第25話聖ジョージ教会
絵に描いたような美青年が突如あらわれ、俺達の攻撃を制した。
後方に五歩ほど下がり、俺達は距離をとる。
その白服の美青年は光の壁の中、イリシアをかばうように立つ。
背後のイリシアはその美青年をマリウスと呼んだ。
どうやら奴が姫さんの兄レイテ王子を倒した白騎士マリウスということだろう。
「あの光の壁はどうやら絶対物理結界のようだな。我々の攻撃はつうじないだろう。それと同時にあちら側からも我らを攻撃することはできないようだ」
冷静にクリュゲスが分析する。
どうやらその分析は的を得ているだろう。
白騎士マリウスはその光の壁の中から動こうとはしない。
「マリウス兄さん、何故ですか?」
イリシアはきいた。
あの狂信者が嘘のようにしおらしくなっている。
唯一の左目は憧憬の色にそまっている。
心なしか頬も紅潮している。
なるほどね、イリシアにとってこの金髪碧眼の美青年はそういう存在なのだろう。
「さて、どうする」
クリュゲスが俺に問う。
「ちょっくら交渉してくよ」
そう言い俺は光の壁に近づいた。
眩しく輝くその壁は完全に俺と白騎士の間を遮っていた。
すさまじい能力だ。
恐らく、この能力は奴の力の片鱗だろう。
イリシアも十分強いが、それは想像の範囲内だ。このマリウスという男は想像以上の戦闘力をひめているだろう。
修羅場をくぐってきた俺の勘がそう告げている。
だが、このような結界をつくったのは俺達と戦う気はないのだろうと俺は推察する。
「あんたが白騎士マリウスかい。俺はタクシードライバーの羽倉剣太郎だ」
一応、はじめましての挨拶をしておく。
俺は実は礼儀正しいのだ。
ただし、それは相手にかぎるけどな。
「私は聖者教団修道騎士団の団長マリウスだ。此度は我が妹のイリシアの所業、まことにすまないと思っている」
マリウスはそう言うと、深々と頭を下げた。
「兄さんどうして……」
イリシアはマリウスに駆け寄り、その右腕を掴んだ。
「イリシア、我が妹よ。よく聞くがいい。フェアリージェルの人間たちをこれ以上殺傷してはいけない。我らは積年の恨みを忘れ、未来を信じて共に歩まないといけないのだ。それが父であるマゼラン枢機卿のお言葉だ」
諭すようにマリウスは言い、イリシアの赤い髪をなでた。
あの猛牛のような修道女が大人しい少女のような顔になっている。
まったくなんて顔しやがるんだ。
恋する乙女の顔じゃないか。
邪気ってのが完全にぬけてやがる。
「羽倉剣太郎殿、我が父マゼラン枢機卿のお言葉をお伝えする。レイラ姫を聖ジョージ教会にてお待ちしている。これより先はこの枢機卿の名にかけて一切妨害はいたしません。必ずや友好条約の締結をいたしたいとのことです」
マリウスは言った。
「それじゃあ、ここを通ってもいいってことかい」
俺は言った。
「もちろんです、これより先はどのような者もあなた方を傷つけはいたしません」
「そいつはありがたいぜ」
どうやらこれ以上、戦わなくてよさそうだ。
このマリウスという男はみるかぎり、裏切りなどの策謀を好むタイプではなさそうだ。
なによりも名誉を大事にするのだろう。
尊敬に値する人物とみてよいだろう。
これもまあ、俺の仕事柄の勘だがな。
「そうかい、じゃあ通してもらうぜ」
俺は言った。
「どうぞお通りください。聖ジョージ教会にてお持ちしております」
マリウスは言った。
白騎士マリウスが戦闘を中断してくれたおかげで俺達はどうやら、この先なんの抵抗も受けずに目的地にたどりつけそうだ。
バジリスクの運転席に戻った俺は助手席にて待っていた姫さんに無事に通過できることを告げた。
「ところで、あのロイはどこにいったんだ?」
車内にはレイラ姫ひとりだった。
「ロイはミリアを葬るためにこの車を出ていきました。ミリアの形見としてこのペンダントをおいて……」
そう言い、姫さんは形の良い胸の前にある三日月のペンダントをなでた。
あのミリアとかいうグラマーはたしか姫さんの兄の婚約者だったな。
義理の姉になるかもしれなかったのだ。
きっと俺の知らぬ思い出があるのあろう。
「さあ、目的地に出発だ」
と俺は良い、アクセルを踏み込んだ。
橋を越え、少し走らすとその白壁の教会に到着した。
どこにでもある普通の街の教会であった。
まさか誰もこの一般的な教会で世紀の条約が結ばれるとは思っていないだろう。
「着いたぜ、レイラ姫」
俺は微笑を浮かべ、姫さんに言った。
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