第21話 ペットは姫騎士?

 少しばかりパニックに陥った俺は、何となく自分のステータスを確認し、偽装された表示を解除した。


名前:犬飼 子猿

年齢:30歳

性別:男性

称号:超越者

職業:使役師テイマー レベル2

第二職業:神聖騎士ディバインナイト


・転生5回特典

転送士

錬金術師

付与術師

暗殺者


加護

・言語翻訳

・簡易鑑定

・ステータス偽装


従属

▽エロイーズ・ノルベルト


 特に変わった様子もなく、エロイーズの名の横にある▽をタップするようなイメージを浮かべた。


従属

▲エロイーズ・ノルベルト

 名前:ルイーズ・ノルベルト

 年齢:22歳

 性別:女性

 称号:――

 職業:修道女


 本人閲覧: 許可

      →不可


 おかしい。

 ▽をタップすると、召喚がどうこうという項目が出てくるはずだったのが、そんな項目はなく、エロスのステータス的なものが表示されたのだ。


 それはそれで驚きなのだが、何より驚いたのは、年齢と性別以外の表示が、エロスから聞いたいた内容と違うことだった。


「おいルイーズ」

「?」

「ルイーズ」


 俺はエロスの顔をマジマジと見ながら名を呼んだのが、当の本人はキョロキョロ周囲を眺めている。


「……誰のことですの?」

「お前のことだ」

「わたくしはエロス……ではなく、エロイーズですの」

「だよな……」


 本当に意味が分からない。

 だがエロスからすっとぼけているような雰囲気を感じられないので、本人は自分がエロイーズだと信じているのだろう。

 ならば、あれこれ質問しても意味がない。


「エロス、ステータスオープンと唱えろ」

「何ですの急に?」

「いいから唱えろ」


 説明が面倒だと感じた俺は、直接本人にステータスを見せることにした。


「何ですのこれ?」

「お前のステータスだ」

「? 名前からして違いますわよ」

「だから――」


 エロスがそうそうにステータスを確認できたのは良かったものの、そもそもこの女は自分のステータスを見たことがなかったので、『これが本来のお前のステータスだ』というのを納得させるのに時間がかかった。


