第27話奥の手

 ちぎれた右腕から大量の血を流すレイラ姫の体を俺は、抱き上げた。

「どうしてこんなことをしたんだ?」

 俺は訊いた。

 訊かざる終えない。

 二つの世界の平和を願ってたのではないか。

 姫さんがそう望んでいると思うからこそ、俺は命をかけてここまでやってきたというのに。

「だめね……やっぱり私はお兄さまのことが忘れられなかったみたい。復讐なんて馬鹿な気持ちを押さえることができなかったの。それにミリアも。あの人は子供のときから私の憧れだった。強くて、美しくて……だから私は二人の仇をうちたくなったの。こんなの意味がないとわかっていてもね」

 そう言うとレイラ姫は力なくまぶたを閉じた。

 

 ぐったりと動かない。


 おいおいまさか、こんなことって。


 俺は青白いながらも美しい姫さんの顔を見た。

この顔は、覚えがある。

 そう長くない人生で何度か見た表情だ。


 死者の顔だ。


 くそったれの馬鹿野郎だぜ。

 一言ぐらい相談してくれてもよかったのに。

 俺は姫さんに友情みたいなのを感じはじめていたというのに。


「よくも姫殿下を‼️」

 怒声鋭くジムルが叫ぶと礼服の上着を脱ぎ捨てた。

 四つん這いになり、ウオーと天に向かって叫んだ。

 叫んだ直後、瞬時にして巨大な獣へと変化した。

それは恐らくジムルが持つ魔力のようなものだろう。レイラ姫がペンダントをナイフに変化させたように。ロイが次元の扉を操れるように。


 それは漆黒の毛を持つ狼であった。

 ジムルは人狼ワーウルフに変身したのだ。


 巨大な人狼は荒れ狂う暴風となりマリウスに襲いかかる。

 その巨大な牙で噛み砕こうというのだ。

 普通の人間なら、胴を真っ二つにされていただろう。

 だが、白騎士マリウスの力量ははるかに上であった。

 かろやかに飛び退くと細剣レイピアでジムルの右腕、いや右前足を貫いた。

 うぎゃあとジムルは悲鳴を上げ、開けられた穴からは大量の出血をよぎなくされた。


「ああぁなんてことを……」

 震える声で顔を押さえながら、ジョヴァンナは駆け寄った。

 頬に大量の涙を流している。

 そりゃそうだろうよ。

 我が子のように可愛がっていた姫さんがこんな姿になったのだから。

 気持ちはわかるよ、ジョヴァンナさん。

 俺も悔しい。

 どうして気づいてやれなかったんだ。


「やりやがった、やりやがった、やりやがったな‼️」

 その豊かな胸元からソードブレイカーを取り出すと、狂気乱舞しイリシアは俺たちに襲いかかる。

くそったれの連続だ。

 こんな時にあの狂信者の相手をしないとはいけないとは。

 しかし、これはイリシアにとっては好都合だったのかもしれない。

 フェアリージェルを魔族として、また家族の仇として憎んでいるあの女にとっては好機以外のなにものでもないのだろう。

 父とあおぐマゼラン枢機卿に傷を負わせたフェアリージェル側への攻撃を加えられる絶好の機会を与えてしまった。

 振りかぶってソードブレイカーで斬りかかるイリシアの動きを止めた人物がいた。


 それは月影響子であった。


 彼女は両手でイリシアの動きを封じている。

「月影流無刀術半月‼️」

 そう叫ぶと月影響子はイリシアを一本背負いの要領で投げ飛ばした。

 さすがは銀の鍵の構成員エージェントだ。

 なかなかの戦闘力だ。

「これ以上誰も死なせる訳にはいかない」

 月影響子は言った。


 しこたまに頭を打ちつけたイリシアは頭をふり、床の破片を払いながら立ちあがった。

 まったく象なみの体力だ。


 こうなったら奥の手を使うしかない。

 俺は意を決して立ち上がり、駆け出した。

「ど、どちらに」

 ジョヴァンナは泣きながら訊いた。

「ちょっくらやり直しにさ‼️」

 俺はそう言うと全速力で走り出す。



 バジリスクのドアを勢いよく開け、運転席に転がりこむように座る。

 助手席にはある人物が座っていた。

 俺たちの危地を知ったソフィアがすでに呼び出してくれていたようだ。


 その人物は小柄な女性だった。

 身長は百五十センチメートルほど。

 黒いボブカットの髪に大きなアーモンド型の瞳が魅力的だ。

 青竜の刺繍が施されたスカジャンを羽織っている。

 片手にクッキーの袋を持ち、ボリボリとうまそうに食べていた。

 クッキーの銘柄はオレオだ。

「よお、お困りかい、クレイジータクシー」

 と彼女は言った。


 彼女こそソフィアがつむぎだした七つの物語の一人ヒーローで唯一の実在する人物であった。

 他の物語が完全にソフィアがつくりだした創作オリジナルに対してこの助手席に座る彼女をモデルにした物語は現実ノンフィクションを描いたものである。

 その小柄な彼女はその物語の登場人物キャラクターにして頼れる私立探偵であった。


その物語こそ「異能探偵神宮寺那由多の事件簿」である。

 そして彼女はその神宮寺那由多その人だ。

「手を貸してくれないか、異能探偵」 

 俺は言った。

「もちろんさ」

 オレオをうまそうに食べながら、神宮寺那由多は答えた。




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バジリスクは世界を駆け、七つの物語は君を護る 白鷺雨月 @sirasagiugethu

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