくイケメン俳優だよ? 興味ないのかい?」


「うーん、鑑賞する分には良いけど、別世界の人過ぎて……。あ! でもラーメンが大好きらしくて、テレビで食べてるとこ見た事あるけど、凄く食べ方が綺麗だった。そこは好きかな!」


「ははは! ラーメンが基準とか、咲良ちゃんらしいや! 色気より食い気かぁ! 折角可愛いのに勿体ねぇなぁ!」


「でも食べ方は重要じゃね? 麺を歯でぶちぶち切られるとゲッ!て思うぜ?」


「そうそう、俺もそう思う! アレはやだねー! ちゅるっといって欲しいよね!」


 常連客がラーメンの食べ方談義で盛り上がる中、咲良はふと昔を思い出す。

 それは咲良が小学生の頃に出会った男の子との思い出だ。


 * * *


 ──当時は母の桃子も存命で、夫婦二人で店を切り盛りしていた為、鍵っ子だった咲良は自宅で宿題を終わらせた後「らーめん山田」へ向かうのが日課になっていた。


 咲良が男の子と出逢ったその日は、秋から冬へ季節が変わろうとしている肌寒い時期で、朝から雨が降っていたのを憶えている。


 咲良が店へ向かう途中、既に閉まっている店の軒下で雨宿りしている男の子がいた。

 普通であれば傘を忘れ、親の迎えでも待っているのだろうと素通りするところだが、咲良はふとその男の子が迷子なのではないかと思い足を止める。

 何故ならその男の子は明るい栗色の髪に青い瞳をしていて、一目で外国人だとわかる容貌だったからだ。


 その男の子はとても可愛らしい顔立ちをしており、服装によっては女の子だと勘違いしていたかもしれない。そんな男の子は雨で濡れてしまったのか、寒そうに震えていて唇が紫になっている。このままだと確実に風邪をひくだろう。


 自分と同じくらいの齢の子が寒そうにしているのを見て、放って置けないと思った咲良は、本来の世話好きの性格も相まって男の子に声を掛けた。


「どうしたの? お迎えを待っているの?」


 男の子は咲良を見るものの、不思議そうに首を傾げる。

 その様子を見て、咲良はこの男の子は日本語がわからないんだと気が付いた。


「えーっと、どうしよう……こういう時は何ていうんだっけ……」


 英語なんて全くわからない咲良は必死に記憶の中から言葉を探す。


「あ、そうか。カモーンだ。カモーン!」


 誰でも知っている英語を思い出した咲良は思いっきり日本語の発音で男の子に話し掛けたが、男の子も咲良の言いたい事がわかったようで、大人しく咲良の後を付いて来る。


 咲良は男の子を傘の中に招き入れ、一緒に「らーめん山田」へ向かう事にした。

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