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どれ程時間が経っただろう。静かだった宮殿に物々しい声と音が響き渡る。甘将軍は命懸けで最後の命令を守ったのだろう。王が待つ広間に、 艶やかな黒髪と青みかかった灰色の瞳。歴戦を戦い抜いた、逞しさを感じさせる体格と彫りの深い整った容貌をして、華美ではないが装飾の施された鎧を纏った男が一人で入って来た。
「……琰(えん)」
「来たか瑆(せい)。随分遅かったじゃないか」
玉座に座り、待ちわびた友人を迎える様な琰の口調に、瑆は苦笑した
「どこぞの誰かさんが罠を仕掛けまくってくれたおかげだよ。骨が折れたぜ」
瑆の言葉に琰は楽しそうに笑う。だが瑆は琰の姿に、彼の覚悟を見た。ここで、王として死ぬつもりだと。
「琰、戦いは終わりだ。俺は、お前を死なせたくない!」
「俺に、お前の軍門に下り頭を下げよと?」
「琰!」
「笑わせるな!!お前に俺の何が解る?!俺が、俺の一族が!どれだけ犠牲を払いながらこの国を守って来たと思う!!お前は知るまい?時に血と涙を注ぎながら、時に奸臣を利用してでも護り続けなければならぬ物の重さを!」
琰は玉座から立ち上がり、瑆に歩み寄りながら言葉を続ける。
「もう後少しだ。後少しで俺は一族の悲願を叶える事が出来た。大陸を統一し、我が一族が覇王として君臨する悲願を!何故お前が俺と同じ時代にいるのだ!?お前さえ居なければ、俺は皇帝としてここに居ただろう!!」
琰は頬を紅潮させながら言う。それが全て本心ではない事を、瑆は知っていた。
「ガキの頃、俺達は話してたな。お前と俺で、この大陸を統一すると」
子供の頃、瑆は人質としてこの国にいた。そして琰と竹馬の友として過ごしたのだ。琰は苦々しく笑い
「あの頃とは俺達の立場は違う。違いすぎる。両雄は並んで立てない」
琰は瑆から離れ、玉座に戻り
「間もなく、この宮殿は爆発する。俺はこの国の王だ。最後の王として死ぬ。お前に頭は下げない」
「琰!!」
淡々と告げる言葉に、瑆が琰に近付こうとした時、庭から爆発音が轟いた。それは誰も居ない後宮からも。
「お前……」
「瑆、俺の負けだ。だが俺の首はお前にはやらん」
そう言うと、近くの燭台を倒す。蝋燭の火が、撒かれていた油に燃え広がっていく。
「琰!!」
「さらばだ、友よ。あの世から見ていてやろう……」
彼を火の手から救い出すために近付こうとするが、火の回りが早く、燃えた絨毯等が行く手を阻む。琰はゆっくりと小さな盃を呷った。中には毒薬が入っていた。
「琰!!」
燃え上がる火の手は玉座を飲み込み、琰の姿も飲み込まれていった。
「瑆様!!」
味方の将軍が瑆を広間から連れ出す。正殿の奥からも爆発が起きた。死なば諸ともと言う様に、宮殿のあちこちが爆破されていく。瑆は撤退を余儀なくされたが、長年にも渡る戦乱は、これで終わりを告げた。
それから数年後、瑆は戦後処理を終え、自分の国で即位した。
彼が戦場に出たのは、まだあどけなさが残る青年の頃だった。師と仰いだ老人も、志を共にした仲間も失いながら、長い戦いの果てに辿り着いた玉座だった。
彼は功績のある将軍の内6人を選び、国の周辺にある重要拠点の長とし、自分が間違いそうにならないように、この国を見守って欲しいと頭を下げた。彼らは膝を着き臣下の礼を取り
「皇帝陛下万歳!!」
と叫んだのである。
皇帝となった瑆は一人、 王城の庭に出て感慨に耽っていた。そこに、腰に携帯用の墨壷を差し、筆と木簡を握り締めて走り寄ってくる、眼鏡をかけた若い文官の姿があった。
「陛下~~!!探しましたよ」
「何だ?何か急ぎ事か?」
「違いますよ!!陛下の偉業を後世に残すために記録にするんですよ!!」
鼻息荒く言い募る文官に、皇帝は頭を掻きながら嫌そうに
「面倒臭ぇ事はいらねぇっつっただろ?俺が皇帝になれたのは、俺だけの功績じゃねぇって」
と、皇帝らしからぬ乱暴な口調で言うも、文官は
「解っております。だからこそ記録に残すんです!陛下と共に戦い、志半ばに倒れた方々の御名をも残すために」
真っ直ぐな目をし、そばかすが幼さを出す丸い顔を真剣な表情にして言う文官に、皇帝は鼻で笑って彼の頭をグシャグシャ撫でながら
「ひょろい体してる割には気が強いな、気に入ったぜ!良いだろう。俺のひいばーさんの話聞かせてやろう。じーさまも親父も、この人には敵わなかった、最強女帝の話をな!!」
「琰、俺のひいおばあさまを知っているか?血は繋がってはいないけど、凄く立派な女帝だったんだ!」
子供の頃、瑆は琰と話していた。彼らは兄弟の様に、お互いの部屋で寝起きする程に仲が良かった。
「迦陵帝の話なら聞いた事がある。あの方が
治めていた頃は、この大陸は平和で豊かだったって」
この大陸には、伝説として語り継がれる女帝がいる。彼女が治めていた時代。戦争もなく餓えもない、まさに平和な時代だったと言われ、彼女の死が、この大陸に戦国時代を招いたとさえ言われる。
琰と瑆が憧れ、目標にした、この国の基礎を作り上げた彼女の戦いを語ろう。
凛華立国伝 観辺屋みなと @kanbeya-minato
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