第18話 器用なペット
「単にヒカリゴケが多く自生しているだけの部屋っぽいですわね」
エロスの言うとおり、その空間の側面にはヒカリゴケがびっしり生えてる。
そしてエロスが部屋と表現したように、そこは自然にできた洞窟の一角ではなく、明らかに作られた四角い空間だった。
とはいえ、入り口の外観が祠と分かる人工物だったのだ、中に部屋があっても不思議ではない。
「一度中を確認しよう」
部屋の大きさは、日本人的に言えば20畳くらいの感覚で、室内全体が視界に収まっている。
それでもヒカリゴケの光は弱いので、最奥部はハッキリ見えていない。
探索のソナーが信用に足らない現状だ、念の為にしっかり目で見た上で危険がないか判断したい。
「問題はなさそうですわね」
「じゃあ、取り敢えず今日はここを寝床にしよう」
「…………」
残念ながらお宝はなかった。
それでも雨風をしのげる空間を発見できたことで、ここを寝床にしようと決めたのだが、エロスが無言で嫌そうな顔をしている。
多分だが、王女であるエロスはこんな場所で寝たことがないのだろう。
だからといって、俺が何かと配慮してやる気はない。
それ以前に、そもそも寝やすくする手立てもないのだ、何もできないというのが正しいだろう。
「シェーンはわたくしを王宮に戻す気……ありませんのよね?」
「ないぞ」
正確に言うと、戻す気がないのとは別に、戻し方を知らないのだが、それを教えてやる気はない。
「だったらそれはもう、……甘んじて受け入れますわ。それでも条件がありますの」
お前は条件を提示できる立場じゃねーだろ、と言ってやりたいが、取り敢えず聞いてみることにした。
「絶・対・に、厭らしいことをしないでくださいまし」
「だからしねーって言ってんだろ」
「……本心では信用できないですけれども、一応信用した体をよそおいますわ」
「そんな本心は口に出さず、胸の内にしまっておけ」
「うるさいわですわね! それともう一点」
「まだあんのかよ」
ペットのくせに図々しい。
「お腹が減りましたわ。食事が用意できないのであれば、わたくしを王宮に戻してくださいな」
結局のところ、何だかんだ難癖をつけて王宮に戻してもらうつもりなのだろう。
そうは問屋が卸さない。
「それなら大丈夫だ」
「何かありますの?」
「あるぞ。一旦ここから出よう」
今の時刻は分からないが、そこそこ良い時間のはずだ。
当然ながら、俺も腹が減っている。
そのため、寝床を探すのと並行して、何か食べ物はないかと探して目星をつけていたのだ。
「ほれ、これは食えるぞ」
「…………」
「これも食えるし、それも食える。――ここは魔力を含んだ水もあるし、薬草や食料もある。更に寝床まであるんだ、何気に生活するのに適した場所なのかもしれんな」
簡易鑑定のおかげだと思うのだが、今の俺は食べられる植物などの見分けがつく。
しかもありがたいことに、この辺りは食べられる植物がたくさんあるのだ。
ただし、この周辺で生物の反応が察知できていないため、肉を入手できないのが不満だが、生きていく上で困ることはなさそうだ。
それより何より、湖の水が魔力を含んでいる意味は大きい。
俺は錬金術士の能力を完全に把握していないが、何かを錬成するのに水が重要なのは知っている。
であれば、環境の整ったこの場所で錬成の練習をするのは、今後の役に立つはず。
とはいえ、ここに永住する気は更々ない。
いざとなったら、湖の水をありったけ無限収納に入れて、他の場所に移住するのも全然ありだし。
そんなことを考えていると、凍てつくような視線を感じた。
「何だ?」
「わたくしに雑草を食べろと言いますの?」
「あー、王女様は出来上がった料理しか見たことがないから、その料理が何で作られてるとか知らないんだな?」
どうやら高貴なお方には、食材が雑草にしか見えないらしい。
「まあ確かに、このままじゃ食えないのもあるし、仕方ないな。んじゃ、今から調理してやるよ。でも鍋がないのは厄介だな。――なあエロス」
