第24話白騎士マリウス

 ちぎれた革鞭をなおもふるい、イリシアは俺の体を打ち砕くべく、襲いかかる。

 朝日の中、吸血鬼殺ヴァンパイアハンターと名乗るそれは風と空気を切り裂いていく。

 俺はその軌道を完全に読みきり、わずかに上半身をずらし、その攻撃をよけた。

 目がかすかに痛み、充血する。

 それは竜の血により視力を格段にあげたための副作用に近い。


 見えるぜ、見えるぜ。


 今の俺なら、百メートル先で針を落としてもみつけることができるだろう。

 戦国時代の風魔忍者以上の視力だ。


 俺の目の前を駆け抜けていく革鞭に向かって、俺は敵からうばった長剣ブロードソードで斬りつけた。

 さらにその革鞭は短くなっていく。

 ちぎれ飛んだ革鞭のかたわれは切り離されたトカゲの尻尾のように地面をのたうちまわった。


 その間にもクリュゲスは次々と敵の騎士たちをなぎ倒していく。

 彼らと英雄クリュゲスとの戦闘能力の差は歴然であった。

 敵騎士たちの攻撃はかすることなく、空をきり、カウンターをくらい倒れていく。

 あるものは武器を破壊され、あるものは鎧を砕かれ、意識を失っていく。

 一人も命を奪わないのが、その力の差であろう。

 クリュゲスはかの物語世界では一人で一万人に匹敵される戦士と呼ばれていた。

 別の名前は剣の王。

 七つの物語の一人ヒーローでこと戦闘において最も頼りになる男である。


 三十六名いた騎士たちも最後の一人となっていた。

 震える手で剣を握り、切っ先をこちらにむけている。

 あまりの戦闘力の違いにその男も恐怖を感じているのだろう。

 だが、これはさすが狂信者といえた。


「アーメン‼️」


 そう叫ぶと剣を上段にかまえ、無謀ともいえる突撃を敢行した。

その勇気はほめてやりたいが、やはり無謀であった。

 クリュゲスが大剣クレイモアを水平に貫く。

 それは至極単純な動作であった。

 だが、究極まで鍛えぬかれた肉体から発せられらる攻撃は誰にもとめることはできない。

 敵の騎士は無様にも攻撃を胴体に受け、鎧の破片を地面に撒き散らしながら、数メートル吹き飛んだ。額にかるく浮かぶ汗をぬぐうとクリュゲスは俺に笑いかけた。

 歴戦の戦士だけがもつ、爽やかな、いい笑顔だ。


 半分以下になった革鞭を地面に捨て去るとイリシアは特攻にも似た斬撃をくりだした。

 額、心臓、下腹部と一撃でも食らえば致命傷は必至であったが俺はのらりくらりとその攻撃を長剣で受け流した。

しかし、それにしてもすさまじい腕力だ。手のひらがじんじんとしびれやがる。

 彼女の戦士としての力量と闘志をかんじることができた。

 ここはやはり敬意をもって最大の力で挑むしかあるまい。

 ほかの騎士達とはちがい、手をぬくことは一切できない。


 ちらりと俺はクリュゲスの顔を見た。


 クリュゲスは俺の意図を察し、俺の横に並ぶ。

 スピードと呼吸を合わせ、俺たちは剣を振り上げ、ほぼ同時に攻撃をしかけた。


 剣が風を切り裂き、二本の雷光となってイリシアに襲いかかる。

 この攻撃をくらえば、よくて重傷、悪ければ死んでしまうかもしれない。

 だが、ここで手を抜いていたらこちらが殺られてしまう。

 そのことを理解しているからこそクリュゲスも一切手を緩めることなく斬撃をくりだした。

 それが戦士クリュゲスの矜持といえるだろう。


 だが、ガツンという鈍い音をたて、俺達の剣はなにものかに遮られた。

 二本の剣が命中する寸前で俺達の攻撃が完全に停止した。

 まるで分厚い鉄の壁をうちつけたような感覚だ。

 俺達とイリシアとの間に眩しいほどの光が壁となってたちはだかっている。

 光の壁を両手を広げて作り出している人物がいた。

 純白の神父服に身を包み、腰には豪華な宝石で飾られた細剣レイピアをぶら下げている。

「聖霊よ、我が盾となりたまえ、アーメン」

 その金髪碧眼にして眉目秀麗な男はそう唱えた。

 男の声に反応し、光の壁はさらに分厚くなる。

 完全に俺達の攻撃を弾き返した。


「マリウス兄さん……」

 その男の端正な顔を見ながら、イリシアは言った。









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