16

 中村家から出ると、陽は暮れかけていた。近くの煙草屋に寄った。私はマールボロを三箱、松永はピースを二箱買い、表に出た。

「上田未亡人を疑ってらっしゃるんですか」松永は煙草に火をつけ、訊ねた。

「みんな容疑者さ」私はいった。「人間を殺すのは簡単だからな」空になった箱とマッチを捨てる。「上田とは知り合いだった?」

「いちおう」

「彼をどう思っていた」

 松永は口をすぼめて紫煙を吐きだすと、遠くを見つめて、「現金主義者というか、お粗末な人情家というか」煙草をくわえて、歯を見せる。「まあ、最低限の評価には値する人でしたよ」

「そうか──じゃあ龍崎琴美は?」

「カネの亡者、離婚者製造機、リリス以来のビッチ」淡々といった。「警察は彼女を疑っているとか」

「ああ」私はいった。「あんたは? 彼女が殺ったと思うか」

「彼女が犯人だったら気分がいいですね。すばらしい記事になる」

「じゃあ君が殺ったか」

「それはいい」松永は笑った。「新聞記者が地元の有力者を殺害、いい記事になる。こんどやってみよう。まあ、もっとも、私なら弾は一発で済みますがね」

「どこの誰が殺ったと思う」

「上田さんはいろんな方面に付き合いがありましたからね。いまのところだと鶴見組あたりがいちばんきな臭いかもしれませんね」私の顔を見て、「まあ、仕事でも嗅ぎまわるのはやめておいたほうがいいですな」紫煙をはいて、「世はすべて事もなし、って言うでしょう? なにごともなければ、自分が望む歳までは生きられるんですから」

 私は笑った。苦い表情をつくって、「あいにく俺はこの仕事が気に入っている。畳の上じゃ死にたかない。忠告はありがたいがね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤い麦 宇山遼佐 @Uzan_Arsenal

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