凛華立国伝
観辺屋みなと
序章 1
かつて、その大陸は大小様々な国と、遊牧民や狩猟部族の集落が集まっていた。
軍事力を誇る大中の国々は覇権を争い、力のない小さな国や部族の集落は、その勝者の属国になるか、交易による独立しか術はない。
不安定な力関係で成り立っていた大陸は、迎えるべくして群雄割拠の時代となり、やがてそれは大陸をほぼ二分化するまでになっていた。今、その終わりとして北と南、どちらが覇王として大陸を一つの国に纏め上げるのか。決着の時を迎えようとしていた。
『俺が、こんな所で終わるとはな……』
金色に近い、明るい茶色の髪をきちんと結い、王を示す玉冠を被る。纏う装束も王にしか許されない、玉の掴む五本指の龍の刺繍が入った衣。冕服(べんふく)と呼ばれる正装だ。
宮殿の外、都を囲む城壁を出ればそこは戦場。門が破られれば宮殿に攻め入られるのは時間の問題である。のにも拘わらず、彼は鎧ではなく正装を纏っている。明るい髪の色と、翡翠の様な翠の瞳。そして整った顔立ちのせいで、実際の年齢よりも若く見え、より華やかに彩られている。そんな彼が、美しく整備された宮殿を一人歩く。通常であれば、彼の後ろには侍女や重臣らがぞろぞろと歩くだろうに、今は誰も彼の周りには居ない。いや、彼の周りだけではなく、宮中には誰も居なかった。
負けを察して逃げる者。戦場に出た者。安全な場所へ避難した者……
彼は逃げる侍女や下男達に、最後の仕事として宮殿全てを掃除させ、褒美に蔵の金を分け与えた。敵に奪われるよりはずっとましだ。そして一人、彼は敵の大将を正殿で待っていた。
正殿広間の奥、中央に据え置かれた玉座に座っている彼に向かい、走り寄る青年は彼の前に跪くと
「申し上げます!王、城門が破られました。間もなくこちらに参りましょう!お逃げください!」
青年が纏う、装飾が入った鎧も激戦からボロボロだ。彼は玉座から立ち上がり青年の前に歩み寄る。
「立て、甘将軍。朕は逃げん。それよりも後宮は如何した?」
「は。太后様はじめ、王后様方は丞相と避難。女官達も避難しております」
それを聞いた王は、これ以上はない程に愉快だと笑った。
「流石は丞相とその一族だ!逃げ足の早い事よ。あの肥えた腹を揺らし、賄賂で貯めこんだ財産を持って逃げたのであろうな。遠くまでは行けまい……戦乱に乗じて始末してしまえ!我が国の最大の汚点だからな!」
「御意」
「それと、もうじきここにアイツが……瑆が来る。瑆以外は入れるな。そなたも行け!」
「王!!」
「そなたの父も、朕を幼い頃より守ってくれた。礼を言う」
甘将軍は、砂埃と煤で汚れた顔を涙でグシャグシャにする。父譲りの武骨さがある顔だった。死なせるには惜しい。しかし、この状況で生きろと言えば、力ずくでも自分を連れて逃げようとするだろう。それは許さない。
「最後の王命だ。頼んだぞ?」
「……御意!」
甘将軍が泣きながら広間を出ていく後ろ姿に、王は礼を言った。
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