第20話 ペットとの初夜

「ちょっとシェーン!」

「…………」

「返事をしなさい!」

「…………」


 寝たふりをする俺に、エロスがうるさく話しかけてくる。

 俺はそれに応えない。


 エロスは俺を守る盾であり剣だ。だが絶対に必要な存在ではない。

 もし代わりが見つかれば、別にいなくなっても困らない、そんな程度の存在だ。

 しかし今は、一応いてもらった方が助かる。

 だから適当にあしらいつつも、現状は面倒を見てやるつもりだ。


――ばさっ


「……うぅ、こんな場所で寝るのは嫌ですの」


 俺が相手をしないことで諦めたのか、エロスもおとなしく枯れ草の上で寝ることを選んだようだ。

 ヒカリゴケに覆われた部屋の中央付近に、一応俺の寝所とは少し離れた場所にエロスの寝所を用意した。

 また、わたくしの体がどうのこうのと騒がれるのが面倒だったからだが。


 まあなにはともあれ、癇癪を起こしたことろで状況は変わらないんだ、さっさと野宿に慣れてもらわないとな。

 それはそうと、こんな見知らぬ場所で無防備に寝るのは拙いよな。

 アレは使えるか?


 おとなしくなったエロスと代わるように、今度は俺が立ち上がる。

 そして寝所から少し先まで歩き、湖のほとりで拾った石を置いた。


「これを四隅に置いてっと」


 ヒカリゴケで薄っすらと光る部屋の中央付近をてくてく歩き、4つ目の石が置き終わったところで、俺は両手を合わせて印を切る。


「臨兵闘者皆陣列在前」


 これは九字切りなどと呼ばれる護身法的なもので、カッコイイと思って若かりし頃に覚えた。

 見様見真似でやっていたので、正しくできているか分からない。

 それでも初めて結界師として召喚された際、なんとなしにこの方法で結界を張ってしまったがため、結界の起動術になったものだ。


「お、張れた」


 印を切り終えると、四隅に置いた石が淡く光り、それぞれの石が結ばれるように光の線が走る。

 すると今度は、上方にもその光が伸びてそちらでも光が結ばれた。


「な、何をしましたの?」


 俺の動きを不思議そうに眺めていたエロスが、ピラミッド型に輝く光に視線を移しつつ、おもむろにそんな質問をしてきた。


「結界を張っただけだが?」

「え、シェーンは結界も張れますの?」

「張れるが?」

「え、え、シェーンは使役師で、結界など張れるはずが……。ど、どういうことですの?」

「どうもこうもない。寝るぞ」

「え?」


 結界を張れば、エロスから質問されることは分かっていた。

 しかし、危険を冒して隠し通すより、安全を確保してシカトすることを選んだ。

 ただそれだけのこと。


 とはいえ、この結界にも全幅の信頼はおけない。

 それでも色々ありすぎて疲れた体では、寝ずの番もできないだろう。

 であれば、もう運を天に任せて朝日を浴びられることを祈るのみ。


 すでに思考力も低下していた俺は、少しばかり投げやりになっていた。

 そして、なにやら騒いでいるエロスがウザい。


「これが殿方との初夜。……はっ、シェーンはわたくしの油断を誘って、隙を突いて襲ってくるつもりですわね!? そうはさせませんことよ!」


 どうやら勝手な勘違いをしているエロスが、寝ずの番をしてくれるらしい。


 俺はエロスの騒がしい声を子守唄に、ゆっくり眠りに就いた。


 ◇


「わたくしの貞操は守られましたわ」


 俺が寝床で体を起こすと、エロスが弱々しい声でそんなことを言ってきた。


「寝てないのか?」

「そんな隙を与えるほど、わたくしは間抜けではないのですわ」

「それはそれはご苦労なことで」

「完全勝利ですわ」


 さて、これから毎日を俺と過ごすわけだが、間抜けではない王女様は、いつまで寝ずの番が続けられるのやら。


「なあエロス、ちょっと剣の腕前を見せてくれ」


 スープだけの朝食を済ませると、俺はエロスにそう問いかけた。


「そうですわね、姫騎士の実力を、何も分かっていないおバカさんにおしえて差し上げますわ」


 俺は何度も滅多打ちにされているが、それは無抵抗でただ打たれ続けただけだ。

 本当の意味で、エロスの剣技がどれほどのものか知らない。


 姫騎士であれ何であれ、称号持ちは優れているのは理解している。

 だが、ちょっと丈夫な体を持つだけの俺も”超越者”の称号を持っているのだ、称号持ちだから凄い、なんて安易に考えるのは良くないだろう。

