赤ふん

@Trimura

第1話 赤ふん

「何やっているの?」堀田藤生ほったふじおは言った。


「靴を揃えてこんな所に立っているんだ、君は頭が悪いの?」中学の屋上で杉田勇気ゆうきは言った。


「何だよ。まだまだ戦えるじゃないか」堀田は、杉田の3メートル手前で立ち止まったまま言った。


「堀田君だったね。僕がいじめられているのに、何もしない、その他大勢の」

「そうだよ。杉田だって、誰にも助けてくれとは言わなかったじゃないか」

「そんな事、言えると思っているのか。本当に君は頭が悪いな」


「俺の事何も知らないくせに、頭が悪いと決めつけるのは、結論を急ぎ過ぎてないかい。今やろうとしていることも。何故そんなに急ぐんだ?」


「君だって同じ事をするさ。もし、僕と同じ立場だったら」


「また、結論を急いだね。結論を出てしまうと楽しみがなくなって仕舞うだろう。何でも、答えを探す過程が楽しいはずなのに。お前は、人が一番楽しいはずの過程を捨てようとしているんだ」


「屁理屈ばかりだな。さっき言ったことは撤回する。堀田君は頭が良いんだね。すまなかった結論を急いで」


「許してあげるよ。だから、教えてあげる。俺は、トランクスもブリーフも履かない。親が許してくれないから」


「何を言っているんだよ。この状況で。分かった。結論は急がない。それで何を履いているの?」


「決まっているだろう。日本人だからさ。ふんどしさ。それも赤いやつ」


「馬鹿言うな」杉田は、笑った。


「見せてやるから、来いよ」


杉田は、屋上の縁から堀田の元へ歩み寄った。堀田は、ベルトを緩め、チャックを下ろし、赤い褌を杉田に見せた。


「ほらっ。どうだ。赤ふんだ。参ったか」堀田は、得意げに言った。


「参らないけど、どうしてだ?」


「そんな事も分からないのか。これから相撲を取るのだ。俺とお前で」

堀田は、シャツも脱ぎすて、赤ふん一枚になって、四股を踏み始めた。

杉田は仕方がなく、堀田程足が上がらないが見様見真似で四股を踏んだ。

力が湧いて来るのを感じた。


「手加減はしなくていい。思いっきりぶつかって来い」


堀田は遠慮無く、杉田を投げ飛ばした。杉田は何度も向かっていったが、堀田を転がす事は出来なかった。


別れ際、堀田は杉田に言った。


「林達に言っておけ。俺の赤ふんの事。そしたら、彼奴らは対象をお前から俺に変えるだろう」



*************************************



 30年後、杉田は、思わぬ形で林竜次りゅうじと再会する事になる。杉田は、某電子機器メーカーの営業部長を務めていた。規模は小さいが技術的には優れている。杉田自身、部長まで昇進するとは思ってもいなかったが、上司が杉田のどんな小さな案件にも真摯に向き合う姿勢を認めていたのだ。そんなアットホームな会社であった。


 日本最大手のつつみ自動車から自動運転絡みの部品コンペを行うと杉田の会社に参加案内が届いた。堤自動車の場合、受注すると、5年間その部品は製造され、年間500万個の規模になる。今回のコンペの部品単価がおよそ1500円なので売上げは300億円を優に超える。このコンペの中には外資のメガサプライヤも含まれていた。


 1回目のプレゼンは、堤自動車が抱える課題に対して、どの様にアプローチするかが求められた。杉田の会社も独自の対策を提案し、見事次のステージに進んだ。


 2回目のプレゼンは、1回目の提案が成立する事を具体的なデータを使って説明する事が求められた。そして、価格帯の提示。杉田は、技術部と何日も徹夜でデータと格闘した。杉田は営業部だったが、技術的な準備にも積極的に参加した。


 2回目のプレゼン当日、杉田は2社目であった為、待合室で1社目が終わるのを待っていた。プレゼンを終えた1社目の中に見覚えのある男がいた。相手も杉田に気付いたようで、