「これがステータスなのは理解しましたわ」

「やっと分かってくれたか」

「ですが、表示されている内容には納得してませんわよ?」


 そんなことを言われても、どうしてこんな内容になってるのか俺だって分かっていないし、むしろ俺の方が納得してないと思う。

 なにせ、姫騎士でれあれば俺の役に立つと思っていたのに、期待を大きく裏切る内容になっていたのだから。


 しかし、ステータス表記が間違っているとは考えづらい。

 なので少しばかり勝手な推測をしてみたのだが、結局は推測の域を出ないため、とりあえずエロスに質問をしてみることにした。

 そして――


「――あのさぁ、どう考えても騙されてるぞ」


 エロスとの問答の結果、導き出された答えがそれだった。


「何を騙されてると言うんですの?」

「まあ、そう思うよな」


 エロスは紛うことなき、正真正銘の箱入りお嬢様だった。

 それは、一国の第一王女として当然なのかもしれない。

 しかしその実、エロスは大事にされていたのではなく、隔離されていたのだと俺は気づいてしまった。


 姫騎士という滅多に現れない称号を持って生まれたエロスは、その称号持ちだけが許されるエロイーズという名を与えられ、大々的に王国中に発表されて祝福されたそうな。

 しかし、有事の際の秘密兵器として本人自身は秘匿されていたという。


 そんなエロスは、剣聖である王国一の実力者を師匠とし、他の誰とも顔を合わさずにこの人物から剣の手ほどきを受けた。

 淑女教育は、やはり淑女中の淑女と名高い人物がエロスに付き、マンツーマンで厳しく躾けられたという。

 また、人前に出ることはなく、城壁より外に出ることもなかったらしい。

 しかも、王宮内の移動時には必ずバタフライマスクを付け、10人にも満たない固定従者以外と顔を合わせることもなかったとか。


 ここまでは、本当に大事に育てられたんだな、といった感想しか出なかった。

 しかし、この後の問いに対する答えがおかしかった。


 何でもエロスの母は平民だったと言う。

 だが、預言者という珍しい職業の者で、なおかつ王国一の美女と謳われる美貌の持ち主だったらしい。

 そんな人物に国王自身が心底惚れ、王妃として迎え入れたようとした。

 しかし、王妃に平民がなるなどありえない。

 当然、周囲の者が大反発した。


 一方で、エロスの母がそれ以前に預言者として多くの予言をし、王国の危機を救った実績があり、その恩恵に預かった貴族も多くいたようだ。

 それらの貴族の後押しもあり、王妃として相応しいかを精査している最中にもエロスの母は予言をし、その予言が本物であると認められ、王妃の座に就く。


 で、問題はここからだ。

 王の子を身籠った王妃は、生まれてくる子は姫騎士の称号を持ち、聖騎士の職を持つ子だと予言した。

 もはや王妃の予言を疑うことのなかった国王は、生まれてくる子にエロイーズの名を与えることを決める。

 そしてエロスが生まれる前に、『姫騎士が生まれる』『その子の名はエロイーズだ』と大々的に発表された。

 王族の子が生まれる前にそのことを国民へ知らせるなど異例で、王国は祝福の嵐に包まれたと言う。


 その後に予定通りエロスは生まれたが、王妃は産後の肥立ちが悪く、程なくして亡くなってしまったそうだ。


 これらの話を聞いて、俺は思った――


 エロスの母ちゃんって、預言者じゃなくて詐欺師なんじゃないか、と。


 王妃のステータスに表記されている職業自体は、本当に預言者なのかもしれないし、俺のステータス偽装のようなもので偽装されていたのかもしれない。

 だが現状、本当の職業が何なのかというのは問題ではなく、実際に起こした行動そのものが胡散臭いのだ。


 だだ今は、エロスの母親のことは置いておく。

 大事なのは、エロスの母親が予言した以降の成り行きだ。


 エロスが生まれる前に、姫騎士の称号を持つ子が生まれる、その子にエロイーズという名を与える、そう宣言してしまった国王。

 しかし、実際に生まれた子は姫騎士の称号どころか、何の称号も持っておらず、職業も聖騎士ではなく修道女だった。

 とはいえ発表してしまった以上、『王妃の予言は外れていました』とは言えず、引くに引けない状況。


 そこで考えたのが、姫騎士に相応しい実力をエロスに付けさせる、という案なのではないか。

 しかも万が一に備えて、必要最低限の人数でエロスを教育し、彼女の存在を秘匿するようにしていたのだ。

 エロスは剣の師匠も含めて、22年間身の回りにいた従者は10人に満たなかった、というのが推理の根拠だ。

 それほど厳重に秘匿されていたのだから、あながち間違っていないと思う。


 名前にしても、エロイーズという名が姫騎士にしか与えられない、というのは本当なのだろう。

 だからこそ、エロイーズと命名することができず、エロイーズから先頭の一文字を取ったルイーズと名付けたのだと推測できる。

 そして、名前も称号も職業も、エロス本人には本当の事を教えず、むしろ本人すらも騙していたのだ。


 実は、俺もおかしいと思っていたことがある。

 なんとエロスは、一度として婚約話が持ち上がったことがないというのだ。

 普通に考えて、このような世界で22歳の姫が政略結婚の駒にもされず、のうのうと王宮で生活しているのは不自然すぎる。

 エロス本人の言葉を借りれば、それだけ父王に愛されていたということなのだが、実際はそうではなく、エロスの秘密が露見しないように匿われていた、言い換えれば戦略結婚の駒にすらならなかった、というのが実情だろう。


 そしてエロスは20歳を過ぎた頃に、剣聖である師匠に勝てるようになったと言っていた。

 それはきっと、エロスを姫騎士にすることを諦め、『姫様は強くなりました』という忖度をするようになったのに違いない。

 なにせ弱っちい俺よりエロスは弱いのだ。

 そんな女に姫騎士相当の力を付けさせるなど、夢のまた夢で、無駄な努力をするのは馬鹿げている。

 だから方向転換し、ただ隔離だけして凄い凄いと囃し立て、表舞台に出さないようにしていたのだろう。


 勇者召喚の儀式には一応玉座の裏にいたらしいが、正式には参列していなかったらしい。

 それでいて、そのような場でエロスが俺を貰うような発言をし、国王がそれを認めたことについて、俺には上手く推理できなかった。


 とにもかくにも、エロスのステータスは間違っておらず、むしろ彼女の認識が間違っていた……というより、騙されていたのだと分かった訳だ。


「22年間信じていたものが嘘だったというのは、なかなか受け入れ難いと思う。だがそのステータスが真実で、俺の推測はほぼ当たっているはずだ」

「そんなの信じられませんわ!」


 当然ながら、エロスは俺の話を聞き入れようとしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者召喚に巻き込まれて即追放された俺、自分の支援能力が最強だと知らないので、テイムした自称姫騎士のポンコツ王女と地味なスローライフを目指す 雨露霜雪 @ametsuyushimoyuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