 それにエロスは、俺に攻撃を当てることができないのだ。

 であれば、手合わせをしても俺は無傷でエロスの腕前を体感できる、試さない手はない。


「よし、軽く手合わせしよーぜ」

「思い知らせて差し上げますわ」


 適当な長さの枝を手にした俺とエロスによる、異世界ちゃんばらごっこが始まった。


「いきますわよ!」

「おうよ!」


 う~ん、形稽古とかしてるんだろうな。

 エロスの動きは、なかなか様になってる。


 俺はエロスの攻撃を軽くいなしながら、その動きをじっくり観察していた。


「これは稽古ですわ。間違ってシェーンが死んでしまっても、それは事故でしてよ!」


 手にした枝を捨て、背から大剣を引き抜いたエロスは、物騒なことを言いながら剣を振り回している。

 得物が木の枝から大剣に変わろうと、一太刀も俺に当たらない。


 それは、テイムされているから俺に攻撃ができない、というのとは違う。

 単に、エロスの動きが見切れてしまい、俺が躱しているからに他ならない。


 おかしい、姫騎士ってこんなもんなのか?


 俺は王国の騎士より弱い。それは稽古で嫌というほど分からされた。

 現状の俺の力は、騎士になれない一般兵の上級者とギリギリ引き分けられる程度。しかも、異世界人の丈夫な体をいいことに、ぶちのめされても強引に仕掛けてその結果だ。

 刃の付いた剣で打ち合えば、それこそ下級兵士程度の力しかないだろう。

 その俺が、姫騎士の称号を持ち聖騎士の職に就くエロスの動きを見切っている。

 これは異常事態だ。


「ちょっと待てエロス」

「何ですの? 降参するにはまだ早いですわよ」

「降参するまでもない」


 俺がエロスに降参する要素などないのだから。


「エロス、お前は物凄く弱いぞ」


 そう口にした俺は、エロスの剣をヒョイッと躱し、手にした枝で彼女の手首を打ち付けた。


「っ!」

「な? 一般兵士程度の実力しかない俺に剣を躱され、あまつさえ手首を打ち据えられた。これを弱いと言わずして何と言う」

「たまたまですわ!」


 自分の弱さを受け入れられなかったのだろう、エロスは何度も剣を振るってくるが、その尽くを躱した俺は手首のみを打ち付けた。


「ど、どうして当たりませんの」


 しばらくの間ムキになって剣を振っていたエロスだったが、その剣を握れなくなったことで、ようやく現実と向き合うことができたようだ。


「むしろ俺の方が聞きたい。聖騎士や姫騎士って、そんなに弱いのか?」


 聖騎士という職業であれば、一般兵より弱い要素はない。

 更にエロスは、姫騎士という絶対的な称号を得ている。

 ならば、そこに疑問を感じるのは当然だろう。


「弱いわけありませんの! むしろシェーンの方こそおかしいですわ! わたくしは王国一の実力を誇る剣聖に師事し、今ではわたくしの方が強いんですのよ! そのわたくしがここまで翻弄されるなど、ある筈がございませんの! シェーンは使役師の力を使ってズルをしているのですわ!」

「いや、してねーから。それより、その話を詳しく」


 キレるエロスをなだめつつ聞き出した話だと、彼女は物心付く前から剣を握らされていたらしい。

 剣の師匠は、国王を直々に護衛する近衛騎士団長で、エロスを指導するために近衛騎士団長の職を辞したという。

 その人物は称号こそないものの、剣聖の職業を得ている人物。

 現状は剣聖の勇者である優にも勝てる、王国最強の人物だと言う。


 そんな人物から長年マンツーマンで指導を受け、20歳を過ぎてからはエロスの方が強くなったらしいのだが、「そんな訳あるか!」とツッコんでしまった。


 エロスの言うように、俺がテイマーの力でエロスの能力を下げていたであれば、それこそ何の問題もない。

 むしろ、素のエロスの力量を調べていたにも拘わらず、エロスの方が弱いのだ。

 これは絶対におかしい。


「なあエロス、お前って本当に姫騎士なのか?」

「当然ですわ! エロイーズの名は、姫騎士の称号を得ていなければ戴けない名なのですから」

「そういうことじゃなくて、ちゃんと自分のステータス確認とかしたか?」

「すてーたす? 知りませんわよ」

「え?」


 ちょっと待て! エロスは自分のステータスを確認したことがないのか?

 どういうことだ?


 エロスからの思わぬ返答に、俺は軽いパニックに陥ってしまった。

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