「あれ、意気地無しじゃないか!」


 名前と性格が真逆だったので、林が中学時代に付けたあだ名であった。杉田は、内ポケットから名刺入れを取り出し、

「杉田と申します。○○メーカーで営業をやっています」と両手で名刺を差し出した。


「へえ、部長なんだ」

「俺はまだ課長待遇。まあ、会社の規模が違うけど」と言いながら、右手で名刺を渡した。英語表記側を表にして。


「ありがとう。これからプレゼンだから」


「まあ、頑張ってくださいな」


 そう言い終えると林は自社のメンバーが待つ輪に戻った。

「Hayashi san, do you know that guy?(やつを知っているのか?)」部長のマイクが言った。本社から日本に3年の任期で出向していた。

「Yes. We will win this competition for sure (はい。このコンペ楽勝です)」



 杉田は、2回目のプレゼンの結果を待っていた。結果は、今日の午前中にメールで届く予定であったが、12時を過ぎても来なかったので、昼食に出掛けた。戻ってパソコンを見ると目当てのメールが届いていた。最終プレゼンの日時の知らせと、当日、堤自動車の担当部長、堤も出席する旨が告げられていた。


 3回目のプレゼンは、どの様に量産品質を担保するか、と最終価格の回答である。


 杉田のチームメンバーは、ここまでこれた事でそれなりの達成感を抱いていた。このコンペで勝利すれば、過去最大のプロジェクトになる。メンバーのひとりが、杉田に言った。

「杉田部長。私たちは充分やりましたよ。相手はみんな大手ですから」

「飯森、何を言っているんだ。結論を出すのはまだ早い」



************ 最終プレゼン当日 ************



 最終プレゼンまで残ったのは、2社であった。待合室で、林は英語でマイクと大きな声で話していた。時折、杉田に見下した目を向けた。マイクが居なければ林は杉田の側まで来て何か言葉を発したであろう。


 最初に呼ばれたのは、杉田の会社であった。1時間ほどして、杉田達が会議室から出てきたが、杉田の様子がおかしい。入る時にはきちんと締められていたネクタイを右手に持ち、シャツもズボンから8割出ていた。急いで前側だけズボンに入れたのだろう。


「お疲れ様でした」林はニヤニヤしながら言った。土下座でもしたのか、そして続けた。「この間、お前に会ってから、お前と中学の時、仲が良かったやつの名前を思い出そうとしているんだが、思い出せなくて。何て言ったっけ?」

「私も卒業して以来会っていなかっから」

「いや〜、大事なプレゼンを前に気持ち悪くて」

「Hayashi san, what are you doing? Hurry up!, if you lose this, you are done! (林、何をしている、早くしろ。これを落としたらクビだからな)」マイクは声を荒げた。このチャンスを逃しては、本国に良いポストで戻れない。


 林達は、プレゼンルームに入った。堤自動車側の顔ぶれは部長以外前回と同じである。マイクから名刺交換を始めた。最大手の堤自動車にとってプレゼンに部長が出てくるのは珍しい。マイクにしても堤に会うのは初めてである。マイクはたどたどしい日本語で名刺交換を終えた。


 林は緊張しながら名刺を堤部長に両手で手渡した。

「林と申します。本日はよろしくお願い致します」と言い終えると、


」ですと、堤が林に名刺を差し出した。



 杉田は会社に戻り次第、木村社長に報告した。

「杉田部長、聞いたよ。堤部長と相撲を取ったって本当か?」木村はハンカチで額の汗を拭いながら言った。

「私も知りませんでした。堤部長が中学の同級生だとは。現堤自動車社長の婿養子になっていて名字が変わっていたのです」


木村は相撲の経緯が知りたい。


「それで、堤が私に言ったのです。『杉田、お前、また結論を急いでいないか?お前の会社は選ばれないと』、そして、いきなり、ズボンを下ろし始めて、私が相撲で堤に勝ったら我が社に決めると、私は必死で頑張りました。営業で毎日歩いていましたから足腰には自信があります。だから、堤部長を投げ飛ばしました。決して諦めてはいませんよ、って。」

「お前、本当に部長を投げたのか?」

「ええ。借りがありましたから。すると、堤はこう言ったのです、『今日が、2回目だ。赤ふんを締めるのは。1度目はお前のを見たくて、わざわざ締めてやったのだ』っと」


「そんな話はいいから。プレゼンはどうだったんだ?」

「社長、結論は急がないでください」

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