第26話友好条約式典

 教会に着いた俺たちを数名の男女が出迎えた。

 背の高い、スタイル抜群の黒髪美女が最初に挨拶してきた。

「あなたがクレイジータクシーの羽倉さんですね。レイラ姫をこの教会まで連れてきていただき、ありがとうございます」

 よく通る声で女は言った。

 この黒髪美女は月影響子と名乗った。

 明子と同じ銀の鍵に所属する構成員エージェントということだった。

「姫様、よくぞご無事で‼️」

 どたどたと肉付きのいい熟女が走りながらやって来て、レイラ姫に抱きついた。

 その豊満すぎる胸に姫さんの美麗な顔をおしあてた。

「ちょっとちょっと、ジョヴァンナったら。苦しいわ」

 涙目で姫さんは答えた。

 レイラ姫の話では、この豊満熟女は侍従長を勤めているということだった。

 幼いときからの世話係で母親のように慕っているというこだった。

 いやあ、再会できてよかったよ。


「レイラ殿下、ご無事での帰還なりよりです。羽倉殿、姫殿下をよくぞここまで連れてきてくれました。なんと感謝してよいのやら」

 レイラ姫と同じような銀色の長い髪を首の後ろで一つにまとめた秀麗な顔立ちの男は主席秘書官にして副大使のジムルと名乗った。

 レイラ姫といい、このジムルやジョヴァンナも眉目秀麗な者たちだ。

 さすがは森妖精エルフのモデルになった一族だ。

 彼らは昔、自然発生した次元の扉をくぐりこちらにやってきた。

 それを見た人々が森妖精エルフを連想したのだという。

 また、その次元の扉をくぐり向こう側に行って戻ってこなかった人間も数多くいる。

 神隠しのいくつかはこういうのが原因だという。

人間とフェアリージェルの人たちとの間に子供ができることもあったという。

 それがあの魔少年ロイをはじめとする混血児の出自だという。

 混血児は何故だが強い能力をもって生まれることがあるという。


 式典までの待ち時間、構成員エージェントの月影響子がそう説明してくれた。

 姫さんの計らいで俺も友好条約の式典に参加することを許された。

 イリシアとの戦闘でボロボロになったジャケットの代わりをジョヴァンナが用意してくれた。

 なかなかいい生地のジャケットだ。

 肌ざわりが心地よい。

 報酬の一つに貰いたいというとジョヴァンナはこころよく承諾してくれた。 

 気前のいい豊満熟女だ。

 それに話上手で、幼いときの姫さんがどんなに可愛かったか懇切丁寧に説明してくれた。

 おかげで退屈せずにすんだよ、ありがとうジョヴァンナさん。



 教会の式場の右側にフェアリージェルの人間が並んだ。左側には人間側の代表として聖者教団の連中と月影響子が座っている。

 あの白騎士マリウスと修道騎士イリシアもいた。


  白いドレスに頭に銀のティアラを乗せたレイラ姫が中央前方に進み出た。

 それはそれは口笛を吹きたくなるほどの美しさだった。

 形の良い胸元の上には三日月のペンダントが揺れていた。

「姫様、なんとお美しいのやら」

 ジョヴァンナは感涙にむせっている。

 たしかに目の前を通りすぎる姫さんの姿はおとぎ話の妖精のように美しかった。

 横切る瞬間、姫さんはちらりと俺のほうを見た。

緊張した面持ちだった。

 世紀の式典だ、そりゃ緊張するだろうよ。

 そのときの俺はそう思っていた。


 聖者教団のほうからも中央の壇上に歩み寄る人物がいる。

 白いゆったりとした衣装に身を包んだ人物は白髪の老人だった。

 その優しそうな表情はさすがは宗教家といえた。

 この老人こそ人間世界の代表としてフェアリージェルと友好条約を締結する重要人物マゼラン枢機卿である。

 かなり足が悪いようでかのマリウスが付き添っていた。

「いくつもの困難と試練を乗り越えて貴世界との友好条約をここに締結できることを余はうれしく思います」

 老人ながらはっきりとした口調でマゼラン枢機卿は言った。

 条約書にサインするべく筆ペンをとった。

 筆ペンの先にインクをつけ、今、まさに署名しようとしていた、


 その場面を見守る者たちの数は少ない。

 これは歴史に残る瞬間であった。

 それはこのまま、マゼラン枢機卿に続きレイラ姫がフェアリージェルの代表としてサインすればの話であった。



「やはり私は、私は……あなた方を許すことはできません」

 レイラ姫は涙を流しながらそう言った。

 その場にいた者はほとんど対応することができなかった。

 俺とマリウスをのぞいて。


 ふっくらとした胸元の上に乗る三日月のペンダントに手をかけたレイラ姫はそれをマゼラン枢機卿に投げつけた。


「倪下ァ」

 マリウスが叫び、細剣レイピアを抜き放つ。

 しかし、ペンダントはマリウスの横をすり抜ける。

 ペンダントは空中で小型のナイフに変化し、マゼラン枢機卿の胸に深々と突き刺さった。


 抜き放った細剣はそのまま姫さんの胸を切り裂こうとしていた。

 俺は瞬時に竜の血を全身にかけめぐらせ、姫さんに駆け寄った。

 おいおいここに来てそれはないぜ。


 俺は手刀をマリウスの細剣に叩きつけた。

 ちっ、タイミングが遅い。

 わずかに間に合わない。

 細剣の軌道をわずかにずらしただけだった。

 軌道のずれた細剣はレイラ姫の右腕を切り裂いた。

 レイラ姫の右腕は鮮血とともに天井ちかくにかざられた十字架まで吹き飛んだ。



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