2

どれ程時間が経っただろう。静かだった宮殿に物々しい声と音が響き渡る。甘将軍は命懸けで最後の命令を守ったのだろう。王が待つ広間に、 艶やかな黒髪と青みかかった灰色の瞳。歴戦を戦い抜いた、逞しさを感じさせる体格と彫りの深い整った容貌をして、華美ではないが装飾の施された鎧を纏った男が一人で入って来た。

「……琰(えん)」

「来たか瑆(せい)。随分遅かったじゃないか」

  玉座に座り、待ちわびた友人を迎える様な琰の口調に、瑆は苦笑した

「どこぞの誰かさんが罠を仕掛けまくってくれたおかげだよ。骨が折れたぜ」

瑆の言葉に琰は楽しそうに笑う。だが瑆は琰の姿に、彼の覚悟を見た。ここで、王として死ぬつもりだと。

「琰、戦いは終わりだ。俺は、お前を死なせたくない!」

「俺に、お前の軍門に下り頭を下げよと?」

「琰!」

「笑わせるな!!お前に俺の何が解る?!俺が、俺の一族が!どれだけ犠牲を払いながらこの国を守って来たと思う!!お前は知るまい?時に血と涙を注ぎながら、時に奸臣を利用してでも護り続けなければならぬ物の重さを!」

琰は玉座から立ち上がり、瑆に歩み寄りながら言葉を続ける。

「もう後少しだ。後少しで俺は一族の悲願を叶える事が出来た。大陸を統一し、我が一族が覇王として君臨する悲願を!何故お前が俺と同じ時代にいるのだ!?お前さえ居なければ、俺は皇帝としてここに居ただろう!!」

琰は頬を紅潮させながら言う。それが全て本心ではない事を、瑆は知っていた。

「ガキの頃、俺達は話してたな。お前と俺で、この大陸を統一すると」

  子供の頃、瑆は人質としてこの国にいた。そして琰と竹馬の友として過ごしたのだ。琰は苦々しく笑い

「あの頃とは俺達の立場は違う。違いすぎる。両雄は並んで立てない」

琰は瑆から離れ、玉座に戻り

「間もなく、この宮殿は爆発する。俺はこの国の王だ。最後の王として死ぬ。お前に頭は下げない」

「琰!!」

淡々と告げる言葉に、瑆が琰に近付こうとした時、庭から爆発音が轟いた。それは誰も居ない後宮からも。

「お前……」

「瑆、俺の負けだ。だが俺の首はお前にはやらん」

そう言うと、近くの燭台を倒す。蝋燭の火が、撒かれていた油に燃え広がっていく。

「琰!!」

「さらばだ、友よ。あの世から見ていてやろう……」

彼を火の手から救い出すために近付こうとするが、火の回りが早く、燃えた絨毯等が行く手を阻む。琰はゆっくりと小さな盃を呷った。中には毒薬が入っていた。

「琰!!」

燃え上がる火の手は玉座を飲み込み、琰の姿も飲み込まれていった。

「瑆様!!」

味方の将軍が瑆を広間から連れ出す。正殿の奥からも爆発が起きた。死なば諸ともと言う様に、宮殿のあちこちが爆破されていく。瑆は撤退を余儀なくされたが、長年にも渡る戦乱は、これで終わりを告げた。


それから数年後、瑆は戦後処理を終え、自分の国で即位した。

彼が戦場に出たのは、まだあどけなさが残る青年の頃だった。師と仰いだ老人も、志を共にした仲間も失いながら、長い戦いの果てに辿り着いた玉座だった。

  彼は功績のある将軍の内6人を選び、国の周辺にある重要拠点の長とし、自分が間違いそうにならないように、この国を見守って欲しいと頭を下げた。彼らは膝を着き臣下の礼を取り

「皇帝陛下万歳!!」

と叫んだのである。


  皇帝となった瑆は一人、 王城の庭に出て感慨に耽っていた。そこに、腰に携帯用の墨壷を差し、筆と木簡を握り締めて走り寄ってくる、眼鏡をかけた若い文官の姿があった。

「陛下~~!!探しましたよ」

「何だ?何か急ぎ事か?」

「違いますよ!!陛下の偉業を後世に残すために記録にするんですよ!!」

  鼻息荒く言い募る文官に、皇帝は頭を掻きながら嫌そうに

「面倒臭ぇ事はいらねぇっつっただろ?俺が皇帝になれたのは、俺だけの功績じゃねぇって」

と、皇帝らしからぬ乱暴な口調で言うも、文官は

「解っております。だからこそ記録に残すんです!陛下と共に戦い、志半ばに倒れた方々の御名をも残すために」

真っ直ぐな目をし、そばかすが幼さを出す丸い顔を真剣な表情にして言う文官に、皇帝は鼻で笑って彼の頭をグシャグシャ撫でながら

「ひょろい体してる割には気が強いな、気に入ったぜ!良いだろう。俺のひいばーさんの話聞かせてやろう。じーさまも親父も、この人には敵わなかった、最強女帝の話をな!!」


「琰、俺のひいおばあさまを知っているか?血は繋がってはいないけど、凄く立派な女帝だったんだ!」

  子供の頃、瑆は琰と話していた。彼らは兄弟の様に、お互いの部屋で寝起きする程に仲が良かった。

「迦陵帝の話なら聞いた事がある。あの方が

治めていた頃は、この大陸は平和で豊かだったって」

この大陸には、伝説として語り継がれる女帝がいる。彼女が治めていた時代。戦争もなく餓えもない、まさに平和な時代だったと言われ、彼女の死が、この大陸に戦国時代を招いたとさえ言われる。

  琰と瑆が憧れ、目標にした、この国の基礎を作り上げた彼女の戦いを語ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

凛華立国伝 観辺屋みなと @kanbeya-minato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