第19話 ペットの疑問

 俺は自分が半端者であることを理解している。

 だからといって、『俺は凄いんだぞ』と言いたいわけではない。……いや、承認欲求は少なからずある。

 半端者だからこそ、過去の巻き込まれ勇者召喚で感謝されたことは、日本では味わったことのない喜びだったのだから。


 一度目の召喚。

 運搬士だった俺の無限収納は、最後まで食料を切らすことがなかった。

 ひもじい状態で魔王と対峙するのは、それだけで戦力の低下になる。

 他にも、装備品の交換部品なども潤沢にあり、万全の状態で魔王戦を迎えられたのは、俺のおかげだと散々感謝された。


 二度目の召喚。

 鍛冶師の俺は旅の最中にメキメキ腕が上がり、魔王と対峙する際の勇者たちは、全装備が俺の作った国宝級の逸品になっており、かなりの余裕を持って戦えたと感謝された。

 しかも、何故か回復ポーションまで作れるようになっていたので、魔力切れをおこした回復士の代わりもできていたのだ。


 三度目の召喚。

 結界師だった俺は、やはり徐々に力をつけ、最初は固定の場所に張れるだけだった結界が、魔王戦のときには勇者個々に結界を張れるようになり、その強度はかなり高く、しかも勇者たちの能力を底上げできるようになっていた。

 その結果、随分みすぼらしくなっていた装備であっても、問題なく魔王を倒せたのだ。


 四度目の召喚。

 盗賊……所謂シーフだったが、俺の索敵精度はかなり高く、罠も事前に察知して解除することで、無駄な戦闘をほとんどせずに魔王戦を迎えられた。

 しかも道中で、負担のかからない安全なレベリングが行え、万全の状態で魔王と戦えたのだ。


「どうだ、俺自身が魔王を倒してなくても、如何に貢献したか分かったか?」

「……で、ですが、シェーンがいなくても、勇者は魔王を倒せたのではないかしら?」


 どうやら姫騎士様は、自分の職業が戦闘職の花形であるがため、支援職のサポートを認めたくないようだ。

 だがそれでいい。

 カッとなって色々語ったが、少し冷静になった今は、エロスからの称賛を求めていないことに気づいた。


 実際、俺は恐ろしい魔王と打ち合うことなどなかったのだ。

 見方によっては他人任せのズルいヤツと思えるだろう。

 一方で、そんな俺でも勇者や召喚した国の者たちから随分と感謝された。

 その事実があるのだから、分からないやつに無理やり分かってもらおうとは思わない。

 あくまで俺は、事実を伝えただけなのだから。


「まあ、シェーンは便利屋のようですし、わたくしが不便しないよう、しっかりサポートなさい」

「お前、自分の立場を分かってんのか?」

「分かっておりますわよ? 弱いシェーンをわたくしが守る。そのためには、わたくしが万全の状態でいられるよう、シェーンがしっかりサポートをする。何か間違ってまして?」


 正論だけに、何とも反論しづらい。


「そういえば!」


 エロスが何か閃いたような顔をしている。


「何だ?」

「シェーンは収納を使えますわよね?」

「そうだな」

「それについても伺いたいのですが、他にも何か隠しているのでは?」

「あー……」


 収納については後で説明する、と言ってしまっていたことを思い出した。

 あのときは、面倒だから後回しにしたのだが、今は状況が違う。


 何度も勇者召喚に巻き込まれたことや、過去の出来事を話すのに問題はなかった。

 それは今までも隠さず話していたから、という歴史がある。

 しかし、今回は今までと違い、過去の職業、それも進化したであろう職業のスキルが全部使える状態だ。

 そうなると今の俺は、単独の戦闘力だけで見れば役立たずだが、サポートに限ってはなかなか利便性の高い人物になっているはず。

 それは即ち、俺を有用だと思った者に囲われてしまう可能性をはらんでいる、といえよう。


 いくらエロスが俺のペットになったとはいえ、この女は王族だ。

 従属の縛りで俺に攻撃はできなくなっても、他の縛りがどうなっているか分からない以上、エロスが他人に俺の情報を渡す可能性もある。

 まかり間違って国王に俺の情報が伝わり、勇者パーティに同行しろと言われる可能性もないとは言えない。

 俺を簡単に追放し、あまつさえ始末させようとした国王だ、俺が有益だと分かれば、今度は使い潰そうと考えてもおかしくないだろう。


「やはり隠し事がありますのね」

「…………」


 もし勇者パーティに戻らされたらどうなる?

 確かに剣聖の勇者である優のことは気になる。

 しかし、俺を崖に突き落とした剛拳もまた勇者だ。

 それを考えると我が身可愛さの方が先立ち、頼りない勇者の優のことより、自分自身のことを優先したくなる。

 なんと言っても俺は弱いのだ、自身の安全を自分で確保できない。


 そして今の俺は、魔族討伐や王国自体に関係がない、謂わば自由の身。

 自由を謳歌するためには、エロスにあまり情報を与えない方が良いだろう。

 現状のエロスに、従属縛りがどれだけ効いているか曖昧なのだから。


「とりあえずエロスに教えられることは、使役師はただのテイマーじゃないってことだ」

「私をテイムしてるのですもの、ただのテイマーではないのは分かっておりますわ。ですがわたくしが聞きたいのは、そういうことではないんですの」


 無防備に収納を使ったのは失敗だったな。

 あー、でも隠したままだったら、本来使えるスキルも隠し通さなきゃだし、折り合いをつけて大丈夫そうな情報は出しておくか?

 むしろ全部話して、誰もいないこの地に永住……ってのはなしだな。

 せっかく自由になったのに、エロスとふたりで一生をここで過ごすなんて、何一つ面白くないし。


 寝床が確保でき、空腹が満たされたことで余裕ができたのはいいが、それ故に問題に直面してしまい、俺は頭を悩ませることになってしまった。


「よし、寝る」


 今は時間があるのだ、急いで結論を出す必要はない。

 だから俺は、問題を先送りにして寝ることを選んだ。


「まだ質問に答えてもらっていませんわよ」

「今日は疲れたんだよ。――そもそも俺は崖の上から落とされて、生きてることが奇跡だったんだぞ。だったら今は、生きていられることに感謝して、疲れた体を癒やすべきなんだ」

「死んでればよかったんですわ」

「そしてらお前も死んでたけどな」

「…………」


 俺が死ねば自分も死んでしまうというのを忘れていたのだろうか、エロスはすっかりおとなしくなった。


 それから、すでに知られている収納のことを隠す必要はないので、一度祠から外に出て、寝藁とでもいうべき枯れ草などを集めて収納に放り込んだ。

 そんな物をどうするのかとエロスが聞いてくるが、硬い地面に直接寝そべるより、多少でもマシな状況を作るために必要だと答え、それ以降はシカトしておいた。


「わたくしは馬ではありませんのよ」

「だったらそのまま地べたに寝ろ」

「ふざけるんじゃありませんわよ」

「ふざけてるのはお前だ」


 予想通り、エロスが文句を言ってきた。


「エロスは勇者を呼び出した国の王女だろ? 魔族討伐に赴く勇者は、こうやって何もない場所で寝泊まりして魔王の所まで行くんだ。こっちの都合も考えずに勝手に召喚した、何の関係もないお前らのためにな」

「そんなの知りませんわよ」

「だったら勝手にしろ。俺もお前のことなどかまわず、勝手にここで寝る」


 俺は敷き詰めた枯れ草の上に寝転がり、寝たふりをした。

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