第17話 幕間 王女の貞操(後)

「気になるわよ」


 シェーンがダメ人間だと分かったところで、わたくしの気になるという感情が薄れたわけではない。


「あとで説明する。取り敢えず今は寝床の確保だ。ここじゃ寒くて寝られん」


 きっと説明しないだろう、そう思っていたら案の定な回答。


「――あっ!」


 諦めの感情で軽く気落ちしていると、唐突に思い出したのだ。


 そういえば、この男はわたくしを王宮からここへ呼び出した。

 であれば、私を王宮に戻せるスキルも持っているはず。


「わたくしを呼び寄せることができるのだから、戻すこともできるのでしょ? だったら私を王宮に戻してよ」

「何なの? 自分だけ戻って、温かい部屋で布団に包まって寝るつもりなのか?」

「当然でしょ」

「……お前、マジで最低だな」


 こんな男と閨を共にするなんて考えられないわ。

 ただでさえこの男は、ペットとしてかわいがってあげていたわたくしに対し、恩を仇で返すようなことを平気でしてくる男よ。

 しかも、他者をおもんばかるようなこともできないダメ人間。

 そんな男と王女であるわたくしが同衾?

 ふざけんじゃないわよ!

 最低なのはそっちでしょ!


 その後王宮に戻せと抗議しても、わたくしの体を狙う欲望まみれの男は応えない。

 すると、私をシカトしていたシェーンが、人間が入れる大きさの入口を構えた祠を発見した。


「おい、今度はエロスが前な」

「何をさせるつもり? ひょっとして、後ろからわたしくしを視姦する気――」

「しねーよ! ここがねぐらになるか探索するだけだ」


 この男は、わたくしを慰み者にしようと隙を窺っている。

 きっと、オークの勇者が言っていた、視線で犯す視姦というのを試みるつもりに違いない。

 食い気味に否定していたのも怪しい。

 物凄く必死過ぎて、本当に気持ち悪い。


 そんな男から逃げ出したいわたくしが、王宮に戻してくれるように説得していると、『主が死んだら従者も死ぬ契約になってる』などとシェーンが言ってきた。


「え、何なの? シェーンが死んだら、あたくしもそのまま死ぬ、の?」


 それは困る。

 機をうかがい、隙きを見つけてこの男を亡き者にすれば、わたくしは自由の身になれる、そう思っていた。

 そして今回の失敗を糧に、次のペットが飼えたら今度こそ素敵な主従関係を築こうと思っていたのに……。


「そうだけど」

「そ、そんなのありえ、ない……」

「にわかには信じられないだろうな。でもまあ、別に無理して信じなくてもいいよ。――じゃあ、エロスを王宮に戻すぞ」


 嘘、よね?


「俺は弱いから、もしかしたら今夜死んじゃう可能性もあるな。でもまあ、早ければ今夜にも本当かどうかエロスにも分かる……あ、悪い。その時はエロスも死んでるから、お前が結果を知ることは一生ないわな。――でも確実に確認できるすべがないし、今はエロスが望むように王宮に戻してやるよ」


 え、それは拙いわ。


「ちょちょっ、ちょっと待って!」

「え、戻りたかったんだろ? もう準備は終わってるぞ」


 シェーンの大根役者っぷりが気になるけれど、もし本当だったら困る。


「だ、大丈夫ですの。ここに残りますわ。それに、わたくしは姫騎士ですもの。わたくしがしっかり、シェーンを守ってさしあげますわ」


 ここは念の為、シェーンと行動を共にするのが得策と判断した。

 だがしかし、この男はバカで弱い。

 だからこそ、姫騎士であるあたくしが守ってあげる、と王女らしく毅然と伝えた。

 恩を着せる言い方をしておけば、少しはわたくしを丁重に扱うだろう、という打算があったのは言うまでもない。


「じゃあ早速、祠の探索をするか。いけ、エロス」

「嫌よ! 鎧も付けずこんな場所に入るなんて!」


 取り敢えず従う素振りを見せたら、このバカは早速わたくしを無碍に扱った。

 しかしここで癇癪を起こすわけにはいかない。

 弱いシェーンが先導していきなり殺されてしまえば、わたくしも死んでしまう可能性がある。

 それを避けるためには、不本意でもわたくしが先導してシェーンを守らなければならない。

 そのためには、未知の祠に鎧なしで入るわけにもいかないのだ。


 するとシェーンは、嫌々そうな感じで鎧を着せ始めたのだが――


「ちょっとシェーン、何だか鼻息が荒いわよ! ――はっ、ひょっとしてあなた、鎧を付けているフリをして、わたくしの匂いを嗅いでいるのね?! このけだもの!」


 油断も隙もあったものではない。

 この野獣は、わたくしの匂いですら必死に嗅ごうとしていた。

 超絶気持ち悪いにも程がある。


 その後武装を済ませたわたくしがライトの魔法で光球を出すと、シェーンが少し驚いていた。

 聖属性が得意なわたくしからすれば、こんなの造作もないことなのに。


 あら? そういえば、異世界人は物理方面に特化していて、魔法系統は苦手と聞いたような……。

 それでしたら、魔法系統はわたくしが面倒を見てあげなければいけないのかしら?

 まったく、わたくしをテイムしていい気になっているけど、結局はわたくしがいないとシェーンはダメなのね。

 仕方ないわね、わたくしは飼い主なのだから、ダメなペットの面倒を最後までみてわげるわ。


「邪悪なエロスに似合わない属性だな。むしろ闇属性が得意と言われた方がしっくりくるぞ」

「清いこのわたくしの、いったいどこが邪悪だと言いますの?!」

「いや、清い部分なんて微塵もないぞ」

「ふざけたことを言いやがりますと、ぶち殺しますわよ!」

「自分が何を口走ってるか、よく考えた方がいいぞお前」


 シェーンの言葉にムカつきつつも、わたくしは祠の中へと一歩、足を進める。

 そしてこの一歩こそが、わたくしがシェーンを守ると決めてから、自発的に行動する最初の一歩となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る