「何ですの?」
「姫騎士って、剣を細かく操作することもできるのか?」
「当然ですわ! わたくしほど剣を自在に扱える者などおりませんわよ」
思うところがあってエロスに話を振ったのだが、ものの見事に自信満々な答えが返ってきた。
「――わたくしの剣は、こんなことに使うものじゃないのだけれど……」
「文句を言うな。これができなきゃ飯が作れないんだ、ちゃっちゃと削れ」
鍋がないなら作ればいだけの話。
そのため、手頃な石をエロスに削らせ、石鍋を用意することにした。
というのも、今日のエロスは真面目に自分の訓練をしていたらしく、腰にレイピアと呼ばれる細剣を佩き、背負っていたメインウエポンである大剣を振っている最中にここへ飛ばされたのだとか。
そんなわけで、刃のついた剣を惜しみなく使わせて石を削らせているのだ。
刃こぼれしても、鍛冶師のスキルでどうにかなる、と俺は皮算用してる。
そんな俺はといえば、落ちている石と土を使って竈っぽいのを作ってみた。
簡易的な竈であれば、鍛冶師が使える四大魔法(基礎)でどうにか作れる。
曖昧な記憶を探り出し、一応それっぽいのが作れた。
「これで如何?」
「さすが姫騎士だな。想像以上の出来上がりだ」
「当然ですわ!」
「ついでにこの木をくり抜いて、深皿も作ってくれ。きっとエロスなら素晴らしい物が作れると信じてる」
「お任せあれですわ!」
この女、めちゃくちゃチョロいな。
少し褒めたただけで、エロスは満面の笑みで木を削り始めた。
今後はレイピアを、彫刻刀のように器用に操りながら。
その間、俺は俺で調理をする。
といっても、エロスの持っていた短剣だかナイフで適当に切って煮込むだけだ。
ただし、薬味や調味料になるような植物を数種類入手しており、ご丁寧に岩塩まであったため、『味が薄くて食えない』なんてことにはならないだろう。
「よし、できたぞ」
「わたくしも作り終わりましたわ」
「何だそれ?」
「食事に必要なカトラリーセットですわよ」
随分と時間がかかっていると思ったら、エロスは頼んでいない物まで作っていたようだ。
しかも驚くことに、素晴らしい出来栄えの物だった。
この腕があれば、工芸品として一財産作れそうな気がする。
俺は『楽しい異世界生活リスト』の選択肢の一つに、工芸品店を加えた。
「お肉がないのは不満でしたが、なかなかの珍味で悪くなかったですわ」
最初こそ食べるのを
しかしいざスープを口に運ぶと、驚いた表情を見せたまま無言で完食して、最後に上から目線で総評を述べたのだ。
「シェーンはお料理が得意なのかしら?」
「得意ってほどじゃないが、過去の巻き込まれ召喚でも雑用は俺がやってたからな。なんとなく身についてたんだ」
「過去の巻き込まれ召喚?」
「あー、そういえば言ってなかったな。――いや、言う間もなかったってのが正しいか」
俺が過去に何度も勇者召喚に巻き込まれたことは、隠すつもりはなかった。
実際、初回以外は過去の経験をその都度伝えていたくらいだ。
ただ今回は、そんな話をする機会すら与えてもらえず、今に至ってしまったに過ぎない。
「俺がこうして異世界にやってきたのは、今回でもう五度目だ」
「え、五度目?」
「そうだ。しかも全部が巻き込まれ召喚で、俺が勇者だったことは一度もない。それでも勇者パーティをサポートできる能力があったから、四度の魔族討伐に随従してた」
「四度も魔王を倒してますの?」
「いや、俺はできるサポートはしてたけど、大体は現場にいただけだけどな」
「使えませんの」
少しばかり俺に興味を示したエロスだったが、俺が魔王を倒していないと聞くやいなや、露骨に見下してきやがった。
それにイラッときた俺は、自分の功績とまでは言えないが、如何に貢献してきたかを聞かせてやることにした。
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